荷物を整理していると葉隠に名を呼ばれ、そちらに目を向けると人の群れが。近づくと葉隠に腕を引かれた。
「じゃーん!こちら!来る途中で友達になったさらさちゃん!」
「遊砂さらさ……です」
葉隠の言葉に続いてペコリと頭を下げる。その場にいた女子生徒たちは皆にっこりと笑顔を浮かべた。
「私は蛙吸梅雨よ、梅雨ちゃんと呼んで」
「八百万百と申します」
「ウチは耳郎響香」
「アタシは芦戸三奈!三奈でいいよ!」
感動のあまり胸に手を当てて浸らざるを得ない。ジーンと噛み締めつつ、教えてもらった名前と顔を一致させた。
「何で浸ってんだ?」
「きっと嬉しいのよ」
「意外と分かりやすいなーこの子」
耳郎、蛙吸、芦戸がそんな会話をしているのも露知らず、ホクホクと心を踊らせる。こんな短時間でこんなに話せた事、しかも友達になれるかもしれない事。全てが噛みしめたくなる出来事だった。
中学時代、同年代の人間と話すことがあまりなかった彼女の脳内はただ今絶賛お花畑満開。
しばらく浸っているといつの間にか担任が到着していた。未だ惚けているさらさを見かねて面倒見の良い八百万は手を引き彼女を席に着かせる。
「……いつの間に自分の席?」
「もう!しっかりなさってください遊砂さん!」
「引っ張って来てくれたんだ……ありがとう」
「と、当然のことですわ!」
「(こういうの……ツンデレって言うんだっけ)」
「こういう体操服、あんま見ないよねー」
ここは女子更衣室。先程1年A組担任教諭、相澤消太から体操服に着替えグラウンドに集合するよう指示が出されたため生徒は皆急いで着替えている最中だ。
芦戸は雄英の独特な体操服を広げて見せる。女子更衣室にいた面々はうんうんと頷いて同意した。青を基調としたそれは一般的な体操服とは色も形状も大分異なっている。
「こんな学校名が書かれてるのも珍しいですわね」
八百万が体操服に腕を通しつつ、片手に手を当てる。彼女は所作からしていい所のお嬢さんなのだろうなと全員が密かに思った。
改めて体操服を広げて見る。たしかに“UA”、つまり雄英と捉えられるデザインだ。
「中学ん時はフツーのやつだったからこういうのも良いかも!皆中学ん時どんな体操服だった?」
早々と着替え終わった芦戸が笑顔で質問を投げかける。
「私のところはズボンが学年ごとに色分けされてたわ。私の学年は緑だったから結構気に入ってたの」
蛙吸が長い舌を一瞬出して引っ込めた。どことなく蛙っぽい彼女は緑が好きらしい。
「私の学校は全身黒でしたわ」
「それはそれで珍しいじゃん。ウチんとこは上白で下は臙脂で統一されてた」
顎に指を置き中学時代に想いを馳せる八百万と少し嫌そうな表情を浮かべる耳郎。耳郎は中学時代の体操服がいかにダサかったのかを語り始めた。中には共感できる者もおり、話は大いに盛り上がる。
「長ズボンのふくらはぎんとこがさ窄まってて捲れないようになってんの!」
「私のとこもそうだったそうだった!あれヤダよねー!」
「ウチは無理やり折ってたけど」
「私の学校はポケットに手を入れないようにとポケットが付いていなかったので大変不便でしたわ」
「あ!私んとこもそう!」
担任到着ぎりぎりに教室に来た麗日も交えてわいわいと話に花が咲いた。それでも着替える手が止まらないのはさすが雄英生というべきか。
「さらさちゃんはどうだった?」
先程から口を閉ざしたままの友人に葉隠は問いかけた。さらさはまた何かを噛み締めているのか目を閉じてシミジミと胸に手を当てている。葉隠は瞬きを繰り返した。今のやりとりで何を感動しているのか。
「さらさちゃん?さらさちゃーん!おーい!」
目の前で手を振ってみるものの透明な彼女の手では分かりにくい。ただそれ以前にさらさは目を閉じているのだからそれ以前の問題である。
「あれ?さらさちゃんどうかしたん?」
異変に気付いた麗日が振り返った。更衣室にいた女子全員がどうしたのかと振り返る。その視線でようやく我に帰り、パチクリと目を瞬かせた。
「もー!呼んでも返事しないから心配したよさらさちゃん!」
着替え終わった葉隠が空の体操袋をブンブンと振り回す。隣にいた耳郎は間一髪のところで避けた。
「あ……ごめん……なんかこうやって話すことなかったから嬉しくて」
若干照れ気味にそう答えたさらさに皆キュンとしてしまう。葉隠は堪らずさらさに抱きついた。
「可愛い!可愛いよさらさちゃん!キュンってしたわ!これから一杯話せるからね!話そうね!」
「そうそう!クラスメイトなんだし!」
「クラスメイト……」
芦戸の言葉に再び感動を噛み締めている。そんな様子をほっこりと皆が見守っていたが、ただ一人八百万だけは違った。
「遊砂さん、感動するのもよろしいですけど早く着替えないと遅れてしまいますわ!まだ制服なの貴女だけですし」
ビシッと指付きで指摘された通りさらさ以外はすでに着替え終わっている。彼女だけまだワイシャツとスカートのままだった。
「あ、ホントだ」
「ホントだ、じゃありませんわ!ほら!私が畳んで差し上げますからちゃちゃっと脱いでくださいませ!」
「……ありがとう」
「あぁ!裏表逆ですわ!」
「あれ何か絡まった」
「無精しないでキチンと脱いでから直してくださいませ!」
「百ちゃん……さらさちゃんのお母さんみたいだわ」
わちゃわちゃと漫才のようなやり取りをする八百万とさらさを見つつ、蛙吸の言葉に一同は大きく頷いたのだった。
A組の面々は体操服に着替えグラウンドに集合した。登校初日だというのに入学式もガイダンスもない。狼狽える生徒たちに相澤から“個性把握テスト”を行うことが伝えられた。しかも最下位は除籍処分。
「除籍は怖いけどなんかちょっとワクワクするね!」
葉隠が耳元に口を寄せて小声でそう言った。コショコショ話でも感情が手に取るように分かるほど彼女の声は踊っている。対するさらさは周りの動揺などどこ吹く風。いたってマイペースに頷いて見せた。
「最下位にならないように頑張ろうね!さらさちゃん!」
再びコクリと頷く。
明るく鼓舞する葉隠とは対照的に、マイペースに見えるさらさの内心は実は穏やかではなかった。
脳裏に浮かぶのは所々ノイズがかった映像。
サラサラと手の隙間からこぼれ落ちる砂。
大勢の淀んだ声と突き刺さる視線。
掴もうとした瞬間崩れていく何か。
そしてあの言葉。
それ以上思い出せないよう力一杯目を閉じた。
「砂が目に入っちゃったのかしら、大丈夫?」
蛙吸の心配そうな声に瞼を開くと瞬きを数回して再び小さく頷いて見せた。