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その指は甘く


ぷつり、と小さな音がして、頭が急に楽になった。

深月は思わず後頭部に触れ、自身の髪が解けていることに気付く。
地面を見れば、二つに千切れた髪紐があって、今しがたの音は、髪紐が切れた音だったのだと理解する。

「ああー……」

深月は困ったように眉を寄せ、口元に手をやる。

彼女が居るここは、煉獄家の庭だ。
彼女の師である煉獄杏寿郎が、稽古をつけてくれるということで、邪魔していたのだ。

先程、稽古と言う名の地獄が終わり、稽古着から隊服へ着替えようと思ったところだった。

生憎、髪紐の予備は持ち合わせていない。
しかし、この髪の長さでは、任務の際に視界が遮られたり、樹木に引っ掛かったりする可能性があるので、纏めなければいけない。

深月は少しだけ考えてから、髪紐を拾って、千切れた部分を結んで繋げてみる。
不格好になってしまった髪紐は、使いにくそうだった。

「いっそ切った方が早いかな」

そう呟いたかと思うと、深月は縁側に行き、そこに置いていた日輪刀を手に取った。

鞘から刀身を抜き、鞘を縁側に置いてから、空いた手で自身の髪を一纏めにして握る。

そして、纏めた髪に日輪刀を添わせ、利き手に力を込めた瞬間。

「何をしているんだ!?」

大きな声が庭に響き、深月は手を止めた。
その声のおかげで、彼女の髪は一ミリも切れていない。

「師範」

深月は声の主の方を振り向く。

庭に響いた大声の主は、煉獄のものだった。
彼は丁度稽古着から隊服に着替えてきたところで、愛弟子の行動に目を丸くしている。

何故、彼女は日輪刀で髪を切ろうとしているのか。
それも、結構短く切るつもりらしい。それこそ、結う必要がない程度に。

煉獄の疑問はもっともだったので、深月も察して事情を説明した。

髪紐の予備がないので、いっそ断髪してしまおうと思いました、と。

それを聞いた煉獄は、呆れたように溜め息を吐く。

「極端すぎるだろう……」

個人の髪型にとやかく言うのはよくないだろうが、深月の発想はいくらなんでも極端すぎる。
煉獄は普段から髪を結っているのだから、髪紐を持っていることくらい予想できるだろうに。

煉獄は改めて深月を見る。

師に諌められたと思った彼女は、大人しく日輪刀を鞘に戻していた。

(そういえば、雨宮が髪を下ろしているのは初めて見たな)

深月は、修行中も任務中も必ず髪を結っていた。
理由は邪魔だから、などと言っているのを聞いたことがある。そのことを思えば、今まで髪を切らなかった方が不思議なくらいだ。

それでも、煉獄は彼女の髪は長い方が良いと思っていた。
その心情を、彼女に伝えたことはないが。

そこで、煉獄はあることを思い付いた。

「雨宮。隊服に着替えたら、俺の部屋に来なさい。髪紐をあげるから」
「えっ、いいんですか? ありがとうございます!」

煉獄の提案に、深月はパッと顔を明るくさせ、着替えるべく隊服を置いている部屋に向かった。

嬉しそうに駆けていく彼女の背中を見送りながら、煉獄は苦笑する。

いくら師弟関係とはいえ、成人男性の部屋に招かれて喜ぶとは。微塵も警戒されていないのだろう。

煉獄はいつもの笑顔に表情を戻してから、自分の部屋へ向かった。

深月が来るまでに、彼女に似合いそうな髪紐を選んでおこう、と考えながら。


*****


煉獄の部屋に入った深月は、並べられた髪紐に困惑していた。

「師範、これは……?」
「どれでも好きなものを選ぶといい!」

深月としては、髪さえ結えれば簡素なものでいいと思っていたが、煉獄は張り切って数本の髪紐を並べて待ち構えていた。

彼女に似合いそうな髪紐を選びきれなかったのだ。

色は一色のものから三色の糸を使ったものまで、房の大きさも様々だ。

深月は並べられた髪紐に視線を落としながら悩む。

この中から選べと言われても、どれも高級なものに見えるし、任務中に壊したり紛失したりする可能性もある。

それにしても、と深月は顔を上げる。

「師範の髪紐、お洒落ですね。私のなんか、安物で……一種類をずーっと使ってます」

これが育ちの差というやつだろうか、などと考えて、小さく笑う。
別に煉獄の育ちを羨んでるわけでも、自分の育ちを卑下しているわけでもないが、師の意外な一面を知れたことに自然と笑みが溢れたのだ。

