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佐倉姉妹を一週間、三つの願いを叶えるまでの間の奴隷にした棗は
「こんなやつら他になんの使い道もねえしな」
と言って、文化祭中パシリとして引きずり回すことにしたらしいんだけど
『は?蜜柑と一緒にしないで』
「今日は午後から蛍と委員長とお買い物の約束をしてるんです〜、おおお〜」
「世の中甘くねえんだよボケ」
「楽しみにしてたんです〜」
ちょっと(かなり)可哀想になったのでつい、
「棗、今日だけ午後は自由にしてあげたら?」
『甘いわね、乃木くん』
というわけで、文化祭二日目模擬店祭
午前中このメンツでまずは技術系探索です。

以上、ルカ日記より。



蜜柑が土下座をしながら泣きつくと、乃木くんの甘さのおかげでなんとか蛍達との約束を守らせてもらえることに。
その後、その約束に私も入ってると聞かされた時は何を勝手なことをしてくれたんだと蜜柑のほっぺを赤くなるまで引っ張った。

そもそも誰が好んで奴隷になんてなるもんですか。蜜柑のせいで負けたんだから日向に胸触られたことの落とし前として私の命令は一個にしてもらい、蜜柑は三つ。
蜜柑の胸事件は別にどうでもいい。


「すっごーい技術系!体質系と特力系とは規模が大違い!!」


まさに夢の国みたいな。
大きなジェットコースターに動いて働いている着ぐるみ。意思のある樹木や草花など。


「わーっ!何ここ何ここ!人や物や建物がいっぱーいっ!」

「お、落ち着けよ…」

『うるさい』


技術系エリアに来て初めてのものに興奮してるのか、歩き回って様々なものを観察しては歓喜の声を上げる蜜柑。

岬先生と園芸部員によるボタニカルパーク、歩く花とカメレオン花群。怪談柳、マシンガンひまわりの種、歩くダイコン。
一般人が目にしたら驚きで腰を抜かすものばかりがある。


「おおっ!おおおおおー!!!」

「うるせえ」


耳障りとでも言いたげな日向はいつのまにか手に持っていたコケコッコビスケットという物を興奮しぱなしで開いている蜜柑の口めがけて投げた。

ぱくん…
…にょき


「こけー!?(ウチのくちびるがー!)」

「奴隷の身分忘れてハシャいでんじゃねーよボケ」


蜜柑の唇が鶏の嘴に変わり、口からは鶏の鳴き声が。
乃木くんに説明してもらうと、これを食べたら一分間唇がくちばしに変身して、その間ニワトリ語しか話せなくなるらしい。
うるさい人にはうってつけの食べ物というわけだ。


そのビスケットを食べてから蜜柑は恐れたのか大人しくなり、日向と乃木くんの買い物袋を持つ、所詮パシリに。
私は自分の荷物しか持っていない。重い〜と助けを求める蜜柑にちょっとだけなら持ってあげようかと思ったけど、日向に止められた。ご愁傷様、蜜柑。

とりあえず行き場所も決まってないので、適当に歩くことに。

蜜柑の首には犬のリードの様なのがつけられている。奴隷の身分の証なんだろうけど、私は絶対つけたくない。蜜柑と違って大人しい私は付けられることはなかった。


「あれってもしかして、今井の店じゃ…」

「ああっ!ほんまや!!」


乃木くんが蛍の個人店を発見すると蜜柑は目を輝かせて、首のリードを引きちぎり蛍の元へ駆け寄る。


「蛍ぅ〜!」


綺麗な再会、とはいかず。

蜜柑は蛍が作ったであろうアリスメカにぶっ飛ばされて戻って来た。


『おかえり』

「な、何事!?」


蜜柑をぶっ飛ばした蛍のアリスメカは巨大な二足歩行した豚の様なロボット。
蜜柑みたいに餌食になりたくないので少し離れたところでそれを見る。


−只今から"今井蛍商店"メカ即売ショーを始めまーす。高価格ながら毎度売り切れ続出!
では早速本日のメインロボのご紹介だー!
その名も"ピグラー三号"ーっ!!

うおーっ!!!

−驚くのはまだ早い!このピグラー三号なんと!
鳥に変身だあー!!
その名も"ピグバード"ォォー!!

うおおおお!
アンビリーバヴォー!

−そしてっ飛んだー!飛びましたピグバードー!!
東の森へ今巣立ちの時ですピグバードォー!!

おおーーーっ!!

