「おはよー!さらさちゃん!」
「おはよ……ふぁ…」
「さらさちゃんは今日も今日とてくそ眠そうだね!」
「……朝から元気だね」
「さらさちゃんは昨日一日、何してた?」
「……寝てた」
「ええっ?!一日中?!ずっと?!」
「うん」
寝ぼけ眼で欠伸を漏らすさらさは異様なほどにいつも通りだった。一昨日の出来事など無かったかのような様子に葉隠は一瞬言葉に詰まらせる。
「さ……さすがさらさちゃん、ブレないね……ってことは!昨日のニュース見てないの?!」
「にゅーす?」
「さらさちゃんテレビに映ったんだよ!一瞬だったけど!」
「……へぇ」
「私は全然目立てなかったんだぁ…でもどのチャンネルも大きく取り上げてたんだよ!」
「ふーん」
「もーさらさちゃん!ちゃんと真面目に聞いてよー!」
「…………」
「寝てるしっ!!!」
葉隠は興奮気味に話すがさらさはさして興味がないらしい。そうこうしている内に学校に辿り着いた二人は教室に向かった。
教室では葉隠同様、皆昨日のニュースや一昨日の事件の話で持ちきり。そして始業のチャイムと共に入ってきた担任相澤のとんでもなく早い復帰に生徒たちはプロ意識の高さを目の当たりにしたのだった。
「おはよう」
「「相澤先生復帰早ェエエエ!!!」」
包帯ぐるぐる巻き状態の彼が教壇に立ち、口にした事は近く雄英体育祭について。生徒たちが沸き立つ中、さらさはカクンカクンと船を漕いでいた。それを目ざとく見つけた相澤は深いため息を吐く。
「……おい、そこの後ろで船こいでる奴、これから体育祭に関する重要な話するから目覚ませ」
「………」
「聞いてんのか遊砂」
まだ半年にも満たない学校生活の中で1年A組は何度この光景を目にしただろう。皆呆れた眼差しを後ろの席に向ける。一向に起きる気配のないさらさに前の席の八百万が慌てて揺すり起こしたのだった。
「遊砂さん!起きて下さいませ!相澤先生がお呼びですわ!」
「んー……」
「遊砂さんったら!!」
「遊砂、放課後職員室な」
放課後、1年A組の前に敵情視察もかねて多くの一年生がたむろしている最中、静まり返った職員室で相澤とさらさは向かい合っていた。
「……何で呼ばれたか分かるか」
「……居眠りですか?」
「それもそうだが……USJ襲撃の前に話があるっつったの覚えてるか?」
「………はい」
「その顔は覚えてなかっただろ」
「…………すみません」
「まあいい…それは置いといて本題に入る」
一旦言葉を区切った相澤は鋭い目でさらさを射抜いた。無気力それでいて芯の通った強い瞳は一人の生徒を心配する先生の目とは言い難い鋭利さがある。
「遊砂、お前何のために雄英に来たんだ?」
どくりと心臓が嫌な音を立てた。激しくなる動悸を抑えるようにさらさは胸に手を当てる。
「入学当初から思ってたんだが…お前の態度や行動を見る限りヒーローになりたいという己の強い意思が全く見えない」
「………」
「そんな生半可な気持ちでやってんなら未来はないぞ」
授業中の居眠りだけでなく、さらさは普段からクラスメートとは一線引いたところから冷めた目で見ていることが多い。
入試の時から同じ目の個性として密かに注目していたからこそ、投げやりに個性を使用するわりに辛そうにしている様子や辛そうにしているわりに目を労っている様子に相澤はいち早く気づき訝しんでいた。
そしてさらさ自身も入学してから周囲との温度差を感じていた。それは入学動機にあると自覚していたが、担任という第三者から指摘されるとなかなかクるものがある。
咎められるような視線から逃げるようにさらさは地面に視線を落とした。
「なんとなくでなれるほどヒーローは甘くないぞ」
「以上だ、さっさと帰れ」と言って相澤はくるりと背を向ける。さらさはペコリとお辞儀をして職員室を出た。放課後で既に人気のない廊下には夕日が差している。
「未来がない」というのはつまり今後の態度によっては除籍も視野に入れているという意味。さらさは静かに目を閉じた。
中途半端な気持ちで臨んでいるわけではない。
なんとなくヒーローになりたいわけではない。
そういう意思があるのに反論出来なかったのは何故か、あの包帯だらけの背中に「待った」の一言をかけられなかったのは何故か。
さらさは夕暮れの中、閉じた瞼に力を込めた。
重い足取りで帰路に着く。もやもやとした物がさらさ心を占めており夕食もあまり喉が通らなかった。
相澤の言っていた言葉が脳裏にこびりついて離れない。もういっそ除籍になった方がいいのではとすらさらさは思い始めていた。こんな自分があの場所にいるよりもっと相応しい人間がいるのではないか。ぐるぐるぐるぐると思考がまとまらない。
「さらさ大丈夫…?今日はいつになく疲れてるんじゃない?」
「今日はシルクのアイマスクを付けて寝たら良い!目薬もちゃんとさすんだぞ!」
はたと気がつき顔をあげると心配そうな表情を浮かべる両親。彼らをかわるがわる見てからコクリと小さく頷く。
「そういえば…そろそろ雄英体育祭の時期じゃない?」
“体育祭”という言葉にさらさの瞼がピクリと動いた。
「もうそんな時期か!さらさも出るんだろう?楽しみだな母さん!」
「ええ!ばっちり録画しなきゃね!今から録画予約ってできるのかしら」
「ハハハ!気が早すぎるぞ母さん!」
朗らかに微笑む母と豪快に笑う父に挟まれ、グッと拳を握りしめる。
まだこの夢を手放すにはいかない。まだ自分に二人が期待してくれている限り。あの言葉の呪縛に首を絞められようとも。
相澤から雄英体育祭が開催されることを聞かされてからの二週間。生徒たちは来たる体育祭に向けてそれぞれが思い思いに特訓していた。自宅で黙々と鍛錬に励む者、仲間と協力しつつ鍛錬する者。
さらさは麗日、芦戸、青山と共にUSJの倒壊地帯に来ていた。もちろん事前に申請しており使用許可は取ってある。
「さらさー!麗日が瓦礫浮かせてマト作ってくれるってさ!」
「私の訓練にもなるし是非やらせて!」
「僕のキラメキビームでイチコロさ!」
三人が口々に言うが、さらさは静かに俯くと踵を返した。「……土砂地帯に行ってる」と言い残してその場から遠ざかっていく。その背中はどこか寂しそうで麗日は不安そうに眉を下げた。
「最近、さらさちゃん元気なさげだね……」
「確かに…居眠りもここんとこあんまししてないし……こう眉間に、こう」
「眉間にシワ寄せて難しい顔しとるよね!」
「そうそう!なんかさらさらしくないよ…」
「体育祭近いから気合い入っとるんかな?」
「……あのぽけーっとしたさらさがぁ?ないない!」
「さあ!やろう麗日!」と芦戸は気合いを入れ直す様にぐっと体を伸ばす。麗日はもう一度さらさの方を見るが既に小さな背中は見えなくなっていた。