精一杯の強がり

戦いの傷は凄まじかった。仕留め損ねたニア・ハイエンド7体と死柄木一行は行方を晦ました。
大型敵……ギガントマキア、Mr.コンプレス確保。群訝山荘のリ・デストロ、外典、トランペット……超常解放戦線構成員1万6929人が確保されるも、ギガントマキアの行進により幹部を含む132人を取り逃した。

街の被害は甚大で、多くの者が傷ついた。
その中には雄英高校の教師たちや、生徒の姿もあった――。


「医刀さん……」
「八百万」

セントラル病院、最先端最高峰の治療が受けられる病院。そこに引き継いでなお、万癒は一人の医者として奔走していた。
明らかに疲労が滲む万癒の顔に、八百万が心配げに声を変えた。


「働き通しでは? 少しお休みくださいまし。このままでは医刀さんの体がもちません」
「救命にいたときほどじゃねぇよ。心配すんな、倒れたりしねぇ」
「ですが……」

それでも心配だという表情をする八百万に、万癒は止めてくれるなと口を開く。


「動いてねぇと……落ち着かねぇんだよ」

落ち着かない、といった万癒の表情は焦燥にも似ていた。
それに八百万は万癒の心中を察する。よく知る者たちがボロボロになって帰ってきたこと、相澤に至ってはエリちゃんの細胞から作られた消失弾を受け、個性を失う前に足を切断していた。緑谷も、爆豪も、轟も死柄木や連合と戦い本当にボロボロだったのだ。

爆豪は腹に穴が開いていた。轟も火傷が酷く、緑谷も酷い怪我をしていた。
もう処置は終わっていて、あとは目が覚めるのを待つだけだが……緑谷が一向に目を覚まさないのも、万癒の気を揉ませていたのだった。
八百万は万癒の手を取り、優しく両手で包み込んだ。


「おい……」
「心中お察しします。私では医刀さんの心をお慰めすることはできないでしょうが……それでも、一つだけ言わせてくださいまし」
「……なんだ」
「ミッドナイト先生たちを救ってくださり……ありがとうございました……!」

ぎゅっと、祈るように八百万が掴んだ万癒の手を額に当てた。
ミッドナイトはあれから無事に蘇生し、一命を取り留めた。まだずっと安静にしていないとならないが、リカバリーガールが来てくれたため、きっともう大丈夫だろう。他にも万癒は奔走し、手の施しようが全くない者以外、あらゆる術を用いて救ってみせた。レディ・パルフェはその名に恥じぬ活躍をしたのだ。


「あなたは当然のことをしたまでだとお思いでしょう。けれど、あなたがミッドナイト先生のもとへ向かってくださるとわかっていたから、私たちはミッドナイト先生が救かることを疑わずにいれました。あなたが倒れたヒーローたちのもとに来てくれたとき、どんなに心強かったか……」

麻酔を投与することに成功したのに、効いた様子が見られなくてマジェスティックに逃がされる形で、八百万たちは安全な場所まで送られた。
戦ったヒーローたちが次々と倒れ、中には死亡している者もいた。自分は果たせなかったのだと崩れ落ちそうになる時、やっぱり万癒が来てくれた。


「医刀さん、すみません……私――」
「何謝ってんだ? 謝ることなんざ一つもねぇよ。よくやった。ちゃんと効いてる。ただちょっと巡りが悪ぃから促進剤を撃ってもらった。だからもう、大丈夫だ。おまえは立派に果たしたよ」
「医刀さん……ぐすっ」
「あ、こら泣いてんじゃねぇ! 処置に入るからおまえも――」
「ええ! 博覧強記、一切合切お任せください!!」
「……脂質尽きても文句言うなよ」
「望むところですわ!」


手の施しようがないものは、いた。けれど本当にどうにもならない者以外を決して万癒は諦めなかったし、本当に救ってみせてくれた。それがどれだけ大変なことで、奇跡であるか、八百万は分かっていた。
けれどそれは万癒だって同じだ。同じようにあの時駆けつけた惨状を思い出していた。


「医刀! 私らどうしたらいい!? 指示出して! その通りにやるから!!」
「トリアージは任せろ! 仮免試験の後死ぬ気で覚えた! 試験であれ重要だったし!」
「俺そっちは分かんねぇけど、機材の充電は任しとけ! 前線でたんまり貯めてきたし超頼ってくれていいから!!」
「心臓動いてねぇけど、まだ身体はあったけぇ……これAEDとかでいけるか!? 八百万! 頼んだ!」
「離れて! すぐにショック与えるノコ!!」
「この個性の持ち主なら……私のツルで一時的な縫合を試みてみます。どうやるかは分かっています……私も同じインターン先ですもの」
「救けよう、俺らで! 力合わせりゃなんとかなんだろ! だってここにはレディ・パルフェがいんだから!!」