−驚きとトキメキをありがとうピグラー&ピグバード!
感動をありがとうホタル・イマイー!!
みなさんホタル・イマイに盛大な拍手をー!!!


…とまあ、蛍のすごさを実感できた。
ピグバードを操縦していた蛍には勿論会うことはできなかったけど。


「す、すごかったなー、蛍…」

「あそこにいた今井さんのメカファンってどうみてもアラブの石油王とかアメリカの財閥クラスばっかだったわね」


いつの間に。

買い物をしていたのだろう手に購入品を持ちながら横にいたパーマが話す。


「お兄様曰く、彼女が学園に来てから技術系のスポンサーが二つも増えたんですって。さっきのパフォーマンスできっとまたスポンサーが増えて技術系は大安泰ね」


さすがトリプルの次期幹部生候補ってとこかしら、と続けたパーマ。

確かに蛍に限らず、技術系のアリスは自分のやりたい事がアリスに繋がっているため、それで将来安定ってのがあるんだろう。

私のアリスも何か役に立つアリスだったら良かったのに。まあ、意味ないか。


「なあみんなっ、将来何になるかとかもう決めてる?」

「は?将来の夢?」


急に話が変わった蜜柑だけど、パーマから答えてくれた。


「私はこのアリスを活かして国家の捜査官や警察関係って決めてるんだけど」

「ナヌ!?けいさつっ!!」

『「(警察(犬)関係…)」』


それとできれば棗くんかルカくんのお嫁さん〜、な〜んて、と望みをちらつかせるが二人とも聞いていない。


「ルカぴょんは!?」

「えっ…、教えない」

「決めてるー!なな、棗は!?」


蜜柑には夢がないのだろう。周りが自分の道を選んで進んでいるのを見て焦っているみたい。
最後の手綱に縋る様に日向に問いかけるが、そもそも話を聞いていないのか、無視している。


「話を聞いてないー!!」


これはもしかして日向にも夢があるのか、と考えさらに焦り出す蜜柑。
まだこんな歳だから気にすることはないのに。
周りが決まっていると自然に追い詰められるのね。

そんな蜜柑から視線をそらすとパーマとかち合った。


「そういえば華鈴さんに聞かないの?もうご存じとか?」

「ぅええっ!?ま、まあそんなんかなあ、」


自分の夢のことで焦っていた蜜柑だが、華鈴の夢の話になると違った様に焦り出した。
それには周りは気付かず、スミレははっきりしない蜜柑に我慢できないのか、華鈴に直接聞く。


「華鈴さんの夢は何なの?」

『…しいて言うなら、』


まさかの夢があることにこの場にいたみんなが驚いた。いつもの華鈴なら『興味ない、特にない』など言うのに。

ワクワク待っているスミレと、想像がつかないのか悩む流架、微かに聞き耳を立てている棗。

その小さな口からは、


『幸せな家庭を築きたい』


ごく一般的な夢が語られた。

一般人が言えば子供の可愛らしい夢だ、と微笑ましいところだが華鈴の場合は違う。
そんなことを知りもしない周りは、華鈴がこんな一般女子が言いそうなことを言った事に驚いている。


「思ったよりすごく現実味のある夢なのね」

『…そうね』


現実味がない事も、蜜柑以外誰一人知らない。


「華鈴…」

『何て顔してんのよ』

「だって、」

『…夢を持つぐらい、いいでしょ?』


にこり、と綺麗に笑った。

本当に恐ろしいほど綺麗で、儚くて、今にでも消えてしまいそうなほどの笑顔。
その場にいた蜜柑以外の三人は顔を赤く染め見惚れていた。あの棗でさえ、口と目が少し開き頬が朱色に染まっていた。
しかし、意味の含んでいるその笑みに少し違和感を感じる者も。

