表紙
数夜経ってのミスルトウ
前日譚は
コチラ
です。
※夢主目線、さらに前日譚などもあります。
長年片想いをしていた杏寿郎とマチガイを犯した日。
あの後、ホテルで散々抱かれ、それこそ足腰立たなくなるくらいで、なんとかタクシーで帰宅した。
杏寿郎が気を使って「家まで送る」と言ってくれたが、酒が抜けるととてもじゃないが顔を合わせられなかった。
休日は筋肉痛などで殆ど動けず潰してしまい、なんとか平日出勤して、次の週末。
杏寿郎から飲みに誘われたが、『今日は無理』の一言で初めて断ってしまった。
今までなら、無理を押してでも杏寿郎との時間を大切にしていたが。
それが昨日までのことで、深月は自宅で後悔の念に苛まれていた。
なんで酒の勢いで誘ってしまったのだろう。
自分達の関係はどうなっているんだろう。
もう、杏寿郎と顔を合わせられない。
そんなことを考えて、ベッドの上で悶えながらごろごろと転がり、勢い余って床に落ちる。
結局、あの夜のことはうっすらとしか思い出せない。
その後も、行為が激しすぎて、最初から最後まで必死だったので、何があったのかいまいちはっきりとした記憶がない。
故に、自分達の関係性がよくわからないのだ。
「杏寿郎は、私のこと好きなのかなあ」
好きじゃなかったら、自分達の関係は身体だけというかなり不健全なものになってしまう。
好きだったとしても、別に付き合おうとか言われたわけではないので、改めて話をする必要があるだろう。
「どうしよう……」
このままずるずると先延ばしにして解決する問題ではないが、杏寿郎の顔を見ると、あの日のことを思い出してしまい、恥ずかしさと気まずさで吐きそうになる自信があった。
床に転がったまま、もやもやと悩んでいると、インターホンが鳴った。
そういえば、お取り寄せスイーツを頼んでいた気がする、と深月は相手を確認もせずドアを開ける。
「はぁー……いっ!?」
スイーツで気を紛らわせよう、と明るい声で応対を始めたが、ドアの前の人物に驚き、声がひっくり返った。
慌ててドアを閉めようとしたが、ドアを掴まれて阻まれた。
その人物はドアを無理矢理こじ開け、中に入ってくる。
深月が思わず後退りすると、そのまま完全に侵入してきて、ドアだけでなく、ご丁寧に鍵とチェーンロックまで閉めた。
「君は警戒心が無さすぎるな」
呆れた顔で溜め息を吐いているのは、杏寿郎だった。
杏寿郎は「邪魔するぞ」と短く言って、靴を脱いで玄関に上がる。
深月は抗議するが、「ちょ……」とか「まっ……」とか言葉にならない声しか上げられず、杏寿郎の侵入を許してしまう。
ろくに片付けていない部屋まで入られ、深月は顔を真っ赤にする。
「そ、掃除するから待って……」
なんとか絞り出すが、杏寿郎は構わず、あろうことかベッドに座る。
深月はもうどうしていいかわからず、なぜ今日に限って、と心の中で悪態をつく。
先週末は誰かさんのせいで掃除ができず、洗濯物も溜まっていて、さっき干したばかりなのだ。
一番恥ずかしい状態の部屋を見られ、深月はなんだか泣きそうになる。
「気にしなくていい。それより、どうして返事を寄越さないんだ」
「返事……?」
飲みの誘いなら断ったじゃないか、と深月はスマホを確認する。
杏寿郎からのメッセージがそこそこ溜まっていた。
深月は昨夜、杏寿郎からの誘いを断った後が怖くて、スマホを見れなくて放置していたのだ。
「ごめん。スマホ見てなかったから……でも、だからって家にまで来なくても……」
深月はぶつぶつ文句を言いながらキッチンに向かい、一応来客用の茶の準備を始める。
来客用と言っても、何の変哲もない茶葉だが。
一人暮らしを始めるときに、母親に持たされた急須と湯呑みを出し、茶葉を目分量で急須に移していたところ。
「恋人から理由もなく誘いを断られて、音信不通になったら心配するだろう」
杏寿郎からとんでもない単語が聞こえてきて、茶葉をどっさり落としてしまう。
おかげで、急須も湯呑も茶葉まみれだ。
「こ、こいびと……?」
