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箱入り娘と水柱


「いやもう、ほんと勘弁してください……」
「動くな」

狭い箱のような空間の中、深月は顔を真っ赤にして震え、冨岡は涼しい顔で彼女の懐を探っていた。

血鬼術で、謎の空間に閉じ込められた二人。
縦にも横にも狭いこの空間では、身動きすら難しい。

冨岡を押し倒すような形で深月が彼の上に倒れこんでいて、冨岡の右腕は二人の胸の間に挟まっている。
しかも最悪なことに、お互いの下半身がくっついてしまっている。
脚は絡まり、深月が膝を立てるだけの空間も無いので、腰を浮かせて離れることもできない。

触れてはいけない部分同士が密着してしまっている生々しい感触に、日輪刀を抜こうとして胸を押し潰してくる冨岡の腕の感触。

そのどちらも刺激が強すぎて、深月は目が回って、今にも泣きそうである。

「あの、冨岡さん、私死にそうです……」
「まだ空間はある。死ぬほどの圧力はかかってないだろう」

そういうことじゃないんだよ、と叫びたいのを我慢して、深月はぎゅっと目を瞑る。

その間にも、冨岡が動く度に胸を潰され、下半身が擦れる。

早くこの空間から抜け出したい、と深月は考える。
自分も日輪刀を抜ければいいが、生憎腕を動かす余裕もない。

深月はしばらく目を瞑ったまま耐えていたが、そのうちぽろぽろと涙を流し始めてしまう。

それに気付いた冨岡は少しぎょっとするが、すぐに無表情に戻り、先程より強い力で日輪刀を抜こうと腕を動かす。
急いで脱出しようという親切心だったが、それは逆効果だった。

痛いくらいに胸を押し潰され、深月の涙は増える。
恥ずかしさと情けなさで心臓が止まりそうになり、肩を震わせてしゃくりあげる。

そして、この血鬼術をかけてきた鬼を、心底恨み始めた。

女だからと手を抜かず、鬼殺のため、人々を救うため、血の滲むような努力をしてきた。決して、こんな辱しめを受けるためではない。

「絶対許さない」

深月がそう呟いた直後、冨岡の腕が日輪刀に届いた。

自分自身も深月も一切傷つけず、空間を切り裂く冨岡。

深月がその剣技に感動している間に、空間は消え去り、二人とも地面に着地する。

それを見た鬼は、驚いたような悔しそうな顔になり、口を開く。

「なに!?もう出て来やがっ……」

言い終わる前に、鬼の首は胴体から離れて地面に落ちる。

何が起こったかわからない鬼は、目玉だけできょろきょろと辺りを見回す。
すると、すぐ側に、日輪刀を握っている深月が居た。

脱出と同時に日輪刀を抜き、鬼の首を切り落としたのだ。

深月は開き気味の瞳孔で鬼の首を見下ろす。

「お前、ただで死ねると思うなよ?」

そう言って、鬼の首も、泣き別れになった首から下も、細かく切り刻む深月。

鬼は悲鳴を上げる間もなく、指先ほどの大きさの破片になった後、灰となり消えていった。

深月は日輪刀を鞘に戻し、袖でごしごしと目元を拭った。まだ涙は止まらず、何度も何度も拭う。

「深月」

ふと声を掛けられ、顔を上げると、冨岡が手拭いを差し出していて、深月はそれを恐る恐る受け取った。

それで顔を拭いて、漸く涙が止まったので冨岡を見上げると、なんだか顔を青ざめさせていて、深月は首を傾げた。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」

冨岡は即答するが、とても大丈夫そうな顔色ではなかった。
怪我でもしたのか、と手を伸ばすと、冨岡が一瞬だけびくっと震えたので、深月は思わず手を止める。

しばらく沈黙が流れたが、冨岡がゆっくりと口を開いた。

「許してほしいなどとは言わない」
「え、何ですか?」
「先生が、女性を怒らせてはいけない、と言っていた」

深月はまた首を傾げる。
冨岡が何を言っているのかがわからない。

それを察したのか、冨岡は続ける。

「『絶対許さない』と……」

そこまで聞いて、深月はやっと合点がいった。
鬼に向けて呟いた言葉を、冨岡は自分に向けられたと思ったのだ。

深月は冨岡を安心させるように微笑む。

「すみません、あれは冨岡さんじゃなくて、鬼に言ったんです。冨岡さんは悪くな……」

悪くない、と言い掛けて、深月は硬直した。
あれだけ無遠慮に、嫁入り前の娘の胸を押し潰したのだ。冨岡に全く非がないとは言えないのではないだろうか、と。

しかし、冨岡は途中までだった深月の言葉を良い方に解釈し、小さく微笑む。

「許してくれるのか?」

端正な顔立ちで嬉しそうに微笑まれ、深月はつい頷いてしまった。少し非難してやろうかと思っていたのに、それは許したくなる顔だった。

冨岡は静かに深月の側へ歩み寄り、彼女の頬を両手で包んで上を向かせた。

「だが、責任は取る」

そう言って、深月に近付いてくる冨岡の顔。
深月はその整った造形に見惚れてしまい、何もできなかった。







 




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