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──寒い
それ以外の感覚がわからないほどだった。
少女は、震えながら周囲を見回す。
雪。雪。雪。
真っ白な世界で、雪に濡れ、少女は運ばれていた。
無造作に担がれ、ろくな食事も与えられないまま、一体何日経ったのだろう。
ようやく雪が止んだと思ったら、そういうわけではなく、建物の中に入っただけだった。
床に転がされる。
もう、寒さが勝って痛みすら感じない。
「起きろ! ガイアス王の御前だぞ」
少女を担いでいた兵士が、彼女の髪を掴んで無理矢理上体を起こさせる。
少女の目に映ったのは、赤い鎧を身に纏った青年だった。
暖色の鎧とは裏腹に、彼から放たれる空気は鋭く冷たく、少女の身体の震えを止めることはできなかった。
──ガイアス王
話には聞いたことがある。
最近、ア・ジュール連邦国家を新たに纏め上げた若き王。
(ア・ジュール? 私、なんでア・ジュールに……?)
疑問に思う。
口に出そうとするが、喉が張り付いて声にならない。
「王! “これ”が、ラ・シュガルの隠された姫です!」
兵士の興奮した声。
身に覚えがない。少女はますます疑問に思う。
(ラ・シュガルの……姫? なにそれ……)
次の瞬間、響いたのは低い声だった。
「このような年端もいかない少女を連れてきたのか」
静かだが、凛として、それでいて威圧的な声。
驚いて、兵士が少女を離す。
重力に従って、少女が床に転がる。
その際、鈍い音が響く。
近付いてくる速い足音。
「医師を呼べ」
少女はなんとか横を向き、視線を上に向ける。
彼女の額からは、赤い血が流れ出していた。
声の主は、ガイアス王とやらだった。
(綺麗な黒髪……)
少女はそれだけ確認すると、意識を失った。
*****
温かい。
目を覚ますと、知らない天井が見えた。
身体を起こそうとして、ひどく怠いことに気付く。
少女は起き上がることを諦め、ベッドに沈み込む。
視線だけを動かし、周囲を確認する。
「目が覚めた?」
聞こえたのは、柔らかい女性の声だった。
声がした方を見ると、髪を一纏めにした女性。
声と同じく柔らかい表情で少女を見ていた。
女性の手が伸びてくる。
一瞬身構えるが、彼女の手は少女の首にそっと触れた。額には傷があるからだろう。
「まだ熱が高いわね。何か食べられそう? 水分だけでも……」
「あ、あの……」
女性の声を遮って、少女は数日ぶりの声を出す。
喉の張り付きは、幾分かましになっていた。
「ここ、どこですか……?」
少女の質問に、女性は困ったように笑う。
「ごめんなさい。説明が先だったわね」
女性は簡潔に、且つ分かりやすく、現状を説明した。
ここはアジュール連邦国家の首都カン・バルク。ガイアス王の城の客室。
彼女は城付きの看護師で、少女の看病を命じられた。
医師が言うには、少女は衰弱と環境が要因の発熱で、薬を飲んで数日も休めば治るだろう、とのことだった。
「陛下は、あなたが回復したら、故郷に返すと仰ってるわ」
最後に、女性がふんわりと微笑む。
その表情に安心して、少女は深く息を吐いた。
その時、自分がうまく呼吸ができないほど緊張していたのだと気付いた。
「そういえば、リリアナちゃんはどこの出身なのかしら?」
女性の問いに、少女は目を丸くする。
「リリアナって誰ですか?」
女性はまた、困ったように笑う。
「ごめんね。あなた、名前は?」
少し悩んだ後、少女は小声で答える。
「……ジュリアです」
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