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第三章  一


煉獄杏寿郎は、悩んでいた。

一体いつ、深月に求婚しようか、と。

簪も、着物も、紅も。
深月が好きそうな品はいくつか見つけた。
全て購入するくらいの自由にできる金もある。

しかし、深月は贅沢を好まない。
あれこれいくつも買ってしまえば、求婚する前に怒鳴られるだろう。
かといって、簪一本などでは、想いを充分に伝えられない。

深月に怒られない程度で、想いも充分に伝わるようにと考えれば、簪、着物、紅、とそれぞれ一種類ずつに決めるのがいいだろう。

だが、そもそもそういう求婚を彼女は好むのだろうか。
物は要らない、言葉だけでいい、と言われるかもしれない。

思考はふりだしどころかそれより前に戻り、杏寿郎は誰にも気付かれないよう、小さく溜め息を吐く。

まだ何も決められずにいるが、決めたところで求婚というのは意外と勇気が要るものだ、と内心頭を抱えていた。

深月への愛情は、何度も言葉にしてきた。
その度に、彼女は恥ずかしそうにしたり、嬉しそうにしたり、可愛らしい反応をしてくれる。

深月も自分のことを好いてくれている。
これは間違いない、と杏寿郎も自信を持てた。

だがしかし、だ。
一生を添い遂げるとなれば、話が別ではないだろうか。

ましてや、杏寿郎は鬼狩りの名門、煉獄家の長男。
その妻ともなれば、それ相応の格や責任を求められる。

深月は昔、そこそこの商家の娘だった。今は鬼殺隊で活躍する剣士の一人だ。
杏寿郎は気にしないどころか大歓迎だが、彼女の生い立ちは、世間一般では婚姻に相応しい女性とは言えないだろう。
しかも、もし煉獄家の嫁になれば、将来的には子を産まねばならない。妊娠したら、任務は出来なくなるだろう。

さらに言えば、深月と恋仲になって二年以上経つが、彼女が妊娠したことはない。
まぐわいの頻度の問題もあるだろうが、聞けば彼女は月のものが不順だという。

それらを深月が重荷に感じてしまったら、と思うと、求婚には踏み切れなかった。

そんなことをひたすら悩んでいたら、気付けば数ヶ月経っていた。

当の深月は縁側で、日輪刀の様子を見に来た鋼鐵塚と、みたらし団子を食べながらお喋りをしている。

人の気も知らないで随分楽しそうだな、と杏寿郎はそれを庭から嫉妬混じりに眺める。

「もっと筋力があれば、暗器に頼る必要もないだろう」
「鍛えてるんですけどね、こればっかりは体質が影響しますから……あ、そういえば鋼鐵塚さんが打ってくださった小刀なんですけど、ちょっと使い勝手悪くて」
「はああああ!?ふざけるな!お前の使い方が悪いんだ!」
「お前じゃなくて深月です。抜くときに、ちょっと引っ掛けちゃうんですよ」

杏寿郎は二人の会話を聞いて、感想を改めた。
楽しそうじゃない。いつ喧嘩に発展するかわからない。

深月は食べ終わった団子の串を小刀に見立て、隊服の裾に入れ、そこから抜く動作をする。その際、裾が一瞬だけ捲れる。

普段から、深月は裾、袖、懐など、いろんなところに暗器を仕込んでいる。その中でも一番取り出しやすいのが裾で、小刀も太腿に固定して仕込んでいる。

小刀は鞘に納めねば、持ち歩くことが出来ない。
しかし、鞘に納めた状態で仕込めば、取り出す際に一瞬の遅れが生じる。

その遅れが、深月は気になっていた。

「あと、たまに裾を切っちゃうんですよねー。下向きに固定できませんか?抜いきたいときだけ落ちてくる感じで……」

そう言いながら、深月は裾を捲って、固定している小刀を鋼鐵塚に見せる。
串をそこに添えて、小刀を下向きに抜きたい、と説明を続ける。

その光景が、杏寿郎には理解できなかった。

深月が捲っているのは、隊服の裾だ。

彼女の隊服の形状を、行灯袴ではなく『スカート』という名称なのだと、杏寿郎は最近知った。
いや、今そんなことはどうでもいい、と杏寿郎は首を振る。

そのスカートとやらの裾を捲れば、彼女の白い太腿が見える。
鋼鐵塚は、担当の刀鍛冶とはいえ男性だ。
一瞬だけ捲れるならともかく、見せつけるように捲るなんて、年頃の娘としても恋人がいる身としても正気の沙汰とは思えず、杏寿郎は少し苛々し始める。

鋼鐵塚の手が、深月の太腿に伸びる。
正しくはだが。杏寿郎の目には、そう見えた。

ついに、杏寿郎は無言で二人に駆け寄り、その間に割って入った。

「えっ、どうしたんですか?」

深月は驚いた顔で杏寿郎を見上げる。
杏寿郎は深月の裾を戻し、それを強めに押さえた。

「いくら重要な話とはいえ、はしたないだろう!」

そして、いつもより少しだけ大きい声で言う。
つい裾を押さえる手に力が入ってしまい、太腿をぎゅっと握ってしまう。

「いっ!杏寿郎さん、痛いです」

指が太腿にめり込むほどの握力で握られ、深月は眉をしかめる。
しかし、杏寿郎は手を離そうとしない。

深月は杏寿郎の手首を掴んで、離してほしい、とお願いする。

「痛いですってば!何怒ってるんですか?」
「怒ってなどいない!」
「すごく怒ってるじゃないですか!何なの、もう……」

深月が呆れたように溜め息を吐くと、杏寿郎は眉をぴくりと動かし、深月の太腿を離してから、彼女と鋼鐵塚の間に座り込んだ。
団子が乗っていた皿は、ちゃんと奥に押し退けて。

鋼鐵塚は、他人事のようにひょっとこの下で団子を頬張っている。

杏寿郎の行動の意味がわからず、深月は首を傾げる。
こういう場合、どうしたのか尋ねても、きっと答えは返ってこないだろう。

深月はまた溜め息を吐いて、スカートの裾を捲って、ズキズキと痛む太腿を確認する。

「痛い。跡ついちゃった」

そこには、杏寿郎の手形が赤くついていた。
小刀を固定していたベルトも一緒に食い込んいたようで、ベルトをずらせばその跡もくっきり残っている。
スカートの上からこれだけ跡をつけるなんて、どれだけ力を込めていたのだろう。

冷やさないといけないかなあ、などと深月が考えていると、彼女の行動を見ていた杏寿郎がスカートの裾を掴んでぐっと下げた。

「そういうところだ!!」

少し怒りと焦りを含んだその大声は、深月と鋼鐵塚の耳にキーンと響いた。





 




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