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少女──ジュリアが目覚めてから、数十分後。
客室の扉から、ノックの音。
看護師が扉に向かい、ノックの主を招き入れる。
赤い鎧に、美しい黒髪。
「王様……?」
ジュリアが確認するように呟くと、ガイアスが部屋に入ってくる。
ベッドの側まで来て、深々と頭を下げる。
「すまなかった」
初対面の時と同じ、静かで凛とした声。
だが、威圧感は無い。
「俺の統率力不足だった。知らぬ土地に連れて来られて、さぞ心細かったことだろう」
心配してくれてるのか、と気付いたが、ジュリアは首をゆるゆると振る。
「謝られても、困ります」
一国の王の謝罪など、重すぎて受け取れない。
そんなものを受け取れる立場に無い。
ガイアスは顔を上げる。
表情は無かったが、瞳に後悔の色が見えた。
言葉を間違えた。
そう思っても、もう取り消せない。
「用があれば侍女を呼べ。医師も毎日寄越す。回復したら、護衛を付けて故郷に帰そう」
淡々と言って、ガイアスは部屋を出て行った。
入れ替わりに、侍女が入ってくる。
「リリアナ様、お加減はいかがですか?」
まただ。知らない名前。
だが、この城の人間は、当たり前のようにその名前を呼んでくる。
「なんで、みんな私のことを『リリアナ』って呼ぶんですか?」
ジュリアの問いに、侍女は看護師を見る。
彼女は困った顔で首を振り、「ジュリアちゃんって言うんですって」と告げる。
侍女は深く頭を下げ、「失礼しました。ジュリア様」と言い直す。
問いへの返事は無かった。
「ジュリア様。一つだけよろしいでしょうか?」
侍女はジュリアに近付いて、目線を合わせるように膝をつく。
「陛下は……ア・ジュール王は、今回の件には関与しておりません。功を焦った兵士の独断にございます」
「はあ……そう、ですか。わかりました……」
ジュリアは小さく頷いてから、天井を見つめる。
『謝られても、困ります』
先程の言葉は、やはり間違いだった。
ガイアスは自分のせいではないのに、真摯に謝罪してくれたのに。
次に会ったら謝ろうと思って、ジュリアは目を伏せた。
*****
熱も下がり、起き上がれるようになり、食事も問題なく摂れるようになった頃、ガイアスが再びジュリアの部屋を訪れた。
前回は熱と怠さで起き上がることもままならなかったが、王に失礼のないように、と起き上がって居住まいを正す。
「楽にしていい。まだ子どもだろう」
ガイアスなりの配慮だろう。
だが、それではいそうですかと言えるほど、ジュリアは子どもではなかった。
「王様にお会いするのは……初めてなので」
正確には三回目だが。
ジュリアにとって、貴族やそれ以上の立場の人間に合うのは人生で初めてのことだった。
それも、初回と二回目は自力で起き上がることもままならなかったので、今回くらいはちゃんとしようと思ったのだ。
「……だいぶ回復したと聞いた」
少し逡巡してから、ガイアスは口を開いた。
「はい。問題ありません」
助けてくれたのも、体調を崩した原因も、カン・バルクの人間だ。
だが、それをわざわざ表に出す必要もない。
ガイアスは続ける。
「では、約束通り、護衛を付けて故郷へ帰す。出立は──」
端的に、事務的に。今後の予定を告げる。
「それだけだ」
話し終えると、踵を返す。
ジュリアはそれを呼び止める。
「あの、待ってください」
振り向いたガイアスの顔は、思っていたより穏やかだった。
「侍女の方から、事情を聞きました。王様は気にしないでください」
その言葉に、ガイアスは一瞬だけ驚いたように目を見開く。
何も知らずに異国に連れて来られて、体調を崩すほどぞんざいな扱いを受けた少女が、ここまで気を使えるものなのか。
兵士の報告によると、まだ十二歳だったはずだが。
「気遣い、感謝する」
それだけ言って、ガイアスは部屋を後にした。
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