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生存if 壱  三五


鬼殺隊本部に呼び出され、腰の鈍痛に耐えながら、深月はそこに向かった。

どうやら、正式に炎柱に任命されるらしい。

杏寿郎も、柱としての最後の業務のために、隊服に袖を通し、炎柱の羽織を纏って深月に同行する。

外に行くときは左目に包帯をするらしく、深月は包帯に覆われた杏寿郎の顔を見て、悲しそうな顔で口を開く。

「眼帯、作らなきゃですね」
「うん?そうだな!」

杏寿郎はいつも通りの笑顔を返した。

本部に到着すると、二人とも庭に通された。

既に他の柱は揃っていて、杏寿郎も彼らの列に加わる。
深月だけが少し離れた場所に取り残され、彼女に隠が声を掛ける。

「雨宮さん、羽織をお預かりします」
「えっ?あ、はい……?」

どうして羽織を預けるのだろうか。
よくわからなかったが、深月は素直に羽織を脱いで隠に渡した。

程なくして、耀哉が息女に手を引かれて出てくる。

柱はもちろん、深月も片膝を突いて頭を垂れる。

耀哉は全員を見回した後、見えない目で深月の方を見つめる。

「深月。秘密はよくなかったね」
「ひえっ……も、申し訳ございません……」

深月は両膝両手を地面に突き、深々と頭を下げた。
流れるような土下座に、宇髄やしのぶがくすくす笑う。

深月が下弦の陸を倒したこと、それを秘密にしていたことを、杏寿郎が知っていたのだ。当主が知らないわけがない。

「うん。杏寿郎が眠っている間、よく頑張ったね」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」

頭を下げたまま、深月は礼を述べる。
耀哉の声は妙に心地好く、頭がふわふわするような気がした。

耀哉は顔の向きを杏寿郎へと変え、優しく微笑む。

「杏寿郎。今までよく頑張ったね。ありがとう」
「いえ!とんでもないです!」

むしろ、もう戦えないことが申し訳なかった。
しかし、それを顔に出すことはなく、杏寿郎は笑顔を浮かべる。

「深月。顔を上げてごらん」
「は、はい」

耀哉に言われては逆らえず、深月はゆっくりと顔を上げる。

耀哉は杏寿郎と深月へ交互に視線を送ってから、最後に深月の方へ体ごと向ける。

「これからは、君が炎柱だ」
「……はい」

一瞬躊躇ってしまったが、深月は頷いた。

まともな炎の呼吸じゃないのに。
杏寿郎みたいに立派な剣士になれていないのに。
自分なんかに務まるだろうか。
やはり、炎柱の称号は、杏寿郎や槇寿郎のものではないだろうか。

そんなことを考えたが、心の中で自分を叱って、深月は口をきゅっと引き結んだ。

そこで、耀哉が何かを促すように、杏寿郎の名前を呼んだ。

「杏寿郎」
「はい!」

杏寿郎はそれに従って立ち上がり、深月に歩み寄る。
彼女の前で立ち止まり、声を掛ける。

「深月。立ちなさい」
「はい……?」

何の説明も受けていないので、深月は困惑しながら立ち上がった。

杏寿郎はふっと微笑み、自身の羽織を脱いで、深月の肩に掛けた。

「え!杏寿郎さん、これ、大切なものじゃ……」
「ああ、そうだ。これは、代々炎柱のみが纏うことを許されている羽織だ」
「あ……」

杏寿郎の言葉に、深月は悲しそうな顔になる。

杏寿郎は、もう炎柱ではない。
これからの炎柱は深月だ。

「ありがとうございます」

悲しそうな顔で笑う深月が愛しくて、杏寿郎は目を細めた。


*****


集まりが終わると、蜜璃が深月に飛び付かんばかりの勢いで駆け寄ってきた。

「これからもよろしくね、深月ちゃん!」
「うん、よろしくね。ありがとう」

深月はにこっと微笑み、その顔に蜜璃は頬を染める。
それから、しのぶや宇髄もやってきて、深月に話し掛ける。

「十二鬼月を倒したことを隠すなんて、深月さんは変わってますね」
「それにしても、お前それ似合わねえな」

しのぶに呆れたような声音や、宇髄のからかうような言葉に、深月は困ったように笑う。

「うむ。確かに、深月には少し大きいな!」

元々、上背のある杏寿郎や槇寿郎に丁度いい大きさの羽織だ。彼らより背の低い深月には、少し大きかった。

杏寿郎は深月に掛けた羽織を後ろから掴み、丈を合わせるように持ち上げる。

「これくらいだろうか?直してもらわねばな!」
「え!?だめですよ!」

杏寿郎がとんでもないことを言うので、深月は慌てて振り返る。

煉獄家で受け継がれている大事なものを、自分のためだけに手直しさせるわけにはいかない、と思ったのだ。

「しかし、大きいままだと任務の際に邪魔だろう」

杏寿郎は不思議そうに言う。
深月は少し悩んでから、何かを思い付いたように顔を明るくさせた。

「似たようなものを仕立ててもらいます。その羽織は、今まで通り杏寿郎さんが使ってください」

その案もどうだろう、というような、微妙な空気が流れたが、深月は頑として譲らなかった。


*****


数週間後。仕立て上がった羽織を纏い、深月は自室で微笑む。

炎を思わせる意匠の羽織。
煉獄家に代々継承されている、炎柱の羽織とほぼ同じものだ。

違うのは、大きさが深月の身長に合わせてあるところと、紐がついているところだろうか。

紐については、深月が拘ったものだ。
杏寿郎の──煉獄家の男児の髪色と同じ、金に近い黄色の紐だ。ちゃんと、所々赤い糸を混ぜてある。

姿見の前で一回転して、深月はふふっと笑う。

柱としての業務は既に開始していたが、この羽織を纏っての業務は今夜が初めてだ。

「嬉しそうだな」

不意に声を掛けられて、深月は硬直する。

固い動作で障子の方を振り向けば、障子は開いていて、そこに杏寿郎が立っていた。
彼はまだ、眼帯をせずに左目を閉じている。

「きょ、杏寿郎さん、いつから……」
「君が羽織を取り出すところからだな」

最初からじゃないか。
深月は頬を赤くして震え、両手で顔を覆う

「もっと早く声を掛けてくださいよ……」
「すまん。はしゃいでいる君があまりにも可愛くて、声を掛けるか迷ったんだ」

杏寿郎は悪びれもせずに言うので、深月は小さく溜め息吐いた。
顔を上げ、少し非難するような視線を杏寿郎に向ける。

杏寿郎は申し訳なさそうに笑いながら、部屋に入ってくる。
深月の前で立ち止まり、彼女の頬に手を添える。

「よく似合っている。相変わらず……いや、前よりずっと素敵だな」
「……あ、ありがとうございます」

面と向かって言われると恥ずかしくて、深月は視線を逸らす。
杏寿郎はそんな彼女の額に口付けて、ぎゅっと抱き締める。

「君が忙しくなると、結婚話が進められなくなるな」
「そうですねぇ。でも……」

深月も杏寿郎を抱き締め返して、ふっと微笑む。

「私はずっと杏寿郎さんのことを好きでいる自信がありますから、少しくらい先になっても大丈夫ですよ」

杏寿郎は一瞬呆けてから、嬉しそうに微笑む。

「ああ、そうだな。俺もずっと深月のことを好きでいる自信があるから、大丈夫だな」

それから二人で笑い合って、しばらくそのまま抱き合っていた。





 




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