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分岐:原作準拠 最終決戦
※本誌、最終23巻未読の方はネタバレ注意です!
【前提条件】
・原作準拠なので杏寿郎は無限列車で死亡済
・深月について
杏寿郎の死後、炎柱就任済
(炎柱の羽織は着ず、杏寿郎の羽織も着なくなっている)
杏寿郎死亡時から、ずっと泣いていない
復讐に捕らわれて、ただ鬼を斬っていた
無限城では炭治郎、冨岡と共に猗窩座と戦った
猗窩座を倒した後、漸く杏寿郎を想って泣くことができた
無惨戦の最中、左腕の二の腕の途中から欠損
死にかけ
死にかけてるとこから急に始まりますよ!
目蓋が重く、どうにも開けられそうにない。
ゆっくり息をする深月の体から、徐々に力が抜けていく。
「深月さん……死なないでください、深月さん……」
手当てをしていた隠達が深月を呼ぶが、彼女は反応しない。呼吸もだんだん弱くなっていく。
隠が彼女の命を諦めたとき、どこからか叫び声聞こえてきた。
集まれ、と。
何事かと隠達は声のする方を向く。
「炭治郎が鬼にされた!!」
信じられない言葉に、隠達は呆ける。
声は冨岡のものだった。ふざけているようには聞こえないし、こんな時にふざけるような人はないだろう。
「深月さん、ごめんなさい……」
「最期まで、側にいられません」
隠達はそれぞれ深月に謝り、声のする方へ向かっていった。
『深月』
一人残された深月は、うっすら目を開ける。
最愛の人の声が聞こえた気がしたからだ。
目蓋はとても重かったが、その姿を見たくて、なんとか目を開けると、傍らで膝をつき、優しく微笑んでいる杏寿郎が見えた。
深月は、へにゃっと笑う。
「杏寿郎さん」
迎えに来てくれたのだ、と思った。
みんなで頑張って、頑張って、頑張って、最大の敵を倒した。褒めてくれるだろうか。その大きな手で撫でてくれるだろうか。
そう期待して、深月は杏寿郎に右手を伸ばす。
「杏寿郎さん、私、頑張ったの……途中まで間違ってたけど、炭治郎君が一緒に泣いてくれてね、幸せだったことを思い出して……」
『ああ、見ていた。たくさん頑張っていたな』
杏寿郎は深月の手を取り、そっと両手で包む。
そして、何故か悲しそうに笑う。
どうしたのかと深月が首を傾げると、杏寿郎は顔を近付けてきて、額を合わせてきた。
『すまないが、もう少しだけ頑張ってくれないか?』
その言葉に、深月は一瞬固まった後、辛そうに眉を下げて、ぽろぽろと泣き出してしまう。
「無理。もう動けない。私、頑張ったのに……どうして、そんなひどいこと言うの……?」
最期の最期まで、厳しくしなくたっていいじゃないか。
もう充分頑張っただろう。誰にも頼らず戦って、柱にまでなった。
家族を失って、杏寿郎を失って、左腕とたくさんの仲間を失って、みんなと死に物狂いで無惨を倒した。
これ以上、何を頑張れと言うのか。
『竈門少年を助けたいんだ』
「……炭治郎君?」
『ああ。だから、あと少しでいいから、頑張ってくれ。無理を強いてすまない。終わったら、いっぱい甘やかしてやるから……お願いだ』
杏寿郎の目に涙が溜まる。
初めて見た彼の涙に驚いて、深月の涙は逆に引っ込んだ。
そのうち、杏寿郎の目に溜まっていた涙は溢れて、ぽたぽたと深月の顔に落ちていく。
温度は感じなかった。それでも、降ってくる涙は温かい気がして、深月は小さく微笑んだ。
「頑張ったら、甘やかしてくれるの……?」
『うん。何でも言うことを聞こう』
「約束?」
『ああ、約束だ。愛してるぞ、深月』
そう言って、杏寿郎が口付けてきたので、深月はそっと目を閉じる。
唇が離れて、目を開けると、もう杏寿郎の姿はどこにもなかった。
幻覚だったのだろうか。都合の良い夢でも見ていたのだろうか、と深月は考える。
しかし、頬には降ってきた涙の感触が、唇には優しい口付けの感触が、それぞれ残っていた。
身体中痛くて、特に左腕は失ったはずなのに熱く感じるくらいだ。本当だったら、もう既に死んでいただろう。
それでも、愛する人の頼みは断れない。しかも、ご褒美付きと来た。
深月は深く息を吸い、日輪刀を支えにして立ち上がった。
ふらつく足取りで、騒ぎが起こっている方へ向かう。
そこには、無惨のような触手を背中から生やした炭治郎が居て、彼に禰豆子がしがみついている。
付近の瓦礫には伊之助、地面には善逸。
炭治郎の攻撃は、冨岡が一人で捌いていた。
悪夢のような光景だ、と深月は思った。
彼らが一体何をしたというのだ。
一人で死ねばいいものを、炭治郎を巻き込んで。
腹の底から無惨に対する怒りが湧いてきて、深月は日輪刀を強く強く握り締める。
すると、暗い血の色だった彼女の日輪刀は、鮮やかな赫色に変わっていく。
その間にも、炭治郎は周囲を攻撃し続ける。
