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優しい心


夜の任務から帰ってきて、さっさと風呂に入って、睡眠を取って。

何時間経ったかはわからないが、日が高くならないうちに目が覚めて、不死川はぼうっとしながらももぞもぞと起き上がる。

それと同時に、部屋の外から淡々とした声を掛けられ、中に入るよう促す。

すると、障子が静かに開かれ、そこには隊服姿の深月が居た。

「おはようございます。不死川様。お食事のご用意ができております」

いつもと変わらない態度の彼女に、不死川はつい溜め息を吐く。

それを見て、深月は心配そうな顔になって首を傾げた。

「もしかして、ご体調が優れませんか? でしたら、お食事を軽い物に作り直してお持ちします」
「いや、別にどこも悪くねぇよ……」

不死川の返答に、深月は今度はきょとんとした顔になる。

何故、彼が溜め息を吐いているのか、微塵もわかっていない様子だ。

不死川としては、深月がいつも通りすぎて呆れているだけだが。

彼女は不死川の継子だ。
身の回りの世話や家の事を弟子がやってくれるというのは、珍しい話ではないだろう。

だが、しかし。

不死川と深月は師弟である前に恋仲という関係にある。それも、短い付き合いではない。

だというのに、彼女は出会った当初から、不死川への口調も呼び方も態度も変えようとしない。

それどころか、上官、後輩、赤の他人に至るまで、全く同じ言葉遣いと態度で接するのだ。

育ちや性格もあるだろうが、不死川にとってはなんとなく面白くない。

あまり女々しいことを考えたくはないが、彼女は本当に自分を好いているのか不安になることがある。

そして今、ここは不死川の私室で、彼は寝起き姿だ。
もちろん布団は敷いているし、寝間着も寝相のせいで乱れたのか、はだけ気味だ。

それを見て、眉一つ動かさない恋人は、少し可愛げが足りないのではないだろうか。

「なあ、深月さんよぉ」

覚醒しきってない頭で考えたことを、不死川はそのまま深月に伝えてみた。

それに対する彼女の返答はこうだ。

「不死川様の寝起き姿は初めてではありませんし、胸元は普段から見えてますので、特に反応するべきことはないかと」

やはり、可愛げが足りない、と不死川は改めて思った。

たまには恋人の可愛い反応を見たいと思うのは、悪いことだろうか。

そんなことを考えながら、不死川は深月に食事を私室まで運んで来るよう頼んだ。


*****


深月は数分と経たずに戻っきて、相変わらず丁寧な動作でお膳を不死川の布団の側に置く。

それからまた部屋を出て行き、すぐに湯呑と急須が乗ったお盆を持って戻ってくる。

湯呑に茶を注ぎ、お膳の上に置いたところで、不死川が食事に手を付けていないことに気付く。

嫌いな物ばかり、というわけではないはずで、やはりどこか具合が悪いのではないかと心配になり、深月は口を開く。

「不死川様。やはりご体調が……」

ご体調が優れないのではないですか、と尋ねようとして、途中で言葉に詰まる。

不死川が、食事に手を付け始めたからだ。
普段と変わらない食べっぷりに、体調は問題ないようだと考え、尋ねるのを止めたのだ。

不死川は食事を終えると、茶を啜り、深月に手招きをした。

深月は素直に彼に近付く。

「どうかされましたか?」

尋ねるが、不死川は無言で見つめてくるだけで、何も答えない。

近い距離でじっと見つめられ続けていると、なんだか恥ずかしくなってきて、深月は思わず不死川から目を逸らす。

彼女は感情を表に出さないよう、誰にでも平等に接するよう教育されただけで、人並みの感情をちゃんと持ち合わせている。

先程、不死川の寝起き姿に対して「反応するべきことではない」と言ったが、普段は隙のない恋人の無防備な姿に心臓は跳ね上がっていた。

彼女の反応に、不死川はふっと息を漏らす。
深月の耳には、それがどこか嬉しそうに聞こえた。

「いつもそれくらい素直だったらいいのによ」
「っ……な、なんのことでしょうか」

からかうような不死川の声に、深月は分かりやすく動揺してしまう。

それに気を良くした不死川は、少し慌てながら去っていく深月を、くつくつと笑いながら見送った。


*****


不死川の身支度と深月の家事が終えるのを待って、二人はいつも通り修行に励んだ。

先程の深月の動揺はすっかり消えていたが、不死川にとっては、先程の動揺だけで充分だった。