深月は杏寿郎を振り返り、今しがた聞こえた単語を繰り返す。
その信じられないといった反応に、杏寿郎はきょとんとした後、珍しく不機嫌そうに眉をひそめる。
「もしかして、また覚えてないのか?」
「えっ、いや、あの……えっと……」
深月はおろおろと目を泳がせる。
杏寿郎と恋人同士になった覚えなどない。
かと言って、それを正直に言ったら、ものすごく怒られる気がする。
まあ、はっきりと返答できない時点で、杏寿郎にはバレバレだが。
杏寿郎は深く長い溜め息を吐いて、顔を片手で覆い、項垂れる。
深月は覚えていないが、あの夜にお互いの想いを伝え合ったし、夜が明けてからの行為中に、改めて付き合う話もした。
それを、彼女は覚えていない。
さすがに、何度も記憶を飛ばされるとは思っていなかったし、自分が覚えているあの日のことは夢だったんじゃないかとまで思えてくる。
しかし、杏寿郎は気を取り直して顔を上げ、立ち上がって深月に歩み寄る。
戸惑う彼女をキッチンの隅に追い詰め、壁に拳から肘まで突いて、彼女を見下ろす。
深月は壁に背中を張り付け、頬を染めながら杏寿郎を見上げていた。
不安そうなその表情に、少し潤んだその瞳に、杏寿郎はぐっと息を詰まらせ、自身を落ち着かせるために、何度目かわからない溜め息を吐く。
「先週、君は俺が好きだと言っていたし、俺も君が好きだと言った」
「は、はい……」
杏寿郎が低い声でそう言うと、深月は蚊の鳴くような声で返事をする。
「その後、付き合う話もした。『これで漸く恋人になれたな』と。覚えてないというのは、些かショックなのだが」
実際は些かどころではない。かなりショックだ。
やっと長年の想い人と結ばれたと思ったのに、当の本人が覚えてないときた。
杏寿郎は段々苛ついてきて、少し意地悪をすることにした。
深月の耳に口元を寄せ、わざと息を吹き掛けながら、囁くように言う。
「何も覚えてられないくらいよかったのか?」
「なっ……ち、ちが……!」
深月は一瞬で耳まで真っ赤にし、否定しようとした──が、できなかった。その通りである。
行為のことは、ぼんやり覚えているのだ。
激しかったことも、気持ち良かったことも。
だが、杏寿郎と会話したことは覚えていても、その内容までは覚えていない。
そこまで翻弄されたという事実が悔しくて、深月はふるふると震える。
言い返す言葉は思い付かないので、杏寿郎を睨み付けた。
しかし、その様子も杏寿郎にとっては可愛いだけで、彼は耐え切れずに吹き出す。
「随分悔しそうだな!」
「うう……」
杏寿郎は、唸るだけになってしまった深月を抱き締め、慰めるように頭を撫でる。
「すまない。俺も覚えてくれてなかったことが悔しかったから、これでおあいこだな」
「う、うん。覚えてないのは……その、ごめん」
急に抱き締められたことには驚いたが、杏寿郎の腕の中が心地良くて、深月も素直に謝り、杏寿郎の背中に腕を回す。
少しの間、そうやって抱き合っていたが、杏寿郎は腕の力を緩め、深月と目を合わせる。
「今なら覚えてられるか?」
そう尋ねると、深月はこくりと頷いた。
それを確認して、杏寿郎は深月の頬に手を添える。
「ずっと、深月のことが好きだった。大事にするから、俺と付き合ってくれ」
深月は嬉しそうに笑って、杏寿郎の背中に回している腕に力を込める。
「私も、ずっと杏寿郎のことが好きだった。よろしくお願いします」
二人で笑い合って、ゆっくり顔を近付ける。
唇が重なって、深月の中でやっと杏寿郎と恋人になった実感が湧いてきた。
▼ちゃいむ様
長らくお待たせいたしました!
初めてのメッセージありがとうございました🙂💕
一夜のピラカンサ、お気に召してくださったようで、嬉しいです!
体調へのお気遣いもありがとうございました。
成人済みかわからなかったので、一夜のピラカンサの続きというより後日譚になってしまいましたが、楽しく書かせていただきました!
素敵なリクエストをありがとうございました🙇♀✨
▼好き
▼続きがあるなら読みたい
前
/
次
表紙
main
TOP