サンタの渋滞
「八百万、梅雨ちゃん、頼みがあるんだが」
「私たちに……」
「頼み事?」
「ああ、クリスマスの事でちょっと」
インターン先も無事にエッジショットのところに行くことが決まり、クリスマスに向けて準備を進めている時だった。万癒は妙に神妙な面持ちで八百万と蛙吹に声をかける。
大事な大事なイベントが目の前に迫っているのだ。このイベントに並々ならぬこだわりがあった万癒は、必ず成功させんと意気込んでいた。
「エリちゃん、サンタさんとか初めてだと思うんだ」
「そうね。そうだと思うわ」
「ええ、境遇を聞く限りその可能性が高いかと」
「そこでだ。私がエリちゃんのサンタさんになろうと思う。だから協力してくれ」
それはもう真剣な眼差しに八百万と蛙吹は顔を見合わせ、もちろんと破顔した。
主治医を任されているだけあって、エリちゃんと毎日交流しているのだ。エリちゃん自身が健気でいい子なこともあって万癒はよく可愛がっていた。エリちゃんのために色々考えて、頑張っている万癒を二人も応援したいと思ったのだった。
「じゃあさっそく……まず八百万に頼みたいのは――」
「……ええ、お任せくださいまし! 良いものを準備させていただきますわ!」
「ああ。それで梅雨ちゃんには――」
「それなら大丈夫よ。教えられるわ。一緒に頑張りましょうね、万癒ちゃん」
「頼りにしている。それじゃあ、そういうことでよろしく頼んだ」
こうして無事に協力を得たことで、本番までに気合を入れて準備をしていると……クリスマスまでは本当にあっという間であった。
A組でエリちゃんもクリスマスパーティーに参加し、それはもうご馳走に舌鼓を打って大いに楽しんでくれた。中でもりんごが好きだからと、チョコフォンデュにりんごも加えるようにしたのがよかった。一番の食いつきようだったので、美味しかったのだと思う。
プレゼントのくじでまさかの常闇のよくわからないどデカい剣がエリちゃんに当たったときには、どうしようかと思ったが……これが案外気に入ってくれて何よりだった。
だが、本番はここからだ。万癒は生徒でもあるが、先生でもある。特別な理由がある場合のみ、夜寮から外に出ることは許されていた。そして万癒はエリちゃんの主治医である。そのエリちゃんのサンタになる。これが特別な理由でないはずがなかった。ほんとか。
何にせよ、サンタのプレゼントというものは本当に大事なのだ。万癒は完全完璧にサンタに扮していた。
そうしていざ、本物のサンタっぽく……煙突がなかったので屋根裏、つまり天井から失礼しようとしたところ――。
「「「「『え』」」」」
重なった五人の声。窓からサンタ姿のミッドナイトが、クローゼットから同じくサンタ姿の13号が出て来て、ドアから入った相澤とプレゼント・マイクと鉢合わせした。お互い、何やってんだといわんばかりに指差し、動揺していた。
けれどその時「ん……」とベッドで寝ていたエリちゃんが身じろぎし、全員忍者のように身を伏せた。息を止め、気配を消す。絶対にバレるわけにはいかなかった。暗がりの中アイコンタクトをし、そそくさとトイレに素早く侵入する。
「ちょっ……狭い……っ」
「すいません〜っ」
「13号、宇宙飛行士サンタっていろいろ渋滞しすぎだろー!」
「だってこのほうがサンタっぽいかもと思いまして……」
「確かにものすごくサンタ体型ね」
そして体型といえば、と皆が一様に万癒を見た。
正確には――本物のサンタと見紛うほどの変装をした万癒を、である。
「失礼ですが……どちら様で?」
『…………医刀です』
「「医刀さん!!?」」
「医刀!!?」
『ちょっと小声と言えど静かに……! エリちゃんが起きたらどうしてくれるんですっ』
「ごめんなさいっ、でも本当意外過ぎて……!」
「マジで絵本からサンタでてきたかと思ったわ……それに声も……」
『私はやると決めたら徹底的にやる主義なんです。必ず私がエリちゃんのサンタさんになってみせる……!』
万癒の強い決意にミッドナイトと13号、プレゼント・マイクの目頭に熱いものがこみあげてきた。もっとクールでツンとしていて、お澄ましさんだったのに、いつの間にかこんなにヒーローになって……。
万癒はこの中の誰よりもサンタに近い恰好だった。なにせこの日のためにこだわりにこだわりを重ね、八百万に創らせた世界に一つだけのサンタセットである。やせ型である体型を補正させ、顔も近づけるためにサンタっぽいマスクを作り、リアルに近づけた付け髭にウィッグ、おまけに声まで変声機で変えていた。ものすごくサンタだった。気合が入りすぎている。
相澤は、おまえは原則緊急時以外は夜間外出禁じてるんだけどな、と思いつつ、主治医であるし、よくエリちゃんを気にかけていたから特別に不問にすることにした。このサンタの気合の入りようを見たら何も言えまい。
それから状況把握をすると、皆やはりエリちゃんにサンタの代わりにプレゼントを置きに来たのだ。みんなエリちゃんが大好きすぎた。
そうしてついでになにを持ってきたのかを公開することに。
「子供用DJセットだYO! ミッドナイトは?」
「私はね……絵本よ」
「普通で意外!」
「えっと僕は、クマのぬいぐるみにしました」
「さっきからギュムギュムしてるコレか」
「小さい頃って、大きなぬいぐるみ好きかなって思って」
ぬいぐるみというので万癒は内心ちょっと被ったなと頭を抱えた。「医刀は?」と促されて、しぶしぶ答える。いずれ分かることであるし。
『……デクの人形です』
「え?」
