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第三章  二五


深月は杏寿郎と別れ、千寿郎を探していた。

槇寿郎が自室に居るのはわかっていたし、先に謝罪しに行くべきは、家長である槇寿郎だ。
しかし、怒られたらと思うと怖くて、先に千寿郎と話をしておこう、と思ったのだ。

悪いのは自分だと分かっている上、いい年なのだから、怒られるのが怖いというのも情けない話だが。

拳骨の一発くらいは覚悟しておかねばならない。

「槇寿郎様の拳骨、痛いんだよねえ……」

想像するだけで、頭蓋骨が割れそうな気がした。

深月は静かに家の中を歩き回り、庭で洗濯物を干している千寿郎を見つけて声を掛ける。

「千寿郎君。ただいま」
「深月さん!おかえりなさい!」

千寿郎が深月を振り返り、駆け寄ってくるので、深月も庭に降り立ち、千寿郎に歩み寄る。

千寿郎は深月に飛び付き、深月はそれを受け止める。

「ごめんね、長いこと帰らなくて。一人で家の事、大変だったでしょう」
「いいえ。帰って来てくださったので、大丈夫です」

すがり付くように抱き締めてくる千寿郎が可愛くて、深月はふふっと声を漏らして微笑む。
なんていい子なんだろう、と思いながら、彼の頭を撫でる。

少しすると、千寿郎はなんだか恥ずかしそうな顔で離れていく。

それを見て、もうそんな年頃になったのだろうか、と深月は少し寂しく感じてしまう。

千寿郎は照れたように笑った後、洗濯物を干すのを再開した。
深月がそれを手伝い始めると、千寿郎は恐る恐るといった様子で深月に尋ねる。

「あの、兄上とのお話はどうなりましたか?」
「えっ」

深月は洗濯物を持ったまま硬直する。

まさか、千寿郎も結婚話を知っているのだろうか。
いや、杏寿郎の弟なのだから、杏寿郎が話していてもおかしくはない。ということは、もしや槇寿郎にも伝わっているのだろうか。

深月の脳裏に、すっかり忘れていた過去の記憶が蘇る。
初めて煉獄家に来たとき、千寿郎は深月が自分の義理の姉になるものだと思っていた。

今も同じ期待をしていたらどうしよう。自分は結婚に踏み切れていないのに、と深月は顔を青ざめさせる。

彼女の顔色を見て、千寿郎は悲しそうに眉を下げる。

「兄上とのご結婚は嫌でしたか?」
「嫌じゃないよ!嫌じゃないんだけど……」

深月はおろおろしながら、千寿郎に事情を説明した。

家柄や傷跡うんぬんではなく、自分の性格上、もう少し杏寿郎に相応しくなるまで待ってもらうことにした、と。

それを聞いて、千寿郎は目を輝かせる。

「じゃあ、いつかは兄上と結婚されるんですね!」
「うん、そうだね。その予定」

その顔は杏寿郎とそっくりで、さすが兄弟だな、と深月は感心する。

それなら、と千寿郎は目を輝かせたまま続ける。

「深月さんが、姉上になるんですよね!」

深月は驚いたような顔になり、すぐに優しく微笑む。

「そうだね。千寿郎君は私の弟になるね。もうずっと、弟みたいに思ってるけど」

千寿郎は嬉しそうに笑い、深月は彼の頭を撫でた。

もう、千寿郎に「姉上」と呼ばれても、末の弟を思い出して呼吸困難になることはなさそうだった。


*****


千寿郎と洗濯物を干し終わった深月は、暗い顔で槇寿郎の部屋の前に立っていた。

これから怒られると思うと、気が重かった。

どうにか決意を固めて、声を掛けようとした瞬間、障子が内側から開いた。

「いつまでそこに立ってるつもりだ」
「す、すみません……」

酒瓶を持った槇寿郎に見下ろされ、深月は冷や汗を流しながら彼を見上げる。

槇寿郎は「用があるなら早くしろ」と部屋の中に入っていき、部屋の真ん中の万年床にどかっと座る。

一応こちらを向いてくれているし、部屋に入ってもいいということか、と深月は一歩二歩と前に進み、静かに正座する。
そして、深々と頭を下げた。

「長く家を空けてしまい、申し訳ございませんでした」

槇寿郎は、何も言わずに酒を煽る。

深月はゆっくりと顔を上げ、槇寿郎の様子を伺う。
彼はつまみも食べず、ただ酒だけを飲んでいた。

「あの、槇寿郎様。お身体に障りますので、何かつまみをお作りしましょうか……?」
「お前は、いつから俺に小言を言えるくらい偉くなったんだ」

冷たい物言いに、深月はひゅっと息を詰まらせ、再び頭を下げる。

「大変失礼いたしました」

二人の間に暫く沈黙が流れ、槇寿郎は気まずそうに口を開く。

「……杏寿郎と結婚するのか?」
「えっ、あ、はい。その、今すぐというわけではないんですけど……」

やはり、槇寿郎も聞いていたのか。
深月は顔を上げ、居住まいを正し、千寿郎にしたように槇寿郎にも事情を説明する。

槇寿郎はそれを聞いて、特に否定も肯定もせず、深月に下がるよう言った。

深月は大人しく従い、槇寿郎の部屋を後にする。

怒鳴られもしなかったし、拳骨もなかった。
でも、なんだか怖かった。結婚話も、良いとも悪いとも言ってくれなかった。

彼のことだから、『鬼殺隊を辞めて家庭に入れ』とでも言われるかと思っていたのに。

きっと、槇寿郎はもう引退するのだろう。
そうしたら、杏寿郎が次の炎柱になるのだろう。

槇寿郎があの羽織を纏っている姿を見れなくなるのが寂しくて、深月は唇を噛み締める。

憧れた二番目の父は、居なくなってしまったのだ、と。

それでも、槇寿郎のことは嫌いになれなかった。





 




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