過去とリサーナ


「アリス!紹介する、あたしの妹のリサーナだ」
「はじめまして!ミラ姉から話を聞いて会いたいって思ってたの!」


花が咲くようににこっと笑った彼女は、ミラとよく似ていた。


「アリスはミラ姉とどうやって知り合ったの?」
『んー、初めて会ったのは、仕事中だったかな?ミラが危なかったところをあたしが助けたんだよ』
「そうなんだ!もしかしてミラ姉よりも強かったりするの…」
『あったりまえでしょ!…あだ!』
「リサーナにいらんこと吹き込むなよ」


あたしの頭をグーで殴ったミラ。しかも手加減なし。


「ミラ姉!乱暴はだめだよ!」
「アリスが舐めたこと言ってたから、つい」
『でも事実だもーん!ミラが闇ギルドに刺されそうなところあたしが守ったんじゃん』
「うっ、、それは、そうだけど…」


やられかけていた、ということを妹に知られるのが恥ずかしいのか、気まずそうにするミラ。
妹にはかっこいい姿を見せたいもんね〜、なんて妹大好きなミラにニヤニヤしちゃう。


「あーあ!あたしも強かったら、ミラ姉に同行するのになあ」
「お、じゃあ次のS級の仕事、リサーナもついてくるか?」
「え!ほんとに!?」
『ちょっとミラ、大丈夫?』


ミラが行く仕事はS級の仕事が多い。妖精の尻尾内のルールでは、単独で行くのは禁止されているが、S級魔導士と一緒なら仕事を受理することができる。
でも、やはりS級クエストなだけあって、危険も伴う仕事に変わりはない。


「大丈夫だって!あたしがついてるから」
「ミラ姉がいれば安心できるね」
『もー、気をつけてよね?』
「アリスも一緒にどうだ?」
『うーん、日次第かな?時間が合えばあたしもボランティアとして行くよ!』
「やった!ミラ姉に、アリスもいてくれたら、何も心配ないわね!」
「任せときな!」


気合いの入ったミラに、嬉しそうなリサーナ。
そんな二人を見てたらあたしも自然と頬が緩んでくる。
ちょいちょいっと、着物の袖を引っ張られる。


『ん?』
「ミラ姉、無理するところあるから、アリスがそばにいてあげてね」
『リサーナもだよ?家族の前だと、ミラはいつも以上に輝いてるから』
「ふふっ、なにそれ。じゃあもっと三人でいろんなことたくさんしようね!」
『もちろん!』


これがリサーナとした、最後の会話だった。


当日、あたしは緊急で違う仕事が入って、そっちを優先してもいいとミラに言われていた。そもそもボランティアとして手伝いに行くわけだから、正式な仕事の方を優先させなくちゃ。

仕事を終えて、マスターに報告した後、ミラから聞いていた場所に向かう。
もう日も暮れてきたし、終わってるかも。

山の中なので、近くまで列車に乗り、そこからは歩きになる。この山とは聞いてたけど、それ以上の情報はなく、自分の足で探すしかない。


『討伐って言ってたから、何か聞こえたらいいんだけど、』


耳を澄ませながら歩いていると、近くで聞こえてきた戦闘音。
わ、ミラ派手にやってるな〜!でもおかげで場所がわかったし。
るんるん気分で音の方へ向かう。


『…え、なに、これ』


全身ボロボロになったまま泣き続けるミラ、意識を失って地面に倒れているエルフマン。
そして、どこにもいないリサーナ


「!!あ、アリス…!」
『何があったの、リサーナは…?』
「あ、ああ、リサーナ、リサーナが、!」


なんとなく、ミラの様子で、リサーナがいない状況で察してしまった。
予想していなかった、事態。

低い可能性であるが、まだ生きていることを期待して、誰かに連れて行かれてしまった。
もしくは、


「あたしっ、リサーナを護れなかった…!」
『ミラ、何があったの』


苦しい状況で、正しく呼吸もできない中、伝えてくれたこと。
順調に進んでいた仕事の途中に現れた魔物。それをテイクオーバーしたエルフマンが暴走してしまい、正気に戻そうとリサーナが呼びかけたが、強烈な一撃をくらい、そのまま倒れてしまった。それが致命傷になって、リサーナは消えてしまった、と。

