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生存if 壱 遊郭編序盤
深月が当主から炎柱の称号を賜って、数週間経ったある日。
杏寿郎と千寿郎は出掛けていて、槇寿郎は部屋で何やら書き物や読み物をしていた。
だから、その日、客人を出迎えたのは深月だった。
鍛錬中の急な来客だったので、道着のまま出迎えたが、相手はさして気にしなかったようだ。
「宇髄さん?えーっと、そちらは一体……?」
「お前知ってんだろ。竈門炭治郎とその仲間だよ」
はあ、と深月は曖昧な返事をする。
『炭治郎とその仲間』って。自分達も彼らも、同じ鬼殺隊の仲間だろう、と指摘したくなったのは我慢した。
宇髄も柱だ。きっと、禰豆子のことを良く思っていないのだろう。
しかし、深月が言いたいのは、彼の連れが誰かということではない。彼らの格好だ。
宇髄はいつもの派手な隊服ではなく、化粧もしておらず、上等そうな着物を着ていた。
深月は一瞬、彼が誰かわからなかったが、辛うじて声で音柱だと判断した。
問題は、他三人だ。
炭治郎と善逸と、あとは見覚えのない男の子だが、その三人は、なんというか、珍妙な格好をしていた。
女物の着物に、赤々と塗られた頬と紅。白粉もふんだんに使われていて、髪も変な形に結われている。
彼らを見て吹き出しそうになったのを、深月は外面だけでなんとか堪えた。
「と、とりあえず、お茶でも淹れましょうか」
何の用かはわからないが、この珍妙な集団が煉獄家の前にいつまでも居るのは不味い、と思い、深月は彼らを招き入れた。
*****
深月は一応隊服に着替え、茶を淹れ、お茶請けの菓子も差し出す。
しかし、四人分と思って差し出した菓子は、見覚えのない男の子があっという間に平らげてしまった。
炭治郎はそれを困った顔で見守っていたが、善逸は激昂する。
「伊之助ェー!!お前、また一人で全部食いやがって!!」
「え、伊之助君?その子、伊之助君なの!?」
見覚えのない男の子だと思っていた人物は、伊之助だった。
深月は驚きのあまり身を乗り出す。
伊之助は「文句あっか!」と深月に食って掛かり、それに善逸がまた怒鳴って、炭治郎が「すみません」と頭を下げる。
深月は笑顔で気にしないよう言って、新しいお菓子を持ってくる。
今度は、一つだけ違う色の皿に変えた。
「この水色のお皿が伊之助君用ね。あっちは他の人の分だから、食べちゃ駄目だよ。わかった?」
「おう!これが俺のだな!」
「そうそう」
いい子だね、と深月は伊之助の頭を撫でる。
そこで、宇髄が「そろそろ本題いいか」と声を掛けた。
その声は真剣で、きっと任務の話なのだろう、と深月は身構える。
それを見て、宇髄は説明を始める。
遊郭に鬼が潜んでいる可能性が高いこと。
そこに、宇髄の嫁三人が遊女として潜入していること。
彼女達からの定期連絡が途絶えたこと。
そして、今度は炭治郎達を売りに行くこと。
「ちょっと待ってください。え、どういうことですか?」
「うるせえな!事情があんだよ、事情が!」
宇髄は鬱陶しそうに手を軽く振り、続きを話そうとする。
深月は一応口を閉じるが、その事情とやらが気になってしょうがなかった。
何をどうしたら、このがっしりした男の子達を遊郭に売ろうだなんて話になるのか。
しかし、次に宇髄が発した言葉によって、その疑問も吹っ飛ぶことになる。
「お前も売ることにした。新米とはいえ柱だしな」
「えっ……ええ!?私、無理です!」
深月は目を見開き、無理無理と、繰り返しながら首を横にぶんぶん振る。
何せ、深月には背中に大きな傷跡があるのだ。
それ以外にも、左腕にはかつて骨が飛び出した跡が、脇腹にも切創の跡、他にも小さな傷跡がいくつもある。
とても隠しきれるものではないし、売り物になるとも思えない。
そして何より、杏寿郎以外の男に肌を見せるなんて、耐えられない。
「潜入なら、宇髄さんのお手伝いを……」
「それでどうにかなるなら、こいつらにこんな格好させてねえよ!」
嫁が心配なのだろう。宇髄が怒りを顕にするが、深月だってここは譲れないところだった。
理由を話して別の方法を考えてもらおう、と思い至る。
「私、傷跡だらけなんです!売れないと思います!」
だが、深月の思惑とは裏腹に、宇髄はにやっと口角を上げる。
「傷物なら、余程の好事家じゃねえ限り襲われねえだろ。都合が良い」
「良くありません!絶対嫌です!」
「つべこべ言うな!俺の嫁だって潜入してんだよ!」
