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第四章 十四
「汽車に鬼が出るんですか?」
「ああ」
深月が首を傾げると、杏寿郎は軽く頷いた。
二人が話しているのは、今夜の任務の話だ。
とある汽車で、短期間のうちに四十人以上の人が行方不明となっているらしい。
既に数名の隊士を送り込んだが、彼らも一般人同様消息を絶った。
「それで、俺に指令が来てな。深月も同行してくれ」
「はい。もちろんです」
柱である杏寿郎に、甲の深月。
二人で行けば、大抵の任務は問題なく終わる。
同行すれば、杏寿郎を支えることができる。
深月は笑顔で了承した。
にこにこと笑う深月が可愛くて、杏寿郎はつい彼女の頭を撫でる。
そして、愛おしそうに目を細めながら、口を開く。
「この任務が終わったら、話を進めよう」
「え?何のお話ですか?」
深月の返事に、杏寿郎は小さく溜め息を吐いた。
悪気はないのだろうが、こんなに大事なことを忘れるのか、と。
「君は、本当に俺と結婚する気があるのか?」
「あっ……すみません!失礼しました!進めましょう!是非進めてください!」
自分の失言に気付いた深月は、慌てて杏寿郎の袖を掴む。
杏寿郎はしばらくじとりと深月を睨んでいたが、眉を下げて見上げてくる彼女の顔を見ていると、堪えられなくなって吹き出した。
それを見て、深月はわなわなと震える。
「笑わないでください!」
「いやあ、深月が可愛い顔をしているからな」
つい我慢できなくなった、と杏寿郎は眉を下げて笑う。
杏寿郎の言葉が恥ずかしくて、でも杏寿郎の表情は愛おしくて、深月もつられて笑った。
*****
汽車の中。杏寿郎と向い合わせで座っている深月は、曖昧な笑みを浮かべていた。
「うまい!うまい!」
目の前で、そう連呼している杏寿郎。
彼の周りには、未開封の弁当が山のように積まれている。
今、彼が食べている弁当も、積まれている弁当も、全て同じ牛鍋弁当だ。
深月も既に弁当を二個平らげている。
普段は体作りのためにもっと食べるのだが、杏寿郎を見ているだけでお腹いっぱいだった。
美味しそうに弁当を口に運ぶ杏寿郎を見ているのは幸せだが、周囲の視線が突き刺さる。
しかし、杏寿郎は周囲の視線など気にしない。
未開封の弁当も、全て食べるつもりである。
それでいて同じ事を連呼しているものだから、周囲の乗客達は関わりたくないのか、見て見ぬふりをしている。
それでも、変わった髪色や服装の二人組が気になるようで、物珍しそうに眺めている。
深月は溜め息を吐く。
杏寿郎は優秀な柱だが、こういう人の目が多いところでの任務は向いていないんじゃないか、と。
「どうした?もっと食べなさい!」
「いえ、私はもうお腹いっぱいです」
杏寿郎に差し出された弁当を、深月は両手で押し返す。
杏寿郎は「いつもはもっと食べるじゃないか」と不思議そうに首を傾げている。
深月は悔しそうに眉をしかめ、杏寿郎から顔を背ける。
杏寿郎の不思議そうな顔を、首を傾げる仕草を、可愛いと思ってしまったのだ。
成人男性なのにずるい、と八つ当たりのようなことを考える。
杏寿郎はそれを見て、深月は弁当を食べたいのを我慢しているのだ、と思い、米と肉を一口分取って、その箸を深月の口の前に差し出した。
「ほら、あーん」
杏寿郎の行動に、深月は一気に耳まで真っ赤になる。
数年間一緒に暮らしてきたが、彼が何を考えているのか、たまに理解できなくなる。
「恥ずかしいから止めてください!」
深月の怒鳴るような声が車両に響く。
それによって、乗客達の視線が彼女に集中する。
その視線は、深月と彼女に箸を差し出したままの杏寿郎を捉え、車両内が複雑そうな雰囲気に変わる。
二人を微笑ましく思う者もいれば、はしたないと睨む者もいる。頬を赤らめている者や、呆れたような顔をしている者もいる。
深月は視線に気付き、声を抑える。
「外ですよ。他の人がいるんですから……」
そう言うと、杏寿郎は納得がいったようで、太陽のような笑顔を浮かべる。
「すまん!恥をかかせたな!いつもの癖で、つい!」
確かに、家で杏寿郎に箸を差し出された際、深月は拒否しない。
箸どころか、団子でも、焼きいもでも、饅頭でも、杏寿郎に差し出されれば、躊躇いなくそれにかぶり付く。
逆もまた然りで、料理中の深月が味見してほしい、と杏寿郎に箸を差し出せば、杏寿郎も特に疑問を持つことなくそれを口に入れる。
ただし、それは人目がないときに限る。
千寿郎の前では教育に悪いし、槇寿郎の前だとあからさまに嫌そうな溜め息を吐かれるからだ。
それでも、いつもの癖というのは事実だ。事実だが、そんなことを大声で叫ばないでくれ、と深月は両手で顔を覆った。
杏寿郎は食事を再開し、「うまい!うまい!」と連呼も再開する。
そこで、車両後方の戸が開かれた。
その音に気付き、深月は顔を上げる。
杏寿郎も音には気付いているだろうが、弁当に夢中だ。
戸の方を見て、深月は一瞬呆ける。
そこには、鬼殺隊士がいた。しかも、その隊士は炭治郎と善逸だった。
二人とも深月には気付かず、杏寿郎の方を複雑そうな目で見ている。
二人でこそこそと何かを話した後、炭治郎が意を決して杏寿郎に声を掛ける。
「あの……すみません」
「うまい!」
しかし、杏寿郎は箸を止めない。
「れ、煉獄さん?」
炭治郎が、再度杏寿郎に声を掛ける。
その様子が可哀想で、深月は身を乗り出して杏寿郎の膝を軽く叩いた。
「杏寿郎さん。お客様みたいですよ」
そう言って、炭治郎の方を手で指し示す。
杏寿郎は漸く彼らの方を振り向き、とどめのように叫ぶ。
「うまい!」
「あ、それはもう……すごくわかりました」
冷や汗混じりに応じる炭治郎を見て、深月は改めて可哀想に、と思った。
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