さらさは一番前の小上がり席に座ったまま深呼吸を繰り返す。元々酔いやすい体質であるため自らこの席に座ったというのにさらさの三半規管はそれ以上に弱いらしい。
ぐるぐるぐるぐる。
胃の中がかき混ぜられているのか、はたまた胸の奥で何かが騒いでいるのか、色んな事が想像できそうな気持ち悪さだ。唾を飲み込みもう一度深呼吸をする。その時。
「おい、吐くんならこれにしとけ」
突然ガサリと目の前に紙袋が現れた。よく見るとエチケット袋だ。吐くほどではないのだけれど……そう思いながらも有り難く受け取る。
差し出してくれた主を見上げた。
「ありがとうございます、相澤先生」
ぺこりと軽く頭を下げる。相澤はシッシッと手を振って眉をひそめた。
「目瞑ってたら余計酔うぞ、遠くを見ろ、遠く」
「……はい」
さらさは力なく眉を下げる。エチケット袋ももらった事だし、もう何も怖くない。いや、吐けそうで吐けないのだからどうにかなったわけではないのだが、気持ちが大分楽になった。
一刻も早く着いてくれと願いつつ、窓から流れる景色を眺める。
「遊砂」
相澤の呼びかけに振り返った。今度は何だろうと首をかしげる。
「放課後職員室に来い、話がある」
さらに首をかしげた。何の話だろうと勘ぐるがいかんせん心当たりがない。除籍とかそういう類の話じゃないと良いなぁと呑気に考えながらさらさは答えた。
「わかりました」
バスが辿り着いたのは雄英の数ある施設の一つ。13号考案のウソの災害や事故ルーム、略しUSJ。
施設の中で13号の講義を受けている最中、ヴィランによる襲撃を受けたA組の面々。彼らはヴィラン一人の個性によってUSJ各所に散りばめられてしまった。
さらさが飛ばされたのは辺り一面火の手が上がる火災ゾーン。火は分解できないためさらさが最も苦手とするものだ。それなのにここに飛ばされたのは偶然ではなく運命だったのかもしれない。
「遊砂さんっ?!まさかこの状況で寝てないよね?!」
共に火災ゾーンへ飛ばされたのは尾白。声を荒げる彼とはうって変わってさらさはぼうっと空を見つめていた。決して寝ているわけではないが心ここに在らず。
しかし周りは火と敵に囲まれたこの状況。尾白はどうしたものかと頬に伝う冷や汗を拭った。
さらさの目に今の状況はほぼ捉えられていない。脳内を占めるのはついさっき聞いた13号の言葉。
『一歩間違えば容易に人を殺せる、行き過ぎた個性を個々が持っている事を忘れないで下さい』
己の個性が人を簡単に殺せるモノだという事は過去の一件で重々承知していたはずだった。しかし言葉にされると重みが違う。ましてや災害救助で多くの功績があるヒーローからの言葉。
『君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと心得て帰って下さいな』
ふと、13号がそう締めくくっていたのを思い出した。一つ深呼吸をして瞼を開ける。
多くの瓦礫、立ち上る火柱、悪意の篭った眼差しを向けてくる敵、背中合わせに立っている尾白の尻尾。全てがクリアに見えた。大丈夫、見えてる、大丈夫大丈夫。そう言い聞かせる。あの時みたいには絶対ならない。
さらさは一歩後ろに下がって尾白の耳元で呟いた。
「絶対に離れないで」
「え?」
瞬間。尾白とさらさを囲んでいた敵達の背後から大きな砂の壁が現れた。
「なんだ?!」
「おい!こっちに向かってねぇか?!」
「逃げ………!!!」
「遅い」
敵がこの場の危機的状況を感じ取り、その場を離れようとしたが叶わず。どうどうと砂の波が押し寄せ一瞬のうちに辺りを覆い尽くしてしまう。さらさと尾白はというと砂が押し寄せる直前に砂で移動したため、少し離れた場所にいた。
目の前の惨状を目の当たりにし、尾白は目を見開く。開いた口が塞がらないとはまさにこの事。
隣の少女は目を擦りながら「大丈夫?」と言って心配そうにこちらを見ている。ハの字に下がった眉がなんとも情けなさをかもしだしていた。地形すら変えてしまうような偉業を成し遂げた人物とは到底信じられない。
尾白が答えなかったせいで不安が募ったさらさは「怪我した?どこ?」と彼に詰め寄った。尾白は慌てて手と首を振って否定する。そこでようやくさらさは一息ついたのだった。
その後、雄英教師であるパワーローダーが駆けつけてくれたお陰で砂に埋まっていた敵を拘束し警察に引き渡すことができた。
警察の指示に従い生徒達は施設から出た所で待機。病院に運ばれた相澤、13号、保健室にいる緑谷、オールマイト以外は全員無事のようだ。
「さらさちゃん、尾白くん、大丈夫だった?」
葉隠の声に尾白と共に振り返る。水色の手袋が動いていた。やっぱり目のやり場に困るなと尾白は気まずそうに視線を下に向ける。さらさはコクリと頷いた。
「守ってもらった」
「そうだったんだ!尾白くんおっとこまえ〜!」
キャッキャと葉隠が盛り上がり、淡々と尾白の勇姿を語るさらさ。尾白は複雑な心境でそれを見守る。
尾白は確かに囲まれるあの場面まではヒットアンドアウェイで放心状態のさらさを抱えつつ敵を凌いだ。しかし最後のあれは………。
「(遊砂さんってやっぱスゴイ奴なんじゃ……)」
「あれ、さらさちゃんどこ行くの?」
「教室」
「教室戻るにはバス乗らなきゃだからこっちだよ!」
「……あっちじゃない?」
「違うよ、こっち!さらさちゃんもしかして方向音痴ー?」
「違うよ」
「さらさちゃんそっちじゃなくてこっちだってば!」
「(……スゴイ…のか?)」