絆
三月下旬、大規模な作戦が行われようとしていた。
死柄木率いる
万癒は通りでこぞって人気ヒーローがインターンを受け入れたわけだと合点がいく。そして、自分の選択は正しかったとも。学生を最前線で戦わせ続けることはないだろうが、最悪に備えておくに越したことはない。
エッジショットが指揮を務める群牙山荘チームに配属された万癒は、救護班として従事することになる。前衛部隊と後衛部隊に分けられた級友たちに思いをはせていた。
「上鳴……あいつやるときゃやるが、チキン野郎だからなぁ……」
部隊が別れる間際に「しっかりしろよ、チャージズマ」と激励はしたが、不安は残る。対抗戦でさんざんガミガミ言ったが、インターン中でもむらっ気があった。まして上鳴はその個性を買われて前衛部隊に配属されている。怖いだなんだ騒いでいるのが目に浮かぶようだった。
「ほんと……しっかりやれよ、チャージズマ」
――おまえ、やれんだから。
脳裏にはいつだって手を差し伸べてくれた上鳴の姿が過っていた。
万癒がクラスに馴染めるようになったきっかけ。立ち方を教えてくれた人。いつも万癒を信じてくれて、大丈夫だと励ましてくれた。その能天気さに呆れ、救われ、今の自分がいる。「頑張れ」そう上鳴がいるだろう方向に向かい、呟くのだった。
そうして作戦開始からしばらくして、ちらほら怪我人が運ばれるようになった頃、慌てた様子で常闇がボロボロのホークスを抱えてやってきた。
「医刀!!」
「! ツクヨミ……それホークスか! すぐ診る!」
「頼んだ! 特に背中が……っ」
いつも冷静沈着な常闇らしくなく、随分動揺していた。それに万癒は落ち着かせるように、安心させるように肩に手を置く。
「大丈夫。私が診る」
「っ……ああ」
ホークスの背中の羽は燃えていて、背中自体を焼かれていた。すぐに処置に入り、治療を行う。何の問題もない、深くはあるが、救かる傷だった。
ホークスの処置を終えて、他の怪我人を診ていると何か爆発音にも似た何かと、ラインが突破されただの、なんだのと救護班に常駐していたヒーローたちが騒ぎ出した。何事だと思っていると……通信が入った。
『聞こえるかしら、レディ・パルフェ、クリエティ!!』
『ミッドナイト先生!?』
「聞こえてます」
ミッドナイトから万癒と八百万に通信が繋がれた。ミッドナイトの話し声に違和感を感じた。ノイズでもない……ミッドナイトの息がおかしい。
ちょうどヒーローたちから、大型敵が突進していて、Mt.レディたちがそれを必死で止めようとしていると概要を伝えられる。
『状況はわかってるね?』
「ヒーローが話してるのも、薙ぎ倒されてる木々も確認してます」
『ええ、こちらも耳郎さんの音≠ニ障子さんの目≠ナ!』
『力押しでは誰も止められない。眠らせたい』
その一言で万癒はすべてを察した。
万癒が想定していた最悪が訪れたのだ。そして眠り香という眠らせる個性を持つミッドナイトが自分たちを頼る理由も。息が荒いのは、自分がやらないのは――できない状況だからだ。
『法律違反になっちゃうけど……事態が事態よ。麻酔で眠らせるの。ヒーローに麻酔を渡して……! その場を離れなさい……! 連合が……背中に……いるわ……難しければ……すぐ……避難を……!! あなた達の判断に……委ねます』
そう言ってミッドナイトからの通信は切れた。八百万の動揺し乱れた息が聞こえる。
「クリエ――」
『レディ・パルフェ』
万癒の言葉を遮るように八百万が緊張した声で、それでもしっかりと言葉を繋いだ。
『こちらは任せて、
「おまえ……」
『あなたならそうなさるでしょう。そういう方だと、私はずっとあなたの背中を見てきましたもの……!!』
八百万の脳裏には救助を優先する万癒の背中が過っていた。
それと同時に、万癒が麻酔の調合を教えてくれると言った時の言葉も。
『私にも出来ることで、あなたの手を煩わせるわけにはいきません……!!