ただ一人、それを見た蜜柑だけは心が引き裂かれるぐらい痛くなった。


「…ウチがおる限り絶対その夢叶えたるから」

「な、何言ってるのあなた、幸せな家庭だから好きな人と結婚して一緒に暮らすことでしょう?佐倉さんには無理なことよ」

『そうね、だから期待はしないわ』

「んな!?」


でももし、こんな自分を選んでくれる人がいなかったら、その時は


『蜜柑に幸せにしてもらおうかしら、ね』

「うん!ウチ絶対幸せにする自信あるよ!」

「佐倉さんにできるなら私にもできるわ!」


その自信はどこからくるのか。意地を張り合う二人がなんだか可笑しい。

暗い話じゃないはずなのに暗くしてしまった気がしたけど、雰囲気が明るく戻って良かった。

ウチが!私が!と言い合ってる二人は放置して、なんとも言えない顔をしてる乃木くんと日向。


「華鈴、あの」

『蜜柑たちじゃ頼りないから乃木くんに幸せにしてもらおうかしら』

「え!?」

『冗談』


からかわれた、と顔が真っ赤になり下を向いてしまった乃木くん。あんな心配される様な目をされるよりは全然いい。

すると次は日向に腕を引っ張られた。


「お前、さっきの夢…」

『…いいでしょ?可愛い女の子の夢よ』

「そうじゃねえ、まさか(命を削るタイプじゃ)」


すごく複雑そうな顔で見つめられる。
何を考えているのかわからないけど、変に察せられたくない。まあ、答えなんて誰にも導けないでしょうけど。

真っ直ぐな視線を逸らさず見つめ返す。顔の火照りが収まった乃木くんは不安そうに私達を見てるけど、喧嘩とかではないから安心してほしい。


「えっ!?ルカぴょんてトリプルやったん!?知らんかったーっ!」


一体なんの話になったのか。さっきまでは言い合っていたのにすぐ話題が変わるのは蜜柑の悪い癖。
そしてその話題にすぐ興味を示す。

乃木くんの星階級がトリプルと知った蜜柑は乃木くんの近くに来る。


「何で言ってくれやんかったんー!?」

「え…、俺のは今井達みたい実力でってわけじゃないし…」


それは一体どういう意味か。
気まずそうに視線を逸らして告げた乃木くんに、蜜柑も少しだけ呆気にとられたが、日向に頭を鷲掴みにされた。


「おい、ハラへった。行くぞルカ」


そのまま蜜柑を引きずり歩き出す日向。
それに続く私達と、ここで別れるパーマ。


『…実力じゃないかもしれないけど』

「えっ?」

『乃木くんらしい素敵なアリスだと思う』

「…!……ありがとう」


やっぱり乃木くんには笑顔が似合う。


日向達の後を歩いていると、技術系のカフェエリアに。
そこにはアンナがいて、蜜柑が日向と乃木くん(主に乃木くん)につぶらな瞳で寄って行きたいと訴えかける。


「…ルカ、あいつ知恵つけはじめたぞ。あんまつけいるスキみせるな」

『知っててやってるんじゃないかしら』


アンナのアリスは料理を作ると変わったものができてしまうアリス。
普通の料理を作れないってのは少し可哀想に思えるけど、作ったお菓子とかが動くのは見ていて和むんでしょうね。

結局蜜柑のつぶらな瞳に負けた乃木くんのおかげで、私達はカフェで一休み出来ることに。


「おまたせー、アンナお薦めのクイーンバナナ・ミラクルパイだよー!」

「わーっ!美味しそー!!」

『「「(…美味しそう?)」」』


持ってきてくれたお菓子はパイなんだろうけど、紫色でぐつぐつしていていかにも危なげな雰囲気を醸し出しているパイ。


「トロピカルトロケルティーと一緒にどうぞ〜」


注いでくれるティーはまだ飲めそうだけど。

目の前に置かれたパイを食べずに見ていると、日向が真っ先にパイに手をつけた。
…そんなに危ない物食べたいぐらいお腹空いてたのかしら。

しかし、食べた瞬間わかりやすく顔をしかめる。
ポーカーフェイスお得意の日向でさえ、これなら食べたくない。

日向のパイの中に歌ってる怪しいバイ菌みたいな何かがいるし、これは絶対食べたらダメなやつ。


「いっただっきまー、す」


蜜柑が手を合わせ食べる準備をした時、乃木くんはフォークで刺したまま固まっていたが、日向がティーポットの中身を全てパイにぶっかけた。パイを食べそうになっていた蜜柑にも。

助かった。


「なつめーっ!!何さらすんじゃこらー!!」

「まずい」


率直に言う日向の後ろには、そのパイを作った本人が。


「このっ、あやまれバカー!アンナちゃんとウチと華鈴とルカぴょんに謝れっ!」

『どう考えてもこんなの食べれないでしょ』

「ちょっ、華鈴まで何言うてんの!?」

「あら、一体何の騒ぎ?」

「美留来お姉様さまーっ」


大切な友達の作った物を台無しにして、さらに侮辱した日向が許せないのだろうけど、仕方ないけど事実。
私も便乗して言うと蜜柑があり得ないとでも言いたげな顔でこっちを見てきた。


