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第一章  二九


杏寿郎は、気を失った深月を着替えさせ、敷布を替え、そこに深月を寝かせた。

汚してしまった敷布や寝間着は、明日こっそり深月に洗ってもらおうと考える。千寿郎に洗わせるわけにはいかないし、杏寿郎が洗えば破ってしまう可能性があるからだ。

一通り後始末を終えた杏寿郎は、深月に布団を掛け、その横に寝転がる。
肘をついてその手で自分の頭を支え、少し上から深月の寝顔を眺める。

頬に出来てしまった大きな傷は、しのぶの薬でどうにかなるだろうと深月は言っていたが、少し心配になる。
もちろん、杏寿郎は傷跡など気にしないが、深月はやはり年頃の娘だ。もし顔に傷跡が残っては、また落ち込むのではないだろうか、と。

鬼殺隊に入った以上、きっとこれからもっと傷は増える。深月に失礼だとは思いつつも、あまり危険な任務に出向かないでほしいと思ってしまう。
しかし、それは深月の力を信用していないことになる。深月であれば強くなってそこらの鬼など相手にならなくなるだろう、と思い直す。

杏寿郎がそんなことをあれこれと考えていると、深月がゆっくりと目を開けた。そして、杏寿郎に気付き、彼の方へ向きを変える。

「杏寿郎さん」

頬を赤らめて、嬉しそうに名前を呼んでくるものだから、杏寿郎は思わず深月を抱き寄せる。

深月が苦しそうに呻きながら身を捩るので、一旦彼女を離して、杏寿郎も布団に入る。自分の腕を枕にして、深月と目線を合わせる。

「深月。無理をさせてすまない。身体は大丈夫か?」
「た、たぶん……」

深月は杏寿郎から目を逸らして、曖昧に答える。

杏寿郎が気にすると思って言えなかったのだが、本当は腰やら股やらが痛いのだ。しかし、はっきりと嘘を吐くのも悪い気がして、曖昧な答えになってしまった。

さすがに、それに気付かない程、杏寿郎も鈍感ではない。深月の腰あたりを擦りながら、心配そうに尋ねる。

「腰が痛むのか?それとも……」
「わあああ!言わないでください!」

深月は慌てて杏寿郎の言葉を遮り、彼の口を両手で塞いだ。

杏寿郎は深月の両手を片手で剥がし、口元に人差し指を当てて「しーっ」と言いながら微笑む。
まだ真夜中で、あまり大声を出すと千寿郎が起きてしまうかもしれないからだ。

深月はその表情や仕草に見蕩れてしまい、返事をするのを忘れてしまう。
杏寿郎が不思議そうな顔になると、深月は我に返って頷いてから、少しだけ素直になることにした。

「その、腰とかが……ちょっと痛いです」
「そうか。すまん」

杏寿郎は申し訳なさそうに笑うが、深月は「いいえ」と答える。

「大丈夫ですよ。杏寿郎さんのこと大好きですから」

その言葉を聞いて、杏寿郎は嬉しそうに笑った。
しかし、杏寿郎はまたすぐに申し訳なさそうな顔になり、深月はきょとんとする。

杏寿郎が何か言いたげなので、少し待っていると、杏寿郎は深月の手を握って口を開いた。

「最終選別の前のことだが、すまなかった」

杏寿郎は、自分が思っていたことを深月に説明した。

自分の最終選別で一緒だった同期が、すぐに殉職してしまったこと。
深月の想いを聞いたら、最終選別に行かせるのが怖くなると思ったこと。
それより前も、深月が手元から離れるのが怖くて、今のうちにと考えて口付けていたこと。
今だって、深月がいつ危険な任務に出向くか不安であること。

一通り説明した後深月を見ると、彼女はぽろぽろと涙を流していた。杏寿郎は驚いてそれを拭うが、涙はなかなか止まらない。

また傷付けてしまったのだろうか、と杏寿郎が焦っていると、不意に深月が杏寿郎の胸板に顔を埋めた。
杏寿郎は少しおろおろしながらも、彼女の背中に腕を回して優しく抱き締めた。

深月は杏寿郎の胸板に顔を埋めたまま、口を開く。

「杏寿郎さんって、実はちょっと怖がりなんですね」

鬼など怖がらない杏寿郎だが、大切な人が居なくなることにはひどく怯えているのだろう、と深月は感じた。

それは、幼い頃に母を亡くしたからだろうか。
同期や隊士の死を、目の当たりにしてきたからだろうか。

今の深月にも、その気持ちは少し理解できた。

あれだけ大切だった両親が、可愛がっていた弟妹が、一夜にして殺されてしまった。この世にたった独りで取り残されたような、あんな思いはもうしたくない。
深月もきっと、千寿郎が最終選別に行くとなったら、槇寿郎や杏寿郎が危険な任務に出向くとなったら、怖くて堪らないだろう。

「私は、もっと強くなって、ずっと杏寿郎さんのお側に居ります。約束します」

深月は顔を上げ、杏寿郎を安心させるように笑う。
その言葉と笑顔で気持ちが楽になったようで、杏寿郎も同じような笑みを返した。

「俺も約束する。ずっと深月の側に居よう。君を遺して、居なくなったりしない」

そう言って、深月の額に口付ける。
深月は嬉しそうな、幸せそうな笑顔を浮かべた。

杏寿郎の腕の中に収まったまま、深月はそのうち穏やかな寝息を立て始めた。きっとまだ疲れが取れていないのだろう。

今日はここで眠ってしまいたい、と杏寿郎は思ったが、もし朝になって槇寿郎や千寿郎にこの光景を見られては大変なことになる。

杏寿郎は深月を起こさないように布団から出て、名残惜しそうに彼女の頭を撫でる。
もう一度、深月の額に接吻を落としてから、杏寿郎は自室に戻った。





 




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