でも気になる、消えるって?魔力が枯渇して、灰になるのは聞いたことがあるけど、光の粒子となって消えてしまったのは、少し引っかかるけど、その時のあたしは気が動転していて、そこまで頭が働かなかった。


「!アリス!頼む、アリスの魔法なら、リサーナを…!」
『ミラ…』


人の時間を戻す、それは禁忌に等しいことだけど、こんなミラは見たくなかったあたしは、対象者の命の時を戻す魔法を使った。
でも、、リサーナが戻ってくることはなかった。

なんで?あたしの魔法、失敗はしていないのに、


『魔法、使えない、』
「何で、頼むよ、っ」


何度も何度も、繰り返そうとしたけど、何も起こらないし、使えた感覚がない。


『ごめん、ミラ、』
「…アリスがいて、っ何もできないのか!…何のための魔法なんだ!」


…ああ、そっか、あたしのせいで、余計に傷つけてしまった。
あたしが自分の魔法を自慢の魔法だって、ミラに教えたのに、いざという時に使えなくて、
期待をさせたのに、何もできなかった。

ミラは自分が口走った言葉にハッとして、唇を強く噛んだ。
今のあたしがミラのそばにいても、何もできない…


『ごめんね、ミラ』
「…!あ、アリス、まっ、」


時間を止めてその場から去った。

そこから、ミラと会うことはなかった。
何もできなかった不甲斐ない自分を思い出したくなくて、ミラに合わす顔もなくて。
何度か魔法を試したけど、やっぱりリサーナが戻ることはなかった。




「死んでなんかなかったの…、ううん、正確には死にかけたけど、アリスのおかげで繋ぎ止められたの」
『え、』
「アリス、あの時魔法を使ったでしょ?本来消えるはずだったあたしは、そのおかげで助かった」


その時から小さなアニマがあったらしく、不安定な存在のリサーナはそのままエドラスに吸い込まれてしまったらしい。


『あ、たし、あたし、リサーナを、救えた…?』
「うんっ、アリスのおかげで、私はここにいるよ」


あの時、何もできなかったと思っていた。
でも今、こうしてあたしたちの前にいるリサーナは、あの時の本物のリサーナで。


「ありがとう、アリス。私を助けてくれて」
『っ!あたし、あの時、何もできなくて、ずっと、ずっと、』
「そんなことない、それに、もしも私が助かってなかったとしても、アリスが私を救おうとしてくれた気持ち、それは絶対に伝わってたから」


___ 救おうとした想いは、伝わります


ああ、レオン、あなたの言う通りだった

視界がぼやけてきて、涙が出そうになった。
でもリサーナがあの日、初めて出会った日と同じ笑顔をあたしに向けてくれたことで、涙をグッと耐え、あたしも笑顔になった。


「これから三人で、いろんなことしようね」
『…もちろん!』

「つまり…?」
「紛れもなく、アースランドのリサーナで、」
「アリスがリサーナを助けた?」
「そんなこと、できるの…?」
『無理だと思ってたけど、できてたみたい』


あのことが、あたしの中ですごいトラウマになっていた。

これで、あたしも自分の魔法と向き合える。
自信を持って、魔法を使うことができる。


「アリスの魔法って、天空の滅竜魔法じゃ、」
『え?』
「六魔のときに、ティアナが天竜だって」
『…ああ!それはね、ウェンディは天空の滅竜魔導士だけど、あたしはちょっと違うの』
「何だとォ!?」
「どういうことだ!?」


ナツとグレイがぐいっと顔を近づけながら言う。あれ、知らなかったのかな?


