20
「あっ!委員長のお化け屋敷行くの忘れてた!!」
ふと声をあげた蜜柑は、またまた子犬のようなつぶらな瞳で乃木くんを見つめた。
『何度も同じ手使わないの』
「だってー!どうせ普通に言うても行ってくれやんから」
『行くとこ決まってないし、行ってくれるでしょ。はやく』
日向と乃木くんの意見も聞かずに、蜜柑の手を引きながら潜在系エリア移動手段のための瞬間移動所へ足を進める。
二人は何も言わず後ろからついてきてくれてるし。
「潜在系への移動、四名様ねー。潜在系はタダですよ〜」
潜在系の人に案内され、四人で箒に乗る。
これこんなに乗って大丈夫なの。
出発の声と同時に一瞬で視界が変わり、アリス祭をしている空の上へ。下は潜在系エリアのようだ。
またのご利用を〜、と言いながら再び瞬間移動で消えた潜在系の人。
「わーっ!潜在系すごいアトラクションがいっぱいやー!」
テレキネシス垂直落下体験、風使い組による風乗りサーフィン、水使いによる水芸ショー、火山大爆発アドベンチャー迷路、占いタウンなど。
技術系にも負けず劣らずな潜在系特有の様々な出し物が。
「あ!あれは!!」
蜜柑が目をつけたのはピーターパンフライングという、フライング能力者や念力によるアリスの人の出し物。キツネ目くんとかだったかしら。
「ピーターパン!ウチもネバーランドにつれてって…!」
妄想が終わり、そこに走り出そうとした蜜柑の襟を引っ張ったのは日向。
学習しないから本当にバカ。
「…食いたいのか?」
「あうぅ、スミマセン…」
言ってることは優しいのに、声のトーンと表情は全然優しくない。
日向の手には蜜柑を先ほど黙らせたコケコッコビスケットがある。
よっぽど嫌だったのかすぐに大人しくなった。
アリス祭用のマップを見ながら乃木くんを先頭について行く。
その途中で真実の鏡とかいた鏡の中に心読みくんがいて、嘘か本当か見定めている営業をしていた。
彼が言ってた真実の鏡とはこのことだったのか。
「あ、あれじゃないかお化け屋敷」
「おおっ!」
視線の先にはお化けがいかにも出ますな雰囲気を感じお化け屋敷、恐怖の幻覚館と書かれている。委員長がメインの出し物らしい。
人気があるのか最後尾は一時間待ち。
出口からはカップルらしい人がお互い泣きながら足をガクガク震わせながら出てくる。
そんなに怖いの、ここ。
「ここって、委員長の幻覚とかで人を怖がらしてんのよな…?」
『あの顔で頭の中すごいんじゃない?』
「…飛田ってああ見えて結構奥行きある奴かも…」
「どんな奥行きだ」
珍しく日向が突っ込んだ。
「蜜柑ちゃん華鈴ちゃん!来てくれたんだ!」
「委員長!」
噂をすれば、話の重要人物である委員長が仕事を抜け出して私たちの元に来てくれた。
うん、やっぱり顔は朗らかなんだけどな。
「入って入って!優先的に入れるようエントランスに頼んでおくから!」
「…あれ?委員長何か疲れた顔してる?」
「あ、そっかなー、ここ二日休みなしでずっとここを担当してたから…」
えへへ、と照れる委員長だけど、確かに顔色が悪い。疲れが目に見えているなら休めばいいのに。
スッと頬に手を伸ばす。
「華鈴ちゃん?」
『無理しないの』
「っうん、大丈夫…!それよりまた午後会おうねー!」
来る時よりはほんの少しだけ顔色が良くなってる気がした委員長は手を振りながら持ち場に戻った。
「…華鈴は魔性や」
『は?人選んでるし』
そもそも見知らぬ人に触れないし。
そして委員長の言う通り、すぐに順番が回って来て入り口の扉が開く。
「る、ルカぴょん入れば?」
「えっ」
「てめーが入れよ言い出しっぺ」
ここに来て怖くなったのか、先頭は嫌だと言うように乃木くんに行かそうとしたけど、日向にお尻を蹴られ転けるように中に入る。