八百万の力強い言葉に万癒はぐっと奥歯を噛みしめる。全部言われた。自分が喝を入れるまでもなく、八百万はもうとっくに覚悟を決めていた。なら大丈夫だ。だって八百万は……万癒がただ一人認めたライバルだから。
「任せたぞクリエティ……!!」
『ええ、そちらも任せました! レディ・パルフェ……!!』
各々がやるべきことを果たしに行く。
最悪を推し量り、最善を尽くすために。一人でも多くの人を守り、救うために。
「通常であれば溶液を注射するのですが、あの大きさですと約30Lは必要でしょう。大きさに加え、極めて活発。注射する隙はないものと考え、経口投与を試みます。この一瓶が希釈なしでの有効量です」
そうして八百万が人数分創造したのは、やはり万癒特製の麻酔だった。法律違反だと戸惑った代物。でも、人を救うこと以上に大事なものはないと、教えを受けた麻酔。
緊張が走る中で、八百万はこれを教えてもらっていた時、轟から言われた言葉を思い出していた。
「医刀は素直じゃねぇから言わねぇけど……クラスの中で一番医刀が信頼してるのはおまえだと思う」
「え……? 私をですか……?」
「ああ。だってあいつ……自分に出来ないことは頼んでも、自分でも出来ることは頼まないだろ。でも、医刀はおまえにだけは頼る。だから、言わねぇけど……医刀が一番頼ってんのは、八百万だと俺は思う」
本当にそうかはわからない。けれど、もし、もしそうなら。八百万はその信頼に応えたいと思う。
八百万が不安なとき、迷ったとき、勇気をくれるのも、背中を押してくれるのも……
「私に辛酸を味あわせたおめぇが……無能なわけねぇだろ!! これ以上私を失望させんな! 八百万百!! おめぇは出来るヤツだろ……!!!」
「おめぇの創造は……あらゆる窮地を脱却しうる個性だ。それを持っている人間としての自覚、ちゃんと持てよ。万物ヒーロー、クリエティ」
「私に出来ることがおまえに出来ねぇはずもねぇ、ってことだ」
「任せたぞクリエティ……!!」
――ええ、レディ・パルフェ。必ず遂行してみせますわ。そうあなたに、誓いましたもの。
今度こそあなたのライバルだと胸を張るために。あなたが私に託してくれた人々を救う術を正しく活用するために。あなたに恥じぬ私で、万物ヒーロークリエティであるために。
あなたもそうでしょう。レディ・パルフェ。遂行しましょう、私たちのやるべきことを。
「まさか、おまえがついてくるとはな――ツクヨミ」
「あの様子では敵が近くに潜んでいるやも知れぬ。そうなれば、ミッドナイトの処置が遅れるだろう。微力ながら力添えしたく参じた次第」
「……ありがとな」
ホークスが心配で傍についていたかっただろうに、常闇は万癒と一緒に来てくれた。それどころか黒影のおかげで飛行して向かうことができた。木々が立ち並ぶ中でこの移動手段はありがたかった。
常闇自身も足に火傷を負っていたが、それでも救けるために動いていた。
「ミッドナイトの通信のタイミングと、あの大型敵の移動速度から推測するにおそらくここら辺だ。近くに敵がいた場合、ミッドナイトがやられたなら……おそらく眠り香対策がされてある。すぐにミッドナイトを回収して撤退するぞ」
「了解した」
そうしてミッドナイトを見つけた。辺りに敵がいる気配はなかった。けれど、ミッドナイトは――。
「!? ミッドナイト!?」
「…………」
血濡れのミッドナイトを冷静に診る。心肺が停止していた。
「医刀、ミッドナイトは……」
「救ける」
「!? だが、」
「救けるったら救ける! 幸い心停止から時間が経ってねぇし、脳自体に直接的なダメージはねぇ! だから大丈夫だ! 心停止の処置は……死ぬほど鍛えた!!」
