交渉

緑谷出久が雄英から離れて数日後、万癒たちは手掛かりを掴んでいた。


「それ……本当に?」
「推測でしかねェけど……」
「十中八九エンデヴァーたちといる。あのクソナード!!」

そう言って爆豪が自分に届いた緑谷からの手紙をビリビリと破り捨てた。
推測、という言葉に飯田が反応する。


「推測……? 連絡をして確認を取ったんじゃないのか? 君たち4人の師に……」
「幾度もしたさ。だが電話には出なかった」
「ジーパンも」
「髭面も」
「親父もだ。忙しいとは言え不自然だ。俺たちに隠し事してるとしか思えんねぇ」

轟の言葉に万癒は頷く。本当に不本意ながら、情報を得るためには仕方ないと割り切り、エッジショットに「あんたしか頼れない。緑谷のこと何か知ってるなら少しでもいいから教えてくれ」と送ったというのに、未読のまま無視されている。電話も当然でない。意図的に連絡を取らないようにしているとしか思えなかった。


「たしか……オールマイトも戻ってないんだよね」
「らしい」
「授業は停止。俺らは進級も留め置かれてる。ヒーロー科生徒は基本、寮待機と周辺の警備協力。細かい情報を得にくい環境だ……ジーパンとヘラ鳥は病院でデクに接触してる。オールマイトとも……この手紙……雄英に近づくことすらビビってんなら、誰がコソコソ真夜中ドアに挟み込んだ? オールマイトしかいねぇ……! あいつらきっと組んで動いてる!」

ワン・フォー・オールの絆で結ばれた二人だ。緑谷が戻らないことを選択した時点で、オールマイトがそばを離れる選択をするわけがない。あの二人はいつだって、どこだって一緒だったから。


「……大人といるんならむしろ安心していいんじゃなウィ☆?」
「トップ3のチームアップしか・・ニュースないぜ? オールマイトは入ってない」
「だからだよ。俺はエンデヴァーたちより、デクの事もオールマイトの事も知ってる。多分考え得る最悪のパターンだ」

爆豪が拳を握りしめる。爆豪は緑谷の幼馴染で、オールマイトにずっと憧れていた。秘密を共有してからその師弟関係をずっとそばで見ていた。緑谷の在り方とオールマイトの在り方。その危うさに爆豪は気づいていた。


「じゃあ、連絡手段をどうするか!!? だな!!」

行動派の切島が立ち上がる。そうして麗日が決意を込めた顔で立ち上った。

「エンデヴァーって雄英卒だよね…………強引に行こう」

そうして取った行動は校長にエンデヴァーを招致してもらうというものだった。
万癒はふと思う、今まであまり意識していなかったけれど……緑谷が絡んだ時の麗日はなんだか――。







そして数日後。校長は万癒たちの話を聞いて、対話の余地があると判断し、エンデヴァーを招致してくれた。


「校長、ハメましたね……!?」
「彼らの話を聞いて対話の余地があると判断した。私は常にアップデートするのさ」

ずらっと制服を正して並んだA組にエンデヴァーが何とも言えない顔をした。
それに轟が真っ先に食って掛かる。


「何で俺のことスルーした? 橙矢兄を一緒に止めようって言ったよな!?」
「焦凍、その気持ちだけで俺は救われているんだ」
「俺は救われねぇよ。緑谷だけは例外か!? エンデヴァー、デクとオールマイト二人にしてるだろ」

それを聞いたエンデヴァーの表情がすべてを物語っていた。間違いなく、緑谷とオールマイトは一緒にいる。


「っぱな……あぁ正しいと思うぜ。概ね正しい選択だよ……! デクの事……わかってねぇんだ……」

爆豪の腹の奥から煮えたぎるような、苦しいものを吐き出すような声に、万癒も伏せ眼がちに思い出していた。
いつかの、緑谷が怖いと打ち明けた日のこと。救けるために自分を顧みない緑谷が怖かった。それは今も変わってないのだ。むしろ、この状況ならもっと――。


「デクは……イカレてんだよ頭ぁ。自分を勘定に入れねぇ。大丈夫だって……オールマイトもそうやって平和の象徴になったから、デクを止められねぇ。エンデヴァー! 二人にしちゃいけない奴等なんだよ!」

エンデヴァーもその言葉に何か思い当たることがあるのか、何かを考えるように「しかし……」と通信機を見た。それはわざと見せたように見えた。
それに瀬呂が目ざとく指摘する。


「それGPSのやつっスか?」

その瞬間、瀬呂が、峰田が、葉隠が、口田が、芦戸がGPSを奪取しようと動いた。
エンデヴァーは抵抗する素振りもなく、瀬呂の手に収まる。


「こっ……これ!!! 借りていースか!? あのっ……俺! 偶々同じクラスになっただけスけど!」
「僕も……一年一緒に過ごしただけだけど」

優しく峰田を抱き起す口田につられるように、万癒も小さく口を開く。


「……言うことなんざ一つも聞かねぇ……クソめんどくせぇ患者だけど」

脳裏には、本当に一度だって言うことなんざ聞いたことない緑谷が浮かぶ。あちこちぶっ壊しまくって、でもちっとも堪えない。救けるためにどこへでも駆けつける緑谷の姿が、焼き付いて離れない。


「OFAの悩みを打ち明けてくんなかったのも。あんな手紙で納得すると思われてんのも。ショックだけど――」
「我々A組は彼について行き彼と行動します。OFAがどれだけ大きな責任を伴っていようが、緑谷くんは友だちです。友人が茨の道を歩んでいると知りながら、明日を笑う事は出来ません」

これが、1年A組が出した答えだった。
みんなで一緒に緑谷が背負っているものを背負う。その荷を分けさせてもらう。
暗闇の中をずっと歩んでいるのだとしたら、自分たちがその道を照らすと決めた。一緒に当たり前に明日を笑うために。


「……外は危険だ。秩序がない。おまえたちまで――」
「大人になったね……轟くん……!! 私は……敵の目的である彼が、雄英に戻りたがらない事を踏まえ、チームアップを是とした。でも、いいのさ。戻って来ても」
「え!?」
「合格通知を出した以上は、私たちが守るべき生徒さ」

その言葉に万癒は本当、日本は大人がしっかりしてやがるな、といつかと同じことを思う。
それが許されるのならば、エリちゃんも悲しまずに済むだろう。険しい道だとわかっていても。その道があるのならば。


「しかし避難者の安全が……彼らの中にはまだ――」
「何も敷地面積だけで指定避難所を受け入れたわけじゃない。彼らには私から何とか伝えよう。文化祭開催に伴い強化したが、結局出番の無かった――セキュリティ雄英バリア≠サの真価と共にね。いいんだよ……オールマイトだってここで育った! 君たちの手で……連れ戻してあげておくれ」

そうして校長の一声と、エンデヴァーたちの協力のもと万癒たちは緑谷の安全を確保するために、雄英に連れ戻すために動き出すのだった。


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