私達もその後入ると、扉が勝手に閉まった。
「きゃああああ!!」
「バカバカしい、行くぞ」
「ま、まって華鈴ルカぴょん棗ー!置いていかんといてえ〜!」
「…あいつさっきまで"ウチ田舎育ちやし夜の暗さや肝試しには慣れてるしー"とか言ってなかったか?」
確かに田舎育ちだから都会と比べると夜は暗いけど、それでも街灯とかあったから本当に真っ暗てわけではない。
このお化け屋敷も見えないくらいの真っ暗ではないけど、雰囲気のせいで不気味さを感じてしまう。
「みんな〜!…ぎゃああああ!!」
逆にここまでうるさい人がいると安心できる。
何かに足を掴まれた!と騒ぎ立てる蜜柑に、うるさくて腹が立ったのか蜜柑の頭に拳骨を一発いれた日向。
「みんなして、置いていかんでもいいやんか〜!」
「さ、佐倉、いたい…」
「肝試しに慣れてるっつったのはどこのどいつだよ」
優しい乃木くんの腕をガッチリ掴んで絶対に離さないようにしてる蜜柑。
本気の力なのか乃木くんが痛がっているのが可哀想だ。
日向が一人先頭で歩き、それに続く私と後ろに二人。
蜜柑がぎゅううと乃木くんの腕を握っているのが気になるのか、日向が見てる。
『気になる?』
「…ああ」
『好きな子ほどいじめたくなるタイプか』
「は?」
いつものツンケンはやはり不器用だからなんだろう、と一人で考えているとジト目で見られた。
『…何』
「何勘違いしてんのか知らねえけど、俺が気になるのはお前の手」
『………』
コレ、と言うように私の手を指差す。
私の手は扉が閉まって蜜柑に拳骨をおみまいしてからずっと日向くんの服を掴んでいる。
蜜柑じゃなくて私を見ていたのも暗闇のせいで分からなかった。
「お前もしかして、怖いのか?」
『怖くないけど。びっくりするから』
「ふーん(同じじゃねーか)」
何か、その勝ったような顔が腹立つ。
腹いせに横腹の肉でも摘んでやろうかと服から手を一旦離す。
その瞬間手をガシッと掴まれた。
『何すんの』
「変なこと考えてんだろ」
『べつに』
「バレバレなんだよ」
手首を掴まれていた手が離れたかと思えば、繋ぎ直された手。
「怖いならしっかり握っとけ」
『…ん』
これなら、変なお化けが出ても日向を盾に逃げることができるわ。
蜜柑は乃木くんに守ってもらえるでしょうし、私は日向を頼りにさせてもらおう。
「はっ!あ、あんな所に、不自然におばあさんがいるー!!」
『!』
「そりゃなんかいるだろ、お化け屋敷なんだから」
うるさい人がいるのは安心できるけど、急に大声出されるのはいつもと違って雰囲気がありびっくりする。
思わず握っていた手に力が入ったけど、私の力よりもっと強い力で握り返されてドキドキが収まった。
そのお婆さんを無視して進んでいく日向。
「え!ちょお、無視すんの!?」
お婆さんはぼそぼそ、だれかわしをおぶってあそこまで歩いてくれんかの〜、お願いしますだー、やの呟いている。
それをフルシカトする日向について行く。
「せっかく親切につけこんで、あの世までおぶらせてやろうと思ったのにー…」
「…へ」
「まあてええええ!!!」
シャカシャカ音がする後ろを向くと四つん這いになったお婆さんが猛スピードで迫ってきた。
「ギャーーー!!なんやこいつぅ〜」
お化け屋敷の中って普通は走っちゃダメなんじゃなかったっけ。
さすがのこれには乃木くんも驚いたのか、真っ先に駆けだした蜜柑に続いて乃木くんも超高速で走る。澄ました顔で走っている日向に手を引っ張られる私。
そして、順路通りに進み曲がり角を曲がると壁一面の死霊共が。
「ギャヒーーーッ!!」
その蜜柑の驚きに巻き込まれて、私達三人は軽くぶっ飛んだ。
当の本人は口から泡を吹かせて気を失っている。
