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悪夢


深月は夢を見る。
家族が殺された夜の惨劇の夢を。



談笑中にお茶を淹れに行き、戻ってきて障子を開けた瞬間のことだった。

目の前で、バラバラになった両親と弟妹達。

末の弟だけはバラバラにならず腕を怪我して、小さな体から大量の血を流して倒れる。

深月は末の弟を抱き寄せ、彼の袖をきつく縛った。
ふと、天井から何かの息遣いが聞こえた。

上を見ると、異形の鬼が居て、深月は息を呑んだ。


*****


『深月』

両親が、自分を呼ぶ。

『姉上』
『姉様』

弟妹達が、自分を呼ぶ。

深月がそれに応えようとした瞬間、家族の体は一瞬でバラバラになって崩れ落ちた。

深月は口を両手で覆い、顔を真っ青にして後退る。

「あ、やだ……嫌だ……」

とん、と何かが背中にぶつかり、深月は振り返る。
その何かを見て、頭を抱えるようにして蹲る。

『姉上』

何かが──胸から上がない弟が、深月を呼ぶ。
家族がそれぞれ、深月に言う。

『深月、今の生活は楽しいか?』
『生き残ってよかった?』
『もっと遊びたかった』
『姉様……体中が痛いの』
『姉上は痛くないの?』

末の弟が、無くなった顔にあったはずの口で、深月に尋ねる。

『どうして、一緒に死んでくれなかったの?』

深月は大粒の涙を溢す。それは地面にや自分の膝にボタボタと落ちて、落ちた端から血の色に変わっていく。

「ごめん……ごめんなさい!ごめんなさい!!」

ひたすら謝る。末の弟に、両親に、弟妹達に。

夢なら覚めてくれ、と願わずにはいられなかった。


*****


「深月……深月!起きろ!」

肩を大きく揺さぶられ、深月は目を覚ました。

真っ青な顔で目を見開いて、ゆっくりと辺りを見回す。
すぐ側には、汚れた隊服と羽織を身に纏った杏寿郎が居た。

「きょ、じゅろ……さん?」

深月がたどたどしく名前を呼ぶと、杏寿郎は深月の頬や目尻を指で拭った。

それによって、自分が泣いていることに気付く深月。

「すまん。辛そうだったので、起こしてしまった」

杏寿郎はそう言って、困ったように笑った。

彼は、早めに終わった任務から帰宅し、深月の呻き声に気付いた。
また悪夢を見ているのだろう、と様子を見に来たところ、深月がいつも以上に魘されていた為、彼女を起こしたのだ。

深月はゆるゆると起き上がり、杏寿郎に頭を下げた。

「すみません……お疲れのところ、ご迷惑を……」
「心配はしたが、迷惑ではない!」

杏寿郎は太陽のような笑顔を浮かべ、深月を安心させるように頭を撫でる。

深月はそれに少しほっとして目を伏せる。涙は止まらない。

杏寿郎は深月の頭から手を離し、彼女の涙を指で優しく拭う。
次から次へと溢れてくるそれは、拭っても拭ってもきりがなかったが、杏寿郎はずっと笑顔のままで、文句一つ言わなかった。

しばらくして、落ち着いた深月は、寝間着の袖で杏寿郎の手を拭き始めた。
自分の涙でべしょべしょにしてしまったその手は、男性らしく骨ばっていて、長年の鍛錬によって分厚く硬くなっている。でも、とても優しい手だ。

拭き終わった後も、深月は杏寿郎の手を離さなかった。
杏寿郎の手を握っていると安心するので、無意識にそうしてしまった。

それに杏寿郎は少しどきどきして、誤魔化すように言う。

「このまま寝れんだろう!茶でも淹れるか?」

そして、立ち上がろうとして、深月の手が離れないことに気付いた。

「深月?大丈夫だ、すぐ戻ってくるぞ!」

深月は俯いて、杏寿郎の手を握り締める。
彼女の手は震えていて、きっと心細いのだろう、と杏寿郎はその小さな手を握り返した。

まだ