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第二章  五


杏寿郎とした翌日、深月は稽古の再開を許された。
それからさらに一週間程経った頃、謹慎処分も終わることになった。

本来、この謹慎処分はもう少し続く予定だった。

しかし、槇寿郎は杏寿郎に言われて渋々、杏寿郎は自信を持って、『深月が任務に行けないのは、鬼殺隊として損害である』と上に伝えたのだ。

その結果、深月の謹慎処分は予定を繰り上げて終了となった。

そのことを千寿郎から聞いたとき、深月は側に居た槇寿郎に思わず飛び付いた。そのまま「はしたない」と拳骨を食らったが。

その後、それを杏寿郎に伝えると、彼が両腕を広げて構えてきたので、深月は彼の胸に飛び込んだ。

「杏寿郎さん!」

杏寿郎は深月を受け止め、強く抱き締める。

「深月、待たせてすまなかった!」
「とんでもないです!ありがとうございます」

問題を起こした理由は結局話していないのに、槇寿郎も杏寿郎も自分のために尽力してくれた。
それだけで、深月はとても嬉しかった。

「俺よりも、父上のお陰だ」

杏寿郎は目を伏せて、深月の頭を撫でる。

槇寿郎は鬼殺隊最高位の柱だ。彼の発言には力がある。
杏寿郎の進言も意味はあっただろうが、槇寿郎が何も言わなければ、こんなに早く深月の謹慎は解除されなかっただろう。

「それでも、槇寿郎様や杏寿郎さんが私のために何かしてくれただけで、十分嬉しいです」

そう言って、深月は杏寿郎の胸に頬擦りしながら、彼の背中に腕を回して抱き締め返す。

それに情欲をそそられたが、杏寿郎はぐっと我慢して、腕の力を緩めた。
しかし、深月がきょとんとした顔で見上げてくるので、少しだけ、と思って、杏寿郎は深月の頬に手を添えた。

深月は微笑んで目を閉じる。
その際、杏寿郎に唇を差し出すように顎を動かすものだから、それがあまりにも可愛くて杏寿郎は狼狽する。

しかし、深月にそんなつもりはないだろうし、ここで襲ってしまってはまた喧嘩になるのは目に見えている。

杏寿郎は精一杯我慢して、触れるだけの接吻に留めた。

唇が離れ、深月はそっと目を開ける。

「えっ……なんで?」

目の前の杏寿郎が頬を上気させ、余裕の無い表情をしていて、深月はつい疑問の声を漏らした。

「深月が、可愛すぎるからだな」

熱の篭った声でそう囁かれ、深月は身の危険を感じ、脱兎のごとく逃げ出した。


*****


杏寿郎から逃げた深月が一人で稽古に励んでいると、鎹烏が指令を告げに来た。

久々の任務に、気合いを入れよう、と深月は杏寿郎の姿を探す。
結構時間が経ったので、さすがに落ち着いているだろう。

「杏寿郎さん」

庭で素振りをしている杏寿郎を見つけ、深月は後ろから声を掛ける。
杏寿郎はすぐに振り返り、「どうした?」と尋ねる。

その表情は、蕩けるような笑顔だったが、身の危険を感じるような表情ではなかった。
ただ、深月が愛しくて仕方がないという表情だ。

「指令が来たので、今夜から任務に行ってきます。その前に、手合わせをお願いします」

そう言って、持ってきた木刀を構える深月。
杏寿郎は表情筋を引き締め、力強い笑顔を浮かべる。

「いいだろう!かかってこい!」


*****


半刻程経った頃、深月が杏寿郎から一本も取れないまま、手合わせは終わった。

「ありがとうございました」

悔しそうな顔で頭を下げる深月に、杏寿郎は苦笑する。

深月だって弱くはない。むしろ、強い部類に入る。
しかし、体の造りは女性だから、どうしても膂力で杏寿郎に勝ることはできない。
そのため、工夫を凝らして戦うのだが、一度も杏寿郎から一本取れたことがないのだ。

毎回全力で挑んできて、本気で倒しに来る。
その心意気に杏寿郎は感心するが、たまに少し切なくなる。

深月が全力で挑み、本気で倒そうとしているのは、恋人である自分だからだ。

「手合わせの時の深月は可愛げがないな!あっても困るが!」

杏寿郎が思ったことをそのまま口にすると、深月は眉間に皺を寄せる。
杏寿郎に悪気はないが、癪に障ったのだ。

「もっと強くなりたいので!可愛げなんか要りません!」

早く強くなって杏寿郎に追い付きたいし、一人でも多くの人を救いたい。可愛げなんか持っていても、強くなれない。

そう思って、手を抜いたことなんてないのに、杏寿郎に追い付けない。悔しくて、深月は木刀を握り締める。

すると、木刀がバキィッと嫌な音を立てて折れた。深月が握っていた部分を粉砕してしまったのだ。

杏寿郎は呆れたように息を吐き、折れた木刀を拾い上げる。

「これは何本目だ?」
「……今月は一本目です」

杏寿郎の呆れ果てた視線に耐えきれず、深月は顔を背ける。

しかし、杏寿郎の眼力の強い目でしばらく見つめられ、深月は観念して指を四本立てた。

「今年で四本目です……」
「折りすぎだな!」
「す、すみません…」

稽古で劣化して折れるならともかく、粉砕するのはもったいない。
しかも、劣化して折った木刀もたくさんあるので、深月の木刀の消費量が大変なことになっている。

杏寿郎はふっと笑って、悄気ている深月の額に口付けた。

「任務、気を付けるように。いってらっしゃい」
「はい……行ってきます」

深月は杏寿郎の唇が触れた箇所に片手で触れて、嬉しそうにはにかんだ。





 




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