「あ、ウサギ!」
「ルカっ」
この状況が怖かったのは乃木くんの腕の中で抱かれていたウサギも同じなのか、一目散に走り去ってしまった。
その後を追おうとし、立ち上がった日向だが足に異変があるのか押さえて再びしゃがんでしまった。
何かの仕掛けなのか私達がいたすぐ横に、作動し降りてきた壁に閉じ込められる形に。
「お化けに閉じ込められたー!」
「お前、気失ってたんじゃねーのかよ」
『そのまま意識飛ばしてくれてたらよかったのに』
一人で騒ぎだす蜜柑に、呆れた目を向ける私達。
すると、急に視界が暗くなった。
「え」
『…停電』
「うそ…」
−電気系統の事故によりお化け屋敷はしばらく運休します。建物内にいる方は慌てずすみやかに外へ出てください
その放送だけは聞こえて来たけど、降りて来た壁は電動だからか上にあがらないし、速やかに外には出られそうにない。
蜜柑が助けを求める声をあげるが、誰もいないのか返事がない。
「あかん、周りに人もういーひんのかなあ」
「叫ぶだけムダだ」
「あ!壁を登ればいいんやっ。棗、火出して!」
自力で脱出を諦め気味の日向は地べたに座っているので、私もその横に座っている。
日向が蜜柑のお願いを聞くとは思えなかったが、アリスで火を出した。
「変な火だすなーっ!!」
『…鬼火』
いつもの赤い火じゃなく、青色の顔つきの火を出した日向。
驚く蜜柑とは違い、私は明るくなったので少しほっとする。やっぱり真っ暗は不安になる。
「ちょっとアンタ、脱出する気あんの!?」
「…足くじいた」
「えっ」
「さっきお前が騒いだ時にな」
その時の状況を思い出したのか、あっとした顔をする蜜柑。
あの時足に異変がある感じがしたのは挫いたからなのね。
「…壁壊すか」
「へ?」
「それしか今ここを出る方法はねーだろ。それともずっとここにいる気か?」
アリスを使って壁を壊すことを考えた日向に、蜜柑が止める。
『作ったの勝手に壊されたら私なら許せないけど』
「じゃあ助けくるまでここで待つのか?」
『別にいいけど。どうせ助けに来るでしょ』
私は別に、と思い視線をずらすと蜜柑はこの状況が怖いのか、スススと私たちが座っているところに近づいて来た。
そして、ガタンと音が鳴るとびっくりしたのか私に抱きつきにきた。
「い、今の何!?幽霊!?人!?」
『痛い』
「ひぇ、華鈴のアホ〜」
蜜柑を引き離すと、今度は日向にターゲットを変えたのか、手を握っていいか聞いているけど、それを肯定するとは思えない。
「あ。あの顔動いた」
「ぎゃー!!!」
「ような気がした」
『あまりからかわないであげて』
「ひええん、やっぱ華鈴がいい〜!」
日向に弄ばれた蜜柑はまた私のところに戻って、今度は普通に前に座った。
私と日向が隣で座り、前に蜜柑が座る。
「あ、思い出した。ウチあんたに謝ろ思ててん、アンナちゃんのことで」
「は?」
「ルカぴょんがゆうててん。棗、ウチらみんなの事考えてあんな事したって…」
「…何だソレ」
『照れてる?』
気付かれにくかった優しさを正面から言われ、それも一番の親友であろう乃木くんが言ってたんだから本当は嬉しんでしょうね。
からかうように聞くと、怒ったのがギロリと睨まれたけど暗闇だしいつもよりは威力が劣っている。
そのにらみを無視して助けが来るのをただただ待っていると、急に蜜柑がダジャレを言いだした。
ダジャレを言うと聞いた人が必ず笑ってしまうというアリスの持ち主の特力の先輩がいたので、その時のことをまんま日向に言っているが、蜜柑にはそんなアリスないので冷めた目を向けられることに。
『バカじゃないの』
「だってウチなんて腹抱えて笑ったのに!」
『あんたにそのアリスないでしょ』