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第一章 三
深月は窓際の寝台に移され、寝間着も和装に変えてもらった。寝るときは、傷に障らないようにうつ伏せ。それ以外は上体を起こし、ほぼ毎日外を眺めて過ごしていた。
「失礼する!怪我の具合はどうだ?」
ある日、燃えるような髪の少年が、ずかずかと深月の病室に入ってきた。
深月に「大丈夫か?」と尋ねた少年だ。深月が悪態を吐いた相手でもある。
深月は少年の方を振り向くが、何も言わない。
少年は、勝手に寝台横の椅子に座る。
「目が覚めたと聞いて、安心した!話したいと思っていたんだ!」
「私は別に、貴方と話すことはありません」
少年は一瞬固まるが、さして気にしなかったようで、また口を開く。
「俺は煉󠄁獄杏寿郎だ!君は、雨宮深月という名だと聞いた!」
「…………」
「ご家族の墓参りに行く際は、隠に聞けば場所を教えてくれる!」
「…………」
「怪我が完治した後は、親戚の家へ行くのか?」
その問いに、深月は布団と一緒に拳を握り締める。
「……行きません」
「何故だ?」
少年──杏寿郎は、不思議そうに尋ねる。
それが、深月の神経を逆撫でしているとは気付かない。
「背中に大きな傷が残ったの!そんな女を置いてくれるほど、私の親戚は優しくないのよ!」
「……そうか。申し訳ない」
杏寿郎が頭を下げる。深月は彼から顔を背ける。
二人とも話さなくなり、病室が静まり返る。
深月も、頭の中では八つ当たりだと分かっている。深月の家の事情など、杏寿郎が知る訳ない。
それでも、やり場のない怒りや不安を、つい目の前の少年にぶつけてしまった。
深月は、ぽつりと呟く。
「別に、親戚とは元々良好な関係ではないので。引き取り手が無いこと自体は何とも思いません」
杏寿郎はそれを聞いて、「そうだったのか」とだけ返した。
そこで、頭巾を被った隠の男性が、おずおずと部屋の外から声を掛けてきた。
「あの……そのご親戚の方から手紙を預かっておりまして……」
隠の男性曰く、深月の今後の世話を頼むため、深月の家族構成を調べて親戚に連絡を取った。
鬼のことは伏せ、強盗が押し入ったというような説明をしたところ、深月の状態を詳しく聞かれた。深月を心配しているのだろうと思い、怪我の状況など伝えると、断られたとのことだ。
「そうでしょうね」
深月は特に驚いた様子もなく、そう言った。
隠の男性は、悲しそうな目で続ける。
「その際、ご親戚からお手紙を預かりまして……胡蝶様が内容を確認して、お見せするかどうか悩んでいたのですが……あの……」
「大丈夫です。見せてください」
深月が手を差し出し、隠の男性は悩みながらも手紙を渡した。
深月はそれをさっと読み、表情を変えずに折り畳む。
「何と書いてあったのだ?」
「知りたければどうぞ。あまり楽しいものではありませんが」
杏寿郎が尋ねると、深月は躊躇う素振りすら見せず、手紙を差し出した。
杏寿郎はそれを読み、みるみるうちに眉間に皺を寄せていった。
「なんだこれは!」
手紙の内容は、隠の男性から聞いたような、深月を引き取ることはできないというものだった。
ただ、「キズモノになった娘など不要」とか「金だけもらう」とか、深月を慮る様子は全くない。
「ですから、元々うちの家は親戚と良好な関係ではなかったんです。だから、何とも思いません」
「しかし!」
いつまでも納得しない杏寿郎にため息を吐き、深月は詳細を説明する。
深月の家は商売をしていて、そこそこ上手くやっていた。
親戚はよく深月の家へ金の無心に来ていたが、父は一切金を貸そうとしなかった。
それに怒った親戚が、深月を誘拐したこともある。父が親戚に金を渡したのは、その時だけだ。
それ以降、父が親戚に金を渡すことはなかったので、親戚は今喜んでいることだろう。
「まあ、そんな感じですので」
「だが、あまりにも酷いではないか!家族を亡くして、君が一番傷付いているというのに!」
まるで自分のことのように怒りを露にする杏寿郎に、深月は少し心が穏やかになった気がした。
それでも、生きる気力が湧いたかと言えばそうでもない。
「今日はもう疲れました。お引き取りください」
「わかった!また来る!」
「いえ、結構です」
「また来る!」
杏寿郎は手紙を隠に渡し、病室を出ていく。出入口付近で振り返り、だめ押しのように「また来る!」と叫んでいたが、深月はそちらを見ようともしなかった。
「あのこれ、どうします?」
病室に残された隠の男性が尋ねると、深月は無表情でこう答えた。
「燃やしておいてください」
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