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第二章  二二


療養中の深月は、大人しく過ごした。
それはもう、これ以上ないくらいに。

家事は基本的に千寿郎や隠に奪われ──基、お願いし、稽古もしのぶの許可が出るまで我慢した。

家事に関しては、多少隠に頼るつもりだったが、まさか全てお願いすることになるとは思っていなかった。

外出する際も、必ず煉獄家の誰かか隠が付き添った。

一度、槇寿郎に付き添われた時は、申し訳なさと嬉しさで頭がこんがらがって、転んでしまった。
その時の、槇寿郎の心底呆れたような目を、深月は忘れられないでいる。

蝶屋敷では、少女達とあまり体を使わない遊びをして、彼女達との親交をさらに深めた。
真面目なアオイや何を考えているかわからないカナヲは、あまり相手をしてくれなかったが、どの少女も可愛かった。

そのうち、稽古の許可が降り、深月は体力の回復と稽古に明け暮れ、徐々に戦闘の感覚を取り戻していった。

そして、数週間後、漸く深月に任務の許可が降りた。

復帰後最初の任務は、当主が気を使ってくれたのか、杏寿郎と一緒と言われた。

杏寿郎と深月が任務を共にするのは、これが初めてではない。
師弟関係であり、長く同居していて、どちらも炎の呼吸を使う、などといった理由から、二人は戦闘時の相性が良く、同じ指令を受けることはまあまあある。

しかし、数ヶ月前に深月が謹慎処分を受けて以降、二人は任務を共にしていなかった。

それは、杏寿郎が断っていたからだ。
当時の彼は、自分が甘やかしたせいで深月が問題を起こした、と思い込んでいた。

今、その誤解は解けているので、杏寿郎も深月との任務を断る理由がない。

任務の準備を終えた杏寿郎は、深月の部屋の外から声を掛ける。

「深月、支度は出来たか?」
「はい。お待たせいたしました」

深月はすぐに答え、部屋から出てくる。
彼女はいつもの隊服に、杏寿郎の羽織を身に纏っていた。腰には鋼鐵塚に打ってもらった日輪刀を差している。

杏寿郎はふっと笑い、深月の額に口付ける。
突然のことに、深月は頬を赤く染め、どうかしたのかと首を傾げる。

そんな深月が可愛くて、杏寿郎は彼女を力一杯抱き締めた。

「やはり、君の隊服姿は素敵だ」

露出うんぬんの問題は解決していないが、それでも深月の隊服姿は、杏寿郎にとって清廉で美しいものだった。
そして何より、杏寿郎の羽織を嬉しそうに着ているところが一番ぐっと来る。

深月は杏寿郎の胸に手を添え、杏寿郎を見上げる。
すると、杏寿郎が額やら頬やらに口付けてくるので、深月は慌てて彼の胸を押した。

「杏寿郎さん、あの、もう充分ですから……」
「うーん。俺は充分じゃないんだが」

その言葉に深月は耳まで真っ赤にし、目を泳がせる。

そうは言っても、今夜は任務があるし、ここは廊下だからいつ槇寿郎や千寿郎が通るかわからないし、と深月は悩む。

悩んだ末、杏寿郎を満足させる方法を思い付いた。

深月は恐る恐る杏寿郎の首に腕を回し、彼の唇に自分のそれを重ねる。
少し長めに触れ合って、最後に彼の唇を舐めて離れる。

「とりあえず、これで……任務が終わるまで、我慢してください」

とても恥ずかしかったが、杏寿郎はこういうのが好きなのだろう、と深月は常々思っていた。
滅多に実行しないから、確かめたことはなかったが、蝶屋敷で自分から口吸いを求めたとき、杏寿郎はとても嬉しそうな顔をしていたのを思い出していた。

案の定、驚きに目を見開いていた杏寿郎は、蕩けるような笑顔に変わる。

「深月には敵わないな」

杏寿郎はそう言って深月を解放し、彼女の手を取って廊下を進み始める。

「任務前に、食事でもするか」
「お外で、ですか?」
「ああ、外で」

杏寿郎は深月を振り返り、優しく微笑む。
深月もつられて微笑んだ。

外で食事など、あまり機会がない。
任務に稽古に家事に、といろいろこなしていると、二人で出掛ける時間など殆ど取れない。

深月は煉獄家で過ごす時間も好きだが、やはり恋仲という関係上、杏寿郎と二人きりのお出掛けは胸がときめく。

「嬉しい。杏寿郎さん、私、幸せです」

深月は自然と、そう口にしていた。
杏寿郎は足を止め、振り返って彼女を見下ろす。

杏寿郎に合わせて立ち止まった深月は、少し頬を赤くしながらもにこにこと笑っていて、杏寿郎の手をぎゅっと握っている。

出会った頃の暗い面影は、もうどこにもない。
彼女の瞳が、表情が、仕草が、『幸せだ』と、『杏寿郎が好きだ』と言っている。

杏寿郎は自分の心臓が早鐘を打つのを感じていた。

「俺も、幸せだ。深月。好きだ、愛してる」

こんな言葉では言い表せないほど、目の前の女性が愛おしくて、杏寿郎は深月と額をくっつける。

深月は嬉しそうに目尻を下げる。

「私も、杏寿郎さんが好きです。愛してます」

ずっとお側に置いてくださいね、と笑う深月に返事をしながら、杏寿郎は改めて、彼女をこの世で一番大切にしよう、と思った。

ふと、いつだったか同僚の剣士が、『恋人に簪と着物を贈った。女性はそういう表現が好きなのだ』と幸せそうに言っていたのを思い出す。

杏寿郎は、まず簪を買って贈ろう、と早速考える。
今まで機を伺いすぎて、深月に簪を贈ったことはなかった。

着物については、自分も父も深月のために仕立てたことがあるが、それは彼女があまりにも着替えを購入しないからで、特に意味はなかった。

どういう簪がいいか、と杏寿郎は悩む。
一層のこと、簪も着物も紅も、全て贈ろうか。

どれも似合うだろうが、それらを渡すときのことを想像すると、今から心臓が止まりそうになって、杏寿郎は幸せそうに苦笑した。




第三章へ続く






 




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