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第三章 二六
その夜、深月は腕によりをかけて夕餉を作った。
食べてくれないだろうとは思いつつ、でも一品だけでも食べてくれるといいなとも思い、槇寿郎の部屋にも夕餉と酒のつまみを置いておく。
久々の深月の手料理を、杏寿郎と千寿郎は美味しそうに食べてくれて、深月は嬉しくなった。
夕餉を終え、湯浴みを終え、深月は自室で杏寿郎を待つ。
髪を拭きながら、布団はどうするかうんうん唸って悩む。
何年経っても、回数を重ねても、未だにこういうことは慣れない。
もう今夜は抱かれると確定しているのだから、布団は敷いておいた方が、杏寿郎の手間を省ける。
しかし、やはり布団を敷いて待つなど恥ずかしくないだろうか。
準備を整えて待っていた方が、杏寿郎は喜ぶだろうか。
「いや、でもなあ。杏寿郎さんだしなあ」
ここ数年で深月が学んだことは、彼は存外、状況や場所を気にしない、ということだ。
布団の上以外で抱かれたことも、一度や二度じゃない。
今までの行為の数々を思い出すと恥ずかしくなってきて、深月は無心で髪を拭く。
ある程度拭けた頃、廊下から足音が聞こえてきて、深月は肩を跳ねさせる。
足音は障子の前で止まり、声が掛けられる。
「深月。いいか?」
「……ど、どうぞ」
深月が吃りながらも短く返事をすれば、寝間着姿の杏寿郎が部屋に入ってくる。
杏寿郎は障子をそっと閉め、深月の側に座った。
それから、深月をじっと見つめて、彼女の髪を触る。
まだ少し濡れているそれを一房手に取り、口元に持ってくれば、石鹸の香りがした。
杏寿郎の仕草に、深月は頬を染める。
何をやっても絵になるなあ、などと他人事のように思いつつ、これからのことを考えると身体は強張っていく。
もう何週間、いや何ヵ月ぶりになるだろうか。
なんとなく不安になってきて、深月はぎゅっと膝の上で拳を握る。
深月があからさまに緊張しているのがわかり、杏寿郎は困ったように笑って、深月の拳を覆うように手を添える。
「少し話をしようか」
杏寿郎の提案に安心して、深月は頷く。
思い付きで話をしようと提案したものの、何を話そうか、と杏寿郎は暫し悩む。
そして、今日の出来事を話すことにした。
「今日、柱に任命された」
「あ、おめでとうございます」
反射的に口にした後、深月は首を傾げる。
今、杏寿郎は何と言ったか。柱に任命された、と言わなかっただろうか。
「……ええ!?」
「反応が遅いな」
杏寿郎はふっと微笑んで、続きを話す。
今日、本部に呼び出され、正式に柱に任命された、と。
その帰り際、隠に深月の居場所を尋ねたのだ、と。
「その隠が、偶々深月の居場所を知っていてな。運が良かった」
なるほど、と深月は心の中で納得する。
本部に呼び出されていたから、『この後は休みだ』という言い方をしていたのか、と。
そして、隠にとっては運が悪かっただろう、と同情する。
隠の青ざめた目元を思い出し、今度お詫びに何かお菓子でも持っていこう、と考える。
そこで、深月はあることに気付く。
「じゃあ、槇寿郎様は……」
「ああ。正式に引退だ」
「そうですよね」
そうなるだろうとは思っていたが、正式に決まると辛かった。
深月は俯き、杏寿郎は慰めるように彼女の肩を抱く。
「そう言えば、羽織だがな、俺の部屋に置いてあった」
おそらく、杏寿郎が本部に行っている間に、槇寿郎に伝令が来たのだろう。自身の引退と、息子の柱就任について。
槇寿郎が身に纏っていた羽織は、代々炎柱のみが纏うことを許されているものだ。
炎柱でなくなった槇寿郎が纏うことはないし、杏寿郎が受け継ぐのは当然だろう。
槇寿郎は、それを手渡すこともなく、無造作に息子の部屋に放り込んでいたようだ。
「羽織の手入れを頼めるか?」
「はい。早速明日にでも」
とにかく、杏寿郎が正式に柱になったのは喜ばしいことだ。羽織の手入れを任されるのもありがたい。
深月は嬉しそうに笑って頷く。
「明日か……」
杏寿郎は意味深に呟いて、深月の頬に手を添える。
深月がどうしたのだろう、と首を傾げていると、杏寿郎は妙に色っぽく微笑んだ。
「明日、まともに立てると思っているのか?」
そう言って、ぐいぐいと深月を押し倒す。
天井が見えたところで、深月は杏寿郎が何をしに来たのか思い出し、真っ赤になる。
杏寿郎の顔が近付いてきたが、せめてもの抵抗で、布団を敷いてほしい、と懇願した。
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