無個性の親から託された夢はあまりにも大きく重く、それでいて柔らかくどこか脆い。真綿で首を絞められているようだと感じ始めたのはいつからだろう。
といっても私なんかがヒーローを目指す資格を持っているはずもない。
昔言われたあの言葉、それが重りになっているのは分かっているのに自分じゃ外せない。年々鎖が足に絡まり身動きが取れなくなっていく。
ああ、全てが夢だったら良かったのにーーーー
「雄英、受かったよ」
さらさは合格通知の書類を見せながら俯いた。両親は歓喜に沸き、思いっきり愛娘を抱きしめる。
「さすがさらさ!よくやった!」
「貴女なら受かると信じていたわ!」
力一杯抱きしめられ、視界が定まらなくなるほど頭を撫でられた。少しシワがついた書類が代わる代わる両親の手に渡る。書類を広げながら娘以上に喜びを噛みしめる彼らをさらさは少し気まずい思いを交えながら眺めた。
「さらさの努力と個性のおかげなんだから自信持ちなさい!」
「また一歩ヒーローに近づいたな!」
「そうだ!折角だからお祝いに今日はグラタンにしようじゃないか!」
「そうね!それが良いわ!さらさ好きだものね!」
再び父親に頭を撫でられ、母親に力強く抱きしめられる。嬉しいと感じる反面、どこか息苦しい。逃れるように天井を見上げた。
雄英高校。元々そんな大それた高校に入学するつもりはなかった。しかし両親や中学の担任に勧められ受験したところ、見事合格。担任には『当然の結果だ』と背中を押され、両親には『さすがさらさ!』と持ち上げられる始末。
「部屋で入学書類とか確認してくるよ」
騒ぐ両親にそう伝え、「ご飯出来たら呼ぶわね!」と母親の嬉々とした声を背中に受けながら廊下に出る。少し冷たいフローリングが心地よかった。
足を進め自室の扉を閉める。薄暗い部屋の中で手に持っていた書類を広げた。何度確認してもそこには『合格』と記されている。数分前には丸い機械からあのオールマイトのお言葉も頂いた。
夢じゃない。そうありありと突きつけられているようだった。
ヒーローになるための大きな一歩を踏み出すために必要な過程。それは分かっているのに何故こんなに泣きたくなるのか、投げ出したくなるのか。瞼を閉じ、静かにため息を吐いた。幸せが逃げる?そんなものとっくに底尽きてる。
私なんかがヒーローになれるわけもない。
さらさはぬいぐるみも何もないベッドに倒れこみ、味気ないその部屋でギュッと目を瞑った。
高校生活初日。両親に急かされ、予定より大分早くに家を出てしまった。揺れる電車に身を委ねながら一つ欠伸を洩らす。首に下げていたアイマスクを装着しようとしたその時。
「あ!入試の時の!貴女も受かってたんだね!」
突然背後から声をかけられ、さらさはゆっくり振り返った。声の主はなんと浮遊した雄英の女子制服。驚きの光景に瞬きを繰り返す。個性が透明化とかそういう類なのだろうか。
「あの時は助けてくれてありがとう!すっごくカッコよかった!」
口ぶりからして目の前の制服、もとい透明少女とはどこかで会ったことがあるらしい。大方入試の実技試験だろうが、全く記憶がない。
「 ホントにカッコよくて思わず見惚れちゃったよー!」
「ごめん、覚えてない」
「まあ仕方ないよ、私透明だし!気にしないで!あ!折角だし名前聞いても良いかな?私は葉隠透!よろしくね!」
少々失礼なさらさに対し、葉隠は忘れられた事をさして気にするでもなく矢継ぎ早に話し始める。
「遊砂さらさ。こちらこそよろしく」
「よろしく!さらさちゃんって呼んでいい?私の事も透って呼んで!」
「う、うん……」
「学校まで一緒に行こうよ!クラス、AとBどっちだった?私はA!」
「私もAだったはず」
「ホントに?!A?!友達第1号がクラスメイトなんて私付いてる!」
キャッキャと楽しげに話す葉隠にさらさは面食らって目を瞬かせた。
今まで彼女の周りにいたのはよそよそしく機嫌を伺って来る者ばかり。こうして接してくれる同年代の人間は久しぶりだった。
ふわふわして足元が掬われそうな感覚が少し気持ち悪い。しかし嫌な感じは全くしなかった。
またさらさはどこか内心“見えない”彼女に安心していた。見えないと言うことはさらさの個性が効かない事を意味する。
電車を降りて改札を通る。周りを歩くのは雄英の制服を着た少年少女ばかり。雄英は巨大な施設を有しているだけあって生徒数も多い。
「そういえば入試の時、さらさちゃん、ロボットをさらさらさらーって粉にしてたけど……凄い個性だね、初めて見たよ!」
「……透明って個性も珍しいと思うけど」
「うーん、珍しいかもだけど試験の時みたいな戦闘系は苦手なんだよね……あの試験よく合格できたなって感じ!ホント奇跡だよ!」
ピョンピョンと制服が飛び跳ねる。歩きながら器用なこと。彼女の表情や手足の細かい動きは分からないものの、ここまで表情が想像できるのは彼女元来の明るさゆえか。案外分かりやすい人らしい。
「でもでも!受かったからには頑張るよ!さらさちゃんも頑張ろうね!」
葉隠は校門を潜りつつクルリとその場で一回転して見せた。短めのスカートがふわりと広がる。楽しそうな彼女に釣られてかさらさの口元もゆるりと弧を描いた。
「えいえいおーっ!ほらほら一緒に!」
「ん?」
「せーのっ!」
「「えいえいおー!」」
「さらさちゃん意外とノリ良いね?!」
葉隠とさらさが妙に大きな扉を開いて1年A組の教室に入ると、中には既に数名の生徒がいた。それぞれ思い思いに過ごしている。
前の黒板を確認するとどうやら出席番号で着席するらしい。飯田という少年が駆け寄ってきて何やら説明をしてくれた。
「ーーーというワケなんだが……おい、君!聞いていたのか?!」
「ん………」
「あれ?もしかしてさらさちゃん、立ったまま寝てる……?器用だねー」
「人の話を聞いている時に寝るとは……!全く!失礼極まりないぞ!起きたまえ!」
「……ねてない、ねてないよ」
「さらさちゃん、せめて目を開けよう?」