深月は刀を頭の右脇に構えた。
途中までしかない左腕も、まるで刀を握っているかのように一緒に構える。
「炎の呼吸 奥義──」
一旦目を閉じ、杏寿郎のことを想えば、燃えるような力が体の奥から湧いてきた。
(心を燃やせ)
目を開け、前方へと足を踏み込む。その衝撃で、地面が割れた。
「玖ノ型 煉獄!!」
深月は、炎の龍を象る斬劇を繰り出す。
狙うのは炭治郎ではなく、彼の背中から生えている触手だ。
肉は一切抉らず、代わりに触手を片っ端から切り落とす。
鬼だとわかってはいても、炭治郎自身を斬りつけることが、深月にはできなかった。
触手にも痛覚があるのか、炭治郎が獣のような咆哮を上げる。
攻撃の主が深月だと気付き、炭治郎は爪が鋭く変形した腕を、彼女に向かって振り上げる。
「お兄ちゃん、だめ!!」
禰豆子が叫ぶが、その声も今の炭治郎には届かない。
腕は止まらず、深月の左肩を抉った。
しかし、深月は怯まず残りの触手を一気に切り落とす。
そこで限界が来て、何歩か後退ってから、仰向けに倒れこんだ。
その直後、炭治郎の視界に、別の人影が飛び込んできた。
カナヲだ。
倒れた深月よりもカナヲのほうが危険だと感じたのだろう。炭治郎は、カナヲに向かって腕を振り上げる。
彼の爪はカナヲに届き、彼女の体から血が噴き出る。
それと同時に、カナヲが持っていた薬も、炭治郎に届いた。
「炭治郎、だめだよ。早く戻ってきて。禰豆子ちゃん泣かせたらだめだよ……」
泣きながらそう言って、カナヲは地面に伏す。
「カナヲちゃん」
禰豆子は涙に濡れた瞳で、カナヲを見つめて彼女の名前を呼ぶ。
炭治郎の動きは止まり、彼の心臓がドクンと大きく脈打った。まるで、何か変化が起きたかのように。
*****
「戻ったあああああ!!」
「炭治郎だあああ!!」
歓声が聞こえて、深月は目を覚ました。
仲間の喜ぶ声が聞こえて、炭治郎は鬼ではなくなったのだと安心する。
少し視線を動かせば、側にいる二、三人の隠が見えて、深月は彼らに声を掛ける。
「私は、もういいので……炭治郎君の側に、行ってあげて……」
「そんな!深月さんを一人にできません!」
隠は泣きながら首をぶんぶんと横に振るが、深月は彼らに優しく微笑みかける。
「杏寿郎さんが居るから、大丈夫です……」
その一言で隠達は黙り込み、大粒の涙を溢す。
もう、深月は助からない。それはわかっていたが、その一言が止めだった。
既に亡くなった最愛の人を、彼女の瞳は映している。
隠の一人は頭巾を取り、精一杯の笑顔を深月に向ける。
「深月さん、生まれ変わったら……いいえ、生まれ変わっても、煉獄さんとお幸せに」
深月は微笑んだまま目を閉じる。
「ありがとう。皆も、幸せに……」
それが、最期の言葉だった。
*****
深月は見知らぬ場所に立っていた。
そこは真っ白で、明るくて、何もない。
でも、春の日差しの中のように暖かい場所だった。
深月は体が全く痛まないことに気付いて、下を向く。
失くなったはずの左腕がある。逆に怪我はなくなっていて、血も出ていない。
破れたはずの隊服は元通りになっていて、着るのをやめたはずの杏寿郎の羽織を着ていた。
「深月」
大好きな声で呼ばれて、深月は振り返る。
そこでは、杏寿郎が満面の笑みで、両手を広げて立っていた。
深月は笑顔になって駆け出し、その胸に飛び込む。
「杏寿郎さん!」
「深月、お疲れ様」
杏寿郎は深月を受け止め、力一杯抱き締める。
深月は何度も杏寿郎の名前を呼び、彼の胸に頬擦りをする。
その様子に杏寿郎は目を伏せて微笑み、深月の頭を優しく撫でる。
「よく頑張ったな!凄いぞ!」
「もっと褒めて、褒めて!甘やかしてくれるんでしょう?」
そう言って、深月は杏寿郎の背中に腕を回し、顔を上げて目を細める。
その可愛いようで妖艶な笑みに杏寿郎は硬直し、瞬時に赤面する。
その顔には以前のような余裕が一切感じられず、深月はくすくす笑う。
笑われたことで正気を取り戻した杏寿郎は、咳払いをして、また微笑む。
「そういう約束だったからな。何をしてほしい?」
「えっと、まずは……」
深月は少し背伸びをして、杏寿郎の唇に自分の唇を重ねた。
杏寿郎は一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに閉じて、深月の後頭部に片手を添える。
しばらくして離れると、深月ははにかんで、こう言った。
「今度こそ、私をお嫁さんにしてね」
堪らず深月の顔を引き寄せ、今度は杏寿郎から口付ける。
「もちろんだ」
杏寿郎は幸せそうな笑顔で、そう返事をした。
次はどちらからともなく唇を合わせる。
何度も誓いの口付けを交わしてから、お互い額をくっつけて笑い合った。
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