宇髄の嫁は優秀なくノ一だ。彼女達と比べられても、と深月は冷や汗を流す。
宇髄と深月の言い争いに、炭治郎と善逸はどうすればいいかわからずにおろおろし、伊之助は我関せずで自分用の菓子をばりばりと頬張っている。
「杏寿郎さんに相談してから……」
「あの堅物に相談したら却下されるに決まってるから、雨宮に直接言ってんだよ!お前も柱だろ!腹括れ!」
「柱と操は関係ないでしょ!蜜璃ちゃんやしのぶさんにも同じ事言うの!?」
ついに敬語をつけるのを忘れ、深月はしまったという顔になる。
そこで運良く、玄関の方から物音が聞こえてくる。
杏寿郎と千寿郎が帰ってきたのだ。
深月はこれ幸い、と腰を上げ、宇髄に背を向ける。
「ちょっとお出迎えしてきます」
「待て」
低い声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には畳に俯せに押し倒されていた。
腰辺りに重みを感じて、深月は顔を青ざめさせる。
幸い、羽織は身に纏っていなかったので、皺がつくことはなかった。
「傷跡、化粧で隠せるかもしれねえからな」
そう言って、宇髄は深月の隊服の襟に手を掛けた。
「きゃあああ!止めてください!」
深月は慌てて抵抗するが、杏寿郎にすら力比べで勝ったことがないのに、彼より大柄な宇髄相手に敵うわけがない。
「やだやだ!杏寿郎さん!」
首、肩、背中と、徐々に露になっていく身体に、深月は涙目になり、この場にいない杏寿郎に助けを求める。
「うるせえな!煉獄とやることやってんだろ!上半身くらいでガタガタ言うな!」
宇髄は容赦なく深月の襟を引き下ろし、詰襟もワイシャツも半襦袢も脱がせてしまう。
「うわああ!やりすぎですよ!」
「キャァアアー!鬼畜!!」
炭治郎が焦ったような悲鳴を上げ、善逸が汚い悲鳴を上げる。伊之助は、まだ菓子に夢中だ。
この場で一番悲鳴を上げたいはずの深月は、拳を握って震えていた。
宇髄に無理矢理服を脱がされたことも、杏寿郎以外の男に肌を見られたことも、傷跡が曝されたことも、全て衝撃だった。
杏寿郎を裏切ってしまったような気がして、勝手に涙が溢れてくる。
せめて胸だけは見られまい、と必死に両腕で隠す。
「隠せないこともねえか……ただ、この辺は凹凸があるから……」
宇髄は真剣な顔で深月の背中を見下ろし、化粧の構想を練っているのか、彼女の傷跡に触れる。
「ひぃっ!や、やだ!触らないで!」
深月は真っ青になって身を捩る。
見られただけでなく、触られてしまうなんて、もう杏寿郎に合わせる顔がない。
(どうしよう、杏寿郎さん以外の人に見られたし、触られた……もう娶ってもらえないかも……)
深月が絶望したところで、部屋の障子が荒々しく開かれた。
障子を開いたのは先程帰宅した杏寿郎で、深月や炭治郎、善逸の悲鳴を聞いて駆け付けたのだ。
杏寿郎は片目だけになって慣れない視界で部屋を見回して、深月と彼女に乗っかっている宇髄を見つける。
深月は上半身を裸に剥かれていて、真っ青な顔でぼろぼろと大粒の涙を流している。
どう考えても彼女をこんな格好にした犯人は宇髄で、さらに彼は深月の背中に触れている。
みしっと部屋の空気が重くなる。
「宇髄……深月から離れろ……!」
地の底から響くような声で告げ、杏寿郎が部屋に入ってくる。
彼に遅れて到着した槇寿郎と千寿郎も、驚きと怒りを隠せない表情になる。
「煉獄。俺はこいつに協力してもらおうと思っただけだぜ」
宇髄は深月から退き、けろっとした顔で言いのける。
解放された深月は起き上がり、泣きながら杏寿郎の胸に飛び込む。
「杏寿郎さん、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「大丈夫だ。深月は悪くない。怖かっただろうに……」
杏寿郎は深月を抱き締め、優しく背中を擦ってやる。
腕の中で震えている婚約者の不貞を疑うどころか、彼女が可哀想でならなかった。
部屋に入ってきた槇寿郎が、自身の羽織を深月の肩に掛けてやる。
千寿郎は、深月の着替えを取りに廊下を駆けていく。
先代、先々代の炎柱に物凄い形相で睨まれ、宇髄はさすがに不味かったか、と頬を掻いた。
*****
槇寿郎と杏寿郎に説教された宇髄は、深月の助力を諦めることにした。
ただ、それは遊女として潜入する話で、男装させて連れて行こうとしたが、それも煉獄家の男性陣に却下され、深月は夜だけ遊郭の見廻りに参加することになった。
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