『あたしは、天空じゃなくて、天体の滅竜魔導士だよ』
「「「天体?」」」
『そう。だからウェンディみたいに付加魔法は使えないの。治癒とか状態異常系は治せるんだけどね』
「アリスさんはサポートよりも攻撃魔法の方が得意ですもんね」
『そうなの!あたしとウェンディでいいコンビ〜!』


近くに来たウェンディを抱きしめながら言う。わわっと抱きしめられたウェンディは慌てたが、あたしの腕の中で嬉しそうに微笑んでいた。なにこれ可愛い。
あたしの魔法を詳しく知っていたのは、ウェンディとティアとシャルル、そしてガジルとリサーナだけで、他のみんなは驚いているのか、追いついていないのか、ぽかーんとしている。


「だから天にあるものの魔法が使えるって言ってたのね」
『そ!』
「それは頼もしいな。…今度ぜひ、手合わせを願いたいものだ」
『えええ!!?それはヤダ!エルザに斬られる!』
「ちょっと待て!!アリスと勝負すんのはオレだ!!」
「お前はいつでもそればっかりだな…」

「つーかお前らチームなのに魔法のこと知らなかったんだな」


ガジルがマウントを取るようにニヤリと不敵に笑いながらナツたちに言う。
それに黙っているナツとグレイではなく、ピキッとこめかみに血管が浮かび上がり、ガジルに取っ掛かりにいった。
まあ、ガジルとは前仕事行った時に魔法の話したしなあ…

取っ組み合ってる三人を放置して、リサーナと話す。


「でも、アリスが妖精の尻尾の一員になってるなんて、驚いたな〜」
『入ったのはつい最近だけどね、色々あったの』
「あたしがいない二年の間に、色んなことがあったんだ…またいつか、いろんな話聞かせてね」
『リサーナもだよ!…でも、まずしなきゃいけないこと、あるでしょ?』
「…うん!」
『カルディア大聖堂にいるはず、いこう!』


取っ組み合ってた三人はエルザの鉄拳でボコボコにされ、この場にいる全員でカルディア大聖堂へ、ミラとエルフマンのところへ向かう。
エドラスに吸い込まれる前、二人は教会に行くと言っていた。

走って走って、ひたすら走って見えてきた教会。
雨が降る中、エルフマンが傘を差し、ミラがしゃがみ込みお墓に向かって手を合わせている。

その後ろ姿を見て、全員が足を止める。ここから先は、家族だけの再会だ。


「っ、ミラ姉、エルフ兄ちゃん…」
『いってきな』
「…うん!!」


再び走り出したリサーナ。


「ミラ姉ー!!エルフ兄ちゃーん!!」
「、うそ」


驚いて動けない二人の元に駆けつけるリサーナが、ミラの胸元に飛び込んだ。


「ただいま」


一番、言って欲しい人に言って欲しい言葉をもらったミラ。
あの悲劇を乗り越えて、強くなったからこそ、こんな奇跡のような再会に、二人は涙が止まらない。
リサーナを抱きしめ返し、口角が上がっていく。


「おかえりなさい」


やっぱりミラには、泣き顔は似合わない。
言いたかった言葉を言えて、幸せだったあの時の形に戻れて本当によかった。


「でも、どうして、」
「詳しい話はギルドに戻ってからするけどね、あの日、アリスが助けてくれたの」
「えっ、アリスが…?」


リサーナが頷き、後ろを向くと、あたしたちエドラスから帰ってきたメンバーが。
そして、目が合うあたしとミラ。距離があったので、埋めるように近づく。


『ミラ…、あたしね、あの時役に立てたよ』
「っ、あ、あああ、アリス、アリス!」


ミラが大粒の涙を流しながら、あたしに抱きついてきた。それを受け止める。


「ごめん、ごめんね、アリスっ」
『いいの、もう、あたしもあの時、魔法使ってまでして逃げてごめんっ』
「う、うう、うああああ」


いつもニコニコしてたミラがこんなに涙を流すものだから、みんなも涙ぐんでいるのか、ぐずぐず鼻を啜る音が聞こえる。


「ほんとに、ずっと悩ませて、ごめんねっ…、私のせいで、アリス、魔法から逃げてたわよね」
『やっぱり、バレてたかあ…』
「私のせいだったのに、私が護れなかった、あの時のどうしようもできない気持ちを、アリスのせいにして、酷いこと言ったわ…!」
『いいの、わかってたから、全部。それでも向き合えなかったのあたしが弱かったから。ミラのせいじゃないよ』
「アリスっ、ありがとう…!」
『あの日、すれ違ってしまったから、もう一度、やり直そ?』
「…ええ!」


ぎゅっと強い力で抱きしめる。

やっと、あの時から進める。自分で縛っていたあの時から、やっと…
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