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第四章  十五


山のように積まれていた弁当を平らげた後、杏寿郎は炭治郎に向かって口を開いた。

「君は、お館様の時の」

まともに喋り始めた杏寿郎に安心して、炭治郎は自己紹介をする。そして、後ろの二人も紹介する。
善逸が軽く頭を下げ、いつの間にか彼の横に立っていた伊之助が何故か偉そうにふんぞり返る。

深月は伊之助を見て、唖然とする。
炭治郎も紹介しているし、この猪頭は確実に伊之助だろう。
しかし、今の彼は服を着ていない。ムキムキの上半身をさらけ出している。

「えっ、伊之助君?元気になったの?その格好が普通なの?」

蝶屋敷で全く動かず喋らず、大人しく寝間着を着て寝ていた伊之助と、目の前の裸猪が同一人物とは思えず、深月は思わず彼を指差す。

伊之助が「そうだ!伊之助様だ!」と再びふんぞり返ると、炭治郎が困ったように笑い、善逸が呆れたように溜め息を吐く。

「伊之助。深月さんにお礼を言うんだろう?」

炭治郎はそう言って、深月に向かって頭を下げた。

「お見舞いとお菓子ありがとうございました。すみちゃん達と一緒に美味しく頂きました」
「ありがとうございました」

炭治郎に続いて、善逸も頭を下げる。
深月は「そんなのいいのに」と困ったように笑う。

お見舞いは自分が診察を受けるついでだったし、お菓子は蝶屋敷の少女達に持って行ったものを分けてもらっただけだ。
彼らのために行動したわけではないので、改めて礼を言われると恥ずかしくなった。

ふと、伊之助が深月にずんずんと近付き、拳を差し出した。

「やる!」

深月は彼の拳の下に両手を差し出す。
伊之助が拳を開くと、何かがコロンと深月の掌に落ちる。

それは、いくつかの小石だった。
川辺で拾ったのか、角が丸くなって、磨かれたかのようにツヤツヤしていた。

「綺麗だろう!」
「すみません。伊之助なりのお礼のつもりなんです」

伊之助が偉そうに猪頭の鼻部分から息を吐くと、炭治郎が慌てて説明を付け加える。

深月は少しの間、掌の小石を見つめた後、ふわりと微笑んだ。

「ありがとう、伊之助君。綺麗だね」

深月の弟妹も、小さい頃はよく綺麗な石や木の実を拾ってきては、深月や両親にくれていた。
伊之助の行動は小さい頃の弟妹に似ている。
なんだか懐かしくなって、深月は小石に視線を落として目を細めてから、それを懐に仕舞う。

その姿に炭治郎達が見惚れていると、杏寿郎が軽く咳払いをした。

「深月。彼らと知り合いなのか?」
「はい。蝶屋敷でお見舞いに……あれ、杏寿郎さん怒ってます?」
「怒ってない」

杏寿郎に睨まれ、深月はひゅっと息を詰まらせる。
怒ってるじゃないか、と思ったが、とても口にはできなかった。

杏寿郎は息を吐いて自分を落ち着かせる。
それから、深月に笑い掛ける。

「深月は俺の知らないところで、男と知り合っていたのか」
「え?やだ、男って。まだみんな子どもですよ」

杏寿郎の笑顔に油断して、深月も笑顔を返す。
炭治郎達とお喋りしていたから嫉妬したのか、と気付いたが、彼らは四つも五つも年下の子ども達だ。
杏寿郎がわざわざ嫉妬心を向けるような相手ではない。

深月はくすくすと笑うが、空気が重苦しくなったのを感じ、すぐに笑顔が固まる。
杏寿郎は笑顔を見せただけで、内心まだ怒っていた。

「す、すみません……」

深月は杏寿郎から視線を逸らし、謝ってから何も喋らなくなった。できるだけ杏寿郎を刺激しないよう、身動きもしなくなる。

杏寿郎は、若干気まずそうにしている炭治郎達に向き直る。

「それで、その箱に入っているのが──」
「あ、はい。妹の禰豆子です」

炭治郎はハッと我に返り、背中の箱を見やる。
杏寿郎は「うむ」と頷いてみせる。

「あの時の鬼だな。お館様がお認めになったこと、今は何も言うまい」

その言葉に、炭治郎が嬉しそうに笑う。
杏寿郎は鬼である禰豆子を認めてくれたわけではなさそうだが、鬼殺隊本部で「斬首」と言っていたことを考えると、嬉しい言葉だった。

深月は恐る恐る杏寿郎の表情を伺う。

彼は、いつもの笑顔に戻っていた。空気ももう重苦しくはない。
もともと頭の切り替えが早い人だ。禰豆子のことも、今しがたの深月への怒りも、蒸し返すことはないだろう。

深月がほっと息を吐いていると、杏寿郎は自身の横の席を軽く叩いた。

「ここ座るといい」
「じゃあ、禰豆子ちゃんはこっちにどうぞ」

深月も彼に続いて、自身の横の席を叩く。

誘われた炭治郎はそれに従い、深月の横の席に禰豆子の入った箱を置いた。
妹のことを親しげに名前で呼んでくれる深月に、また嬉しくなった。

善逸は伊之助を引き連れ、通路を挟んだ斜め後ろの席に座る。

伊之助は汽車が珍しいのか、窓をバンバン叩き、それを善逸が引っ張って窓から引き離す。

深月はそれを、元気だなあ、と微笑ましく思いながら眺めた。





 




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