「デクって……緑谷くん?」
『……エリちゃん、デクのこと好きですからね。前折り紙したときもデクうさぎ作ってたから……じゃあ、ぬいぐるみにしようって』
「それって……手作りってこと!?」
『……まぁ』
どこか照れくさそうにそっぽを向く万癒に、教師一同は胸がじーんとなった。
家の事をずっとやっていて、裁縫が得意な蛙吹に教えてもらい、時に手伝ってもらいながら完成させたのだ。学生の手作りと侮ることなかれ、完璧主義たる万癒は何度も試行錯誤をし、ついにこれがパーフェクトと選ばれたデク人形を持ってきたのだ。あまりに作りすぎて上鳴に「え、なに万癒……ついに堪忍袋の緒が切れて緑谷呪い殺そうとしてる?」とか「クソナード量産してンじゃねぇよキメェ!!」爆豪にキレられ、「やっぱり緑谷のこと心配だったんだな、お守りか?」轟がまたとんでもない誤解をし、その誤解だけは我慢ならんと張っ倒そうとしたところ上鳴や飯田に「万癒さん落ち着いて!」「暴力はダメだ!」と羽交い絞めにされ未遂に終わった。
気が立っている万癒の逆鱗に触れまいと緑谷はいつも以上にびくびくして過ごしていた。そんな壮絶な物語のある曰く品……いや、思いの籠ったプレゼントであった。
「……とりあえず、全員のプレゼントを置くってことでいいな? さっさと済ませよう」
「――オーケー。協力してこのミッションをコンプリートさせようZE」
「えぇ、これほど有意義で興奮する聖夜は初めてよ……」
「みんなでがんばりましょうね……!」
『まぁ……エリちゃんにばれないように……頑張りましょう』
そうして細心の注意を払い、エリちゃんの近くまでこれたはいいのだが……エリちゃんの横に小さな靴下が置いてあった。サンタさんは靴下にプレゼントを入れてくれるのだと聞いていたエリちゃんは、自分の靴下を置いていたのだ。だがこの大きさでは悲しいことにどれも入らなかった。
そうしていると物音が聞こえ、窓ガラスの向こうに蠢く影が見えた。敵かと思い相澤の捕縛布を向けると、そこにはサンタ姿のブラドキングとトナカイの角をつけたハウンドドッグがいた。それに万癒は衝撃を受ける。
――しまった、トナカイも必要だったか。
来年は上鳴でも連れてくるかと思うが、いやあいつはうるさいなと判断し、轟にやらせようと決めた。しばらく黙ってろと言えばわかったといって黙るだろう。そういう素直なところは信頼しているのだ。
その後すぐ、暗闇に死神のような風貌が浮かぶ。息を飲むと全員の隣にそれぞれ黒い影が現れ「シーッ」と指を口に立て静かにと合図される。エクトプラズムだった。
三人もエリちゃんにサンタの代わりにプレゼントを置きに来たらしい。もう教師陣ほぼほぼ大集合だった。
今度こそ枕元にプレゼントを置こうとしたところ、ベッドヘッドの天使の置物の目が赤く光り、ベッドの両側から透明なシールドがシュンッと出たかと思うや否や、眠るエリちゃんをベッドごと包み込んだ。
「なんだ?」
「シンニュウシャ、ハッケン。シンニュウシャ、ハッケン」
「ちょっ!?」
無機質なアナウンスの後、天使の置物からビームが発射される。それからも万癒たちをシンニュウシャと認識しているようで、絶えずビームが放たれ続けていた。
なんなんだこれは、と万癒が思っていると、何やら思い至ることがあるのか13号がハッとした様子で伝えた。
「そういえば、今日の職員会議の終わりに校長が言ってましたよね!? 今日からセキュリティ強化しといたからね……って」
「あのね、今日からセキュリティ強化しといたからね……エリちゃんの部屋」
「言ってたー!!」
『うそだろ先生方……なんでそんな大事な事忘れんだよっ』
万癒の信じらんねぇ、と言わんばかりの声音にこのときばかりは教師陣も何も言えなかった。エリちゃんにプレゼントを届けることに頭がいっぱいでみんな浮足立っていたのだ。
そうしてついにそろって捕獲されてしまうが、それをみんなで格闘し、力を合わせ……なんとか朝までには部屋の惨状も元通りにし、エリちゃんにプレゼントを置くことができたのだった。
朝、深夜の大騒動など何もなかったかのように、万癒はいつも通りエリちゃんの診察をしていた。今日も異常がないことを確認すると、エリちゃんが話したくてたまらないと言った様子で、万癒サンタが届けたデク人形を抱えてみせてくれた。
「万癒先生、みてみて、デクさんのお人形! サンタさんがくれたの!」
「へー、よかったね〜!」
「うんっ、すっごくうれしい……! 他にもたくさんプレゼントもらっちゃった!」
「エリちゃんがいい子にしてたから、サンタさんもたくさんプレゼント持ってきてくれたんだろうね」
「うん……これからも、いい子にするね」
にこにこ笑ってデク人形を抱きしめるエリちゃんの頭を撫でる。
サンタは大事だ、と万癒は思う。万癒は生憎、賢すぎる子どもだったのですぐにその正体がわかってしまったけれど。それでも普段の厳格な父からは想像もできないほど、本物と見まごうサンタの変装をし続けてくれたのが、万癒は嬉しかったのだ。
きっと万癒が気づいていることも知っていただろうに、父はそれを亡くなるその年まで続けてくれた。
サンタは……親――もしくはそれに代わる者――の愛だと万癒は思う。だから大事なのだ。
来年はルミリオン人形を用意して、轟にトナカイらしくそりを引いてもらおう、と万癒は考えていた。プルスウルトラ、更に向こうへ。今年よりもっと素敵なクリスマスを。父を超える素敵なサンタになるために。メリークリスマス。