手の施しようはまだある。施せる手があるのなら、あらゆる術を持って完遂させるのがレディ・パルフェで、
内側から蘇生する。それはインターンの間ずっとそばで見ていた術。エッジショットは自分に丁寧に教えることはなかったけれど、その個性を見せてくれた。だから万癒はやれる。それが完全完璧なヒーラーヒーロー、レディ・パルフェだから。
「絶対救ける!! 私の手の届く範囲にいるヤツは……須らく救うって決めてんだ!!」
「医刀……任せた」
「任せろ!!」
――プルスウルトラ、更に向こうへ。
そうして立派になった自分たちを、これからも成長していくエリちゃんを、まだまだ見ていてほしい。エリちゃんの結婚式では、母親役をしてもらわないと困るから。
その未来を紡ぐ。この手で、紡ぐ。奇跡は起こすものだから。
ミッドナイトの心肺蘇生を開始して少しした頃、脈がわずかに戻ってきた。そのことに安堵するのもつかの間、大型敵が万癒たちの近くにやってきた。
「なっ、あれは……八百万たちが対処したはずでは!? 失敗したのか!?」
「それはねぇ! 投与に失敗したなら何らかの連絡が来るはずだ」
「ならば……効かなかったのか……?」
「いや……」
万癒は蘇生の手を止めずに大型敵を注視した。八百万が舐めた配合をするはずがない。あの状況で、あの覚悟でそんなはずがないのだ。だとしたら、そもそも万癒の麻酔を分解できる体質だったという仮説を立てたが……そうではないと判断した。眼の粘膜を見ると僅かながらに万癒の麻酔の反応が確認できた。効いていないわけではない。足りないのは、今すべきことは――。
「ツクヨミ……頼みがある」
「何だ!?」
「無茶を承知で言う……あの大型敵にこれを撃って貼り付けろ」
「!?」
ミッドナイトを蘇生し続けたまま、万癒が肩から大きな玉を創造する。
腰に下げていた期末試験で八百万が創った銃を取るように言い、それを装填するように指示を出す。
「撃てばテープ状に広がって対象に付着する。あの硬く強靭な筋肉を持つ大型敵にも、貼り付けるはずだ」
「これは……」
「促進剤みてえなもんだよ。麻酔の巡りを早くする。もう、おまえたちが頼みの綱だ」
無茶を言っているのは万癒とて承知だった。
大型敵に近づく必要がある上に、常闇は足を怪我している。そして背中には連合が乗っていて、おそらく八百万らと交戦したばかりで警戒されているだろう。そんな中でたった一人で向かわせ、気づかれることなく貼り付けさせるのは……危険だった。
「任された。このツクヨミ、必ずやり遂げよう」
「俺も頑張る!
「ツクヨミ……ああ、大義を成せ……!!」
そうして常闇と黒影は飛び立っていった。万癒に託された銃を持って。
大型敵の背中を追って、常闇たちは射程圏内に入る。そして黒影が鼓舞するように口を開いた。
「怯むな億すな!! 己が大義の為に全力を尽くせ……!!!」
「――嗚呼」
不思議と恐怖はなかった。あるのは高揚。きっと、常闇は、黒影は、ずっと……。
――医刀、おまえに何かを託されるのが、頼られるのが、これほど嬉しいものだとはな。
ちゃんと関わったのは騎馬戦が始まりだった。そこから、本戦に進んで戦って、おまえが勝てる試合だったと、どこかで燻っていた。勝たせてもらった、万癒と対等に並べなかった不甲斐なさと己の未熟さが情けなかった。
でも、もうとっくに自分たちは……並んでいた。遠かった万癒の背中が、今はもう隣で常闇の肩を、黒影の背中を叩いて、押してくれている。
失敗するビジョンなど浮かぶはずもなかった。己はこの時この瞬間、大義を
常闇は見事に撃ち抜き、連合に気づかれることなく、貼り付けることに成功する。
万癒とミッドナイトのもとへ戻る道中は、満たされる何かを噛みしめずにはいられなかった。