『だってなんか出てるし』

「え?」

「ほんと!アンナもしかして賞味期限切れの粉使ったわね!?ほらコレ見なさい、くされん坊がでてるじゃないの〜」


日向のパイに出てきたバイ菌みたいなヤツはくされん坊と言うらしい。
それを食べたらお腹を壊してしまうとか。


「や、やだ、どうしよう私ってば!?」

「さっきの子それに気付いて紅茶ぶっかけたんじゃないかしら」


ごめんなさいと言われたけど、食べてないから別に気にしない。
唯一食べてしまった日向は少し気になるけど。

問題を起こしてしまったので、目立つ前にその場から退出し、日向を探しながらとことこ歩く。


「でも棗!気付いとったにしてももっとやり方あるやろがー!!」

「棗は、多分俺達が食べないようにわざとあんな事したんだと思う」

「えー、ルカぴょん考えすぎ〜」


死ぬ程お腹が空いてたわけじゃなかったのね。
私たちが初めに食べる前に自分が食べて安全か確認してくれたと。


「あの場は客がいっぱいいたし、くさってるなんて言ったらあの子が困るの分かりきってたし…」

「でもあの棗がそこまで考えてあんな事やるかー?」

「棗は考えてるよ。棗は本当は優しいんだ、確かにはむかう相手には容赦ないとこあるけど」

『まあ、蜜柑以外には優しい気がする』


はむかう前にパンツを脱がされるという容赦ないことをされた蜜柑は、やはり日向のことを優しい人物と思えないのか。


『レオに誘拐された時も自分を犠牲にしてまで蜜柑達を逃したじゃない』

「棗は仲間と思った人間は最後まで見捨てないし、いつだって自分のことより人のことばかり考えて、相手のためにいつも黙って自分が傷つく道ばかり選んで…」


心当たりがあるのか、少し曇った顔をする乃木くん。


「…ルカぴょんて、棗の事大好きなんやなあ」

「えっ」

「さっきから必死になって棗の擁護してる」

「そ、それは…」


無意識のうちに日向のことを話していて、恥ずかしいのかキョロキョロ目が泳いでいる。


『いいんじゃないの、そんなに大切な人がいるってこと。きっと相手にも伝わってる』

「うんうん!それに思ってんけど、棗と蛍って何か似てるよな」

『わかる。不器用だけど、いざとなれば自分より人の為に全て投げ出して、そういうところすごくそっくり』

「…うん、だからウチそういう蛍が大好きやねん」

『乃木くんもそういうことでしょ?』

「蛍らだけと違うてこれって何かウチらも似たもん同士ってことやなっ!」


あ!でも華鈴は中身蛍に似てるし、どっちかと言えば蛍達と似たもん同士なんかなあ。でもウチ華鈴と同じがいいかなあ。
と、どうでもいい事で悩み出す蜜柑。

私は別にどっちでもいいけど、蜜柑よりは蛍と馬が合うてことは、日向とも似てるのかもしれない。


「…将来の夢」

「え?…ああ、さっきの」

「前に棗と話した事がある」


−獣医になって、誰にも見つからない、動物の暮らしやすい土地へ行って、みんなで楽しく暮らせたらいいなって。
いつか、そんな日が来たらいいなって。

さっきは教えないと言っていたのに、何かが彼の中で動いたのか、立派な夢を話してくれた。


「なんかいいな!その夢っ!」

『乃木くんらしい夢、きっと叶うわ。私が保証する』

「華鈴の保障付きなら確実やな〜!」

『あたりまえ』


乃木くんの方を見ると、すごく優しい顔で微笑んでいた。


「さてと、棗探しにいくぞ〜!」


蜜柑が我先にと駆け出す。
まったく、と呆れているとふと手を握られた。


『乃木くん?』

「…さっきの夢、華鈴とも一緒に暮らしたいと思ってるから」

『…プロポーズ?』

「え!?あ、そ、そうじゃなくて!」

『…ふっ。行こ』


握ってきた手を逆に握り返して蜜柑の後を追う。
離されると思ったのか握り返した事で乃木くんの顔は嬉しそうだった。


蜜柑が木にもたれかかり眠っている日向を見つけた。
食べたらお腹壊すって言ってたし、効くかわからないけどアリスで作ったものならもしかしたら無効化できるかも。
眠っている間に勝手にアリスを使わせてもらおう。

目を覚ました日向にお腹の痛みはないか聞くと頷いたので良かった。


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