少なくとも、深月は不幸そうには見えない。
剣士として戦って傷が増えても、恋人が傷跡だらけで白い目で見られることがあっても、深月は時折笑顔を見せる。

きっと、自分の前では表情をよく変えている方なのだろう。
そう思うと、特別な気がして、寝起きの不安も呆れも忘れられそうだった。

修行中、休憩を挟むと、深月の姿が見えなくなり、不死川は彼女を探して庭を歩く。

探して、とは言ったが、彼女がどこに居るのか、彼にはわかっていた。

庭の隅。修行中に砂利や石が飛んでいかない場所で、日当たりがとても良い場所。

そこに、深月が大切にしているものがある。

案の定、深月はそこにいて、不死川は声を掛けようと口を開く。
しかし、声を発することはなかった。

庭に植えた大切なものを見ている深月が、柔らかく笑っていたからだ。

彼女のああいう笑顔は、たまにしか見れない。
声を掛けて、その笑顔が消えるのが嫌だったのだ。

不死川がしばらくその場に立ち尽くし、彼女の横顔を見つめていると、気配に気付いた深月が笑顔のまま彼を振り返った。

「不死川様! ご覧ください。今年も綺麗に咲きました!」

自分に向けられた笑顔に、明るい声に、不死川は一瞬呆けてから、柔らかい笑顔を返した。

先程、確認したばかりだった。
彼女が表情を変えるのは、きっと自分が彼女にとって特別だからだ、と。
故に、彼女が柔らかい笑顔を自分に見せてくれるのは、珍しいが不思議なことではない。

しかし、深月はすぐに驚いたような顔になり、一気に耳まで赤くした。

不死川に自覚はないのだが、彼が柔らかい笑顔を見せる相手こそ、深月だけなのだ。

彼女の変化に首を傾げながらも、不死川は彼女の隣にしゃがみ込む。

「ご苦労なこったな」
「こ、これは、不死川様のお花ですから……」

思いの外距離が近くて、恥ずかしくなった深月は、大切なもの──庭に植えている花菖蒲に視線を落とす。

不死川は少し困ったように笑う。
何度聞いても、この綺麗な花が自分の花だとは思えない。
毒がある花やその辺の雑草を指して不死川だと言うのなら、まだ理解ができるが。

深月はこの花の花言葉を気に入っているらしく、任務や家事の合間にせっせと世話しては、毎年綺麗に咲かせている。

こういうところもなかなか可愛らしいところだ、と考えると、不死川の笑みは深くなる。

不死川は花にそっと触れ、その手で同じように深月の頬に触れる。

「深月」

優しく名前を呼ぶと、深月は恐る恐るといった様子で不死川に顔を向ける。

「毎年、ありがとな」

不死川に花を愛でる習慣などないが、深月がこうして、自分のようだと言ってくれた花を大切にしてくれていることには、鬼殺で荒んだ心が安らぐ。

「いえ、私が、したくてしていることですので……」

真っ赤なままの深月は、照れたように小さく笑った。

それがどうしようもなく愛おしくて、不死川は彼女に顔を近付ける。
深月は反射的に目を瞑って、後ろへ逃げようとしたが、それを予想していた不死川によって腕を掴まれ阻止される。

しかし、唇が触れる直前、不死川は動きを止めた。

予想していた出来事が起きないので、深月はゆっくりと目を開ける。
すると、いつもは鋭い眼が柔らかく細められていて、息を呑む。

「深月。名前、呼んでくれ」
「えっ……」

不死川の要求に、深月は動揺する。

彼の声はいつにも増して甘やかで、掴まれた腕は逃げられないが痛くない程度の力で、頬に触れる手はひどく優しい。

名前を呼ぶというのも、たまにしかしない特別な事で。
心臓がうるさくて、止まるんじゃないかというほどだった。

それでも、深月は意を決して口を開く。

「さね、み、さま……」

途切れ途切れのその声に、不死川はふっと笑う。

「『様』も無しだ」
「さ、実弥さん……」
「もう一回」

不死川の要求に応えようと深月が小さく息を吸った瞬間、彼女の次の言葉を飲み込むように、不死川は唇を寄せた。





お祝いのお言葉とリクエスト、ありがとうございます!

女夢主さんは、不死川さんと二人のときだけ特別な感じにさせていただきました。

お花のお話良いですよね!
花言葉などを調べているとき、花菖蒲がすごくいいと思って使わせていただきました(*´∀`*)

素敵なリクエスト、ありがとうございました!













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