あれだけの惨状であれだけの人々を救えたのは、間違いなく各々ができることを最大限挑んだからだと万癒は理解している。万癒がいかに優れていても、万癒の手は二つしかない。一人を救う間に零れ落ちかねなかった命を、みんなが必死に繋いでくれて、結果として多くの命を救うことになった。
一人でやれることには限界があっても、みんながいるならば……どんな奇跡だって起こせると思わせてくれる。

ギガントマキアだって、八百万が創造し、切島が投げ込んだ麻酔が、万癒が創造し、常闇が撃ち込んだ促進剤が功を奏し、大規模な街への横断は免れなかったが、それでも救助は間に合ったという。そして死柄木と合流こそしたが、ギガントマキアは間もなく眠りについた。皆の決断と行動は正しく紡がれていたのだった。

八百万は万癒に伝えようとしている。救ったものが何だったのか、それは命だけじゃなくて、もっと深いところで救けに、支えになっていたもの。


「あなたが元気でそこにいてくれる。それが私にとって、何よりの救いになっていると……ご存じないでしょう」

どんな状況でも、万癒が近くにいるだけで不思議と力が湧いてくる。あなたがいてくれるなら大丈夫だと思える。もっと頑張らなくてはと思う。この人に恥じないライバルで在りたいと思わせてくれる。


「だから、少しは休んでください。あなたがそんな調子だと……心配してしまいます」

八百万の眉が下がった困った表情に万癒は一つため息をついて、わかったよと答える。
そして、いつもならここに轟もいて、またいらん通訳をしているだろうと思うと、今の轟を取り巻く状況が浮かんで……自然と口にしていた。たまに素直になると……轟は嬉しそうな顔をするから。


「私も……おまえがいると、大丈夫だって思える。おまえがいてくれて……よかった」
「医刀さん……っ!」

嬉しそうな、驚いたような八百万の声と表情に耐え切れず、背を向ける。
ずっと前から、八百万のことは信頼している。最初に自分が何かを託せた人は八百万で、どうしようもない時、おまえが今ここにいてくれればと思ったこともある。
万癒にとって八百万は……唯一無二のライバルであった。


「……少し休む」
「ええ、おやすみなさいまし」

病院の厚意で宛がってもらった仮眠室に足を進める。
外は相変わらずすごかった。荼毘――死亡したと思われていた轟家の長男、轟橙矢――が公共の電波を通して流したドメスティックな告発を受け、その真偽をエンデヴァーに問う声と、この作戦の失敗による甚大な被害について責任を問われていた。

ヒーローが篩に掛けられる。人々から求められるのがヒーローだと言うならば、もうヒーローは消えてしまった。それでもまだ、立ち上がる人々はいる。万癒はそれを知っている。

――人々に安寧を齎すのがヒーロー、だもんな。

更に少し伸びた髪を触る。素晴らしいヒーローになる願掛け。
あの人も当たり前に立ち上がるだろう。こんな時こそやるべきだと。











万癒もあとは病院に任せ学校に戻ってくると、ドアに緑谷からの手紙が挟まれていた。それは万癒だけでなく、クラス全員がそうだった。


――今までたくさん診てくれてありがとう。君の着眼点にはいつも驚かされることばかりで、参考にさせてもらった。君に心配をかけることがない人間になるためにも、僕はこの力とこれからも向き合っていくね。


そう記された手紙をくしゃっと握る。
心配なんかするわけない。おまえみたいなクソナードの聞かん太郎をどうして心配しなくちゃならんのだ。心配、なんて――。


「緑谷が……心配なんだな……?」

また、轟が横からいらんことを言ってくる。そんなわけないだろう、と返そうとして口が上手く動かなかった。唇が、震える。


「っ、」

言葉にならなかった。むしろ熱いものがなぜかこみあげてくる。
唇を嚙みしめた万癒に轟はお、と言いたげな顔をするが、どうしていいかわからなかった。
おろっとしていると、上鳴が気づいて駆け寄ってきた。何を言うでもなく、慣れたように万癒の背をとん、とんと優しく叩く。


「万癒……」

上鳴が来るとダメだった。上鳴にはもう散々、弱いところを見られているし、自分もここでは弱さをさらけ出してもいい場所だと認識してしまっていた。
耐えてたものが、耐えれなくなって、溢れ出す。ざけんな、バカミナリ。今来んじゃねぇ……。


「っう……あんなヤツ知るか……っ、私の言うことなんて……何一つ聞きゃしねぇんだ……っ」
「……うん」

本当に、緑谷は万癒の言うことなんか聞きゃしない。
万癒にどれだけの恐怖を自分が与えているかなんて、考えたこともないだろう。万癒だって死んでも言うつもりはない。心配なんかしない、あるのは恐怖だけ。だって、だって――。


「止まるヤツじゃねぇのに……心配するとか、無駄にもほどあんだろ……っ、ぜったい、あいつの心配なんかっ、してやらねぇ……!」
「……うん」

心配なんかしてやらない。でもそれはもう心配してるのと同じだと、上鳴も轟もわかっていた。わかってたけど、それ以上は言わなかった。それが精一杯の万癒の強がりだと分かっていたから。


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