しかし、煉獄の反応は想像と違っていた。

「これは、俺の物ではないぞ?」
「えっ? じゃあ、どなたの物ですか?」

深月は首を傾げる。

一体、誰の髪紐を譲ってくれるつもりなのだろうか。
煉獄は、家族や他人のものを、許可も取らずに弟子に譲るような人物ではないはずだ。

彼の家族は、父と弟のみと記憶している。
母は幼い頃に亡くなったと聞いている。

まさかとは思うが、母の形見の品ではないだろうか。

そんなもの、絶対に貰えない。貰うくらいなら、やはり髪を切ろう、と考えて、深月は身構える。

煉獄はというと、ふっと笑って、深月の髪を一房摘んだ。

「君の物だ」
「えっ……? わ、私ですか?」
「ああ、雨宮に似合うと思って買っていたんだが、中々渡す機会がなくてな」

深月はさらに困惑する。
何故、煉獄が自分の髪紐を買っていたのか。それも、こんなに沢山。

深月が困惑している間に、煉獄は数本の髪紐を持って彼女の背後に回る。

「せっかくだから、結ってあげよう。どれがいいだろうか」

髪紐を一本一本、彼女の髪にあてて悩む。

「待ってください! 師範にそこまでさせるわけには……!」
「こらこら。動くんじゃない」

深月は振り返って声を上げるが、煉獄に頭を掴まれて前に向き直させられる。

数秒後、髪紐が決まったらしく、「うむ! これだな!」という煉獄の声が聞こえてくる。

直後、頭頂部付近から毛先までを何かが滑り、深月は緊張して固まる。

何度も何度も彼女の髪を滑るそれは、ニ種類あった。
太い方は煉獄の指で、細い方はおそらく櫛だろう。

心地好い力加減に、段々と彼女の緊張は解れていく。

「この櫛も君のものだからな。椿油も買っておいたから、自宅でも使うといい」
「ええっ!?」

煉獄の発言に、緊張とともに解れていた深月の身体が再度固まる。

この師は、弟子を可愛がりすぎではないだろうか。
長男だし、下の者を甘やかす性質なのかもしれないが、女性に櫛を贈る意味を知っているのだろか。

そんなことを考えていると、煉獄の指が深月のうなじを滑った。

「ひゃあっ! ……す、すみません」

油断していた深月は、あられもない声をあげた後、恥ずかしさで顔を真っ赤にする。
今更ながら、煉獄の部屋に一人でのこのこ出向いたことも後悔していた。

顔どころか耳も首も真っ赤で、それは背後に居る煉獄にもよく見えて、彼はくつくつと笑う。

笑いながら深月の髪を手櫛で纏め、その際わざと肌に触れる。

額の隅に、首に、耳に。
煉獄の指が触れる度に深月はびくっと肩を震わせる。
尊敬する師がその反応を楽しんでいるなど微塵も思わずに、ぎゅっと目を瞑って、彼の指の心地好さに耐える。

しばらくして、結い終えたらしい煉獄が、ぽんぽんと深月の両肩を軽く叩く。

「終わったぞ!」
「あ、ありがとうございます」

漸く解放された、と深月は自身の髪に触れる。

煉獄は、大分高い位置で髪を結ってくれていた。
おそらく、彼の弟の千寿郎と同じくらいの位置だろう。

深月は普段、髪を低い位置で纏めるだけだ。
こういった高い位置で纏めたのは初めてで、少し落ち着かないが、煉獄に文句など言えるわけもなく。

ふと振り返って煉獄を見れば、何だか嬉しそうに微笑んでいて、その笑顔に深月の心臓は跳ね上がった。

早くこの場を離れようと思ったが、煉獄の手が伸びてきて硬直する。

煉獄は深月の髪を手に取り、指を通す。

近い距離に、結う為ではない触れ方に、深月の鼓動はどんどん速く大きくなっていく。

「し、しはん……あの……」

どうにか絞り出した声は震えていた。

「雨宮の髪は綺麗だと、ずっと思っていたんだ」

声も身体も震わせる弟子を、煉獄は愛おしそうな瞳で眺める。

「もっと色んな髪型をすればいい。簪も髪紐も櫛も、いくらでも買ってやるから、切ったりしないでくれ」

煉獄は常々、深月の髪に触れてみたいと思っていたのだ。
彼女の長い髪は綺麗で、普段の髪型も良いが、色々な髪型の彼女を見たいと思っていた。
短く切ってしまうのは、勿体無い、とまで。

命懸けの任務に出向く剣士に、そういった想いを伝えるのはいかがなものかと思って、今まで言えずにいたのだ。

「私、ひとつ結びしかできません」

深月の返答は、断り文句としては弱かった。

煉獄はくつくつと笑って、深月の頭を優しく撫でる。

「だったら、俺が結ってあげよう」
「いえ、もう充分です!」

深月はぶんぶんと首を横に振る。
それに合わせて、彼女の毛束も左右に振れる。

その流れるような髪の動きに煉獄は目を細め、彼女の首を止めるべく、彼女の頬に手を添える。

「俺が見たいから、結いたいから、付き合ってくれ」

その言葉に、やや熱の籠もった瞳に逆らえず、深月は小さく頷いた。


*****


以降、時間があるときは、煉獄が深月の髪を結うのが、二人の習慣になった。





初めまして。

当サイトの夢小説を読んでくださり、ありがとうございます(人 •͈ᴗ•͈)

髪を結ってもらうネタは何度か書いているのですが、何度書いても楽しいです!
やはり、皆様もお好きなようですね✨

お気遣いとお祝いのお言葉もありがとうございます!
無理なく楽しく続けさせていただきますね⊂(・ω・*⊂)

素敵なリクエスト、ありがとうございました!














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