(41/160)
第二章 六
謹慎処分が終わると、深月は久々に隊服に袖を通した。
彼女の隊服は、結局縫製係の前田の策略で、露出が多い造りのままだ。そのため、深月は未だに隊服の下にいろいろ着込んでいる。
隊服の上には、杏寿郎の羽織を着る。
初任務で彼の羽織を借りて以来、ずっとそれを着ている。
破れたり汚れたりしては直し、着れなくなったらまた杏寿郎から羽織を貰う、ということを繰り返していた。
何度か「男性用の羽織ではなく、女性用の羽織を仕立ててやる」と提案されたが、杏寿郎のにおいがついた羽織がいいのだと伝えると、杏寿郎は頬を赤く染めて照れたように笑っていた。
深月は、今日も杏寿郎の羽織を握り締める。
杏寿郎のにおいに包まれていると、彼が守ってくれるような気がして、安心して任務に臨めた。
*****
そして、数ヶ月程経った頃。
その日の深月の任務は、槇寿郎の担当地区内だった。
担当地区といっても端の方だったが、通常は炎柱である槇寿郎が警備をしているので、深月なんかの出る幕はないはずだ。
指令が来たからには従うが、深月は少し不安になった。
槇寿郎は、日に日に酒の量が増え、部屋から出てこなくなってきている。任務前にはなんとか断酒しているようだが、いつか酒が手放せなくなる日が来るのではないか。
違うとは思いたいが、もし深月の任務が、『槇寿郎に今の担当地区全てを任せられない』という意味だったら、彼への失望の現れだったら、と思うと怖くなった。
深月が今、憧れているのも目標にしているのも杏寿郎だが、槇寿郎のことだって同じくらい尊敬している。
槇寿郎が引退する姿など、引退させられる姿など、見たくはなかった。
その夜の任務にて。
とある小さな町で、深月は鬼と交戦していた。
「炎の呼吸 壱ノ型──不知火」
炎を発するような勢いで鬼に突撃し、力強い斬撃を放つ。
それは鬼の首を見事に斬り落とし、首は地面へと転がる。そして、鬼の首も体も灰となり崩れていった。
今晩、深月が斬り伏せた鬼は、これで三体目だ。
今回深月が受けた指令は、縄張り争いをしている複数の鬼が、競争と言わんばかりに付近の町を襲っているので殲滅せよ、というものだった。
はじめは近くの森で交戦し、二体目までは問題なく倒せたが、最後の一体がなかなかすばしっこく、町まで逃げられたのを追い掛けてきたのだ。
おかげで、道や塀を荒らしてしまった。
反省はとりあえず置いておき、深月は周囲を警戒する。
鬼の数はおそらく三体とは聞いていたが、それは確実ではないので、もう少し見回りが必要か、と考えていた。
しかし、どうやら鬼は三体のみだったらしく、森の方から隠の集団がやって来る。
「お疲れ様です。周囲に鬼はいないようです。襲われた人もいません」
隠の報告を聞き、深月は胸を撫で下ろした。
「よかった……ありがとうございます!」
深月が笑顔で礼を言うと、隠もつられて笑顔になり、「後の処理はお任せください」と胸を張った。
その言葉に甘えて、深月は帰ろうとしたが、隠の一人に呼び止められた。
「雨宮さん、お怪我を……手当ていたします」
「これくらい大丈夫ですよ。貴方も他のお仕事があるでしょう?」
深月はところどころ傷を負っていたが、全てかすり傷程度で、血も止まっている。毒を持つ鬼ではなかったし、わざわざ隠の手を煩わせる程の怪我ではない。
「でも、ありがとうございます。お気持ちだけでも十分嬉しいです」
深月は微笑んで頭を下げると、隠は嬉しそうに目を細めた。
剣士の中には、隠を見下すような人間もいるが、深月は対等に扱ってくれる。それが嬉しかった。
深月にとっては、隠はありがたい存在だ。
今回のようにへまをした際、隠に上手く事後処理をしてもらっているので、槇寿郎や杏寿郎の説教やしごきから免れることがある。
付近の人を避難させてくれるし、怪我人の手当てもしてくれる。
それが剣士にとって、どんなに助かる行為か。感謝してもしきれない。
深月は、やはりまだ帰らず、事後処理が終わるまで周囲を警戒しておこうと思い、隠の一人にその旨を伝える。
隠は遠慮したが、万が一に備えて、剣士が居た方がいいだろう、と深月は考えた。
それならついでに手当てを、と隠が深月に手を伸ばした瞬間、町の方から耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。
次に、獣のような低いうなり声が聞こえてくる。
鬼だろうか。もしかして、本当は四体以上いて、残りの鬼は既に町に降りていたのかもしれない。
隠はびくっと震えて怯え、深月は日輪刀を抜いて、悲鳴が聞こえる方へ足を向ける。
「皆さんは逃げてください!何かあれば付近の仲間に鎹烏を飛ばして!」
「わ、わかりました……」
悲痛な叫び声と何かのうなり声が近付いてくる。
隠達はそれぞれ安全な場所へと身を潜める。
深月は日輪刀を構え、声が聞こえる方へ足を進めようとして、踏み止まる。視界の端に腰を抜かしている隠の姿を捉えたのだ。
まずは彼を逃がさねば、と深月は方向転換する。
隠の腕を掴み、一瞬で持ち上げて抱き抱える。そして、近くに居た別の隠に彼を預けた。
その瞬間、遠くの塀が、激しい音を響かせて吹っ飛んだ。
遠いのにその衝撃は深月達のところまで強く伝わり、腰を抜かした隠と彼を受け取った別の隠達が地面に転がる。
深月は飛んで来る塀の破片から彼らを庇うために、技を繰り出す。
「炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり!」
破片を全て薙ぎ払い、肩越しに振り返る深月。
「立てますか!逃げて!」
隠達は返事をするのも忘れ、腰を抜かした隠を抱えて下がっていく。
それを確認した深月は、破壊された塀の方へ視線を向ける。
そこはまだ土埃が舞っていたが、鬼特有の嫌な感じがした。
深月が鬼の攻撃に備えて日輪刀を一層強く握り締めると、土埃が晴れる前に、そこから人影が飛び出してきた。
一瞬、鬼かと身構えたが、気配が違った。
その正体を視認して、深月は目を見開く。
その人影は、先輩隊士だった。
深月に告白し、振られた腹いせに悪い噂を流し、最後には深月に大怪我を負わされた人物だ。
先輩隊士は、深月や彼女の周辺で逃げ惑う隠を見て、歪んだ笑みを浮かべた。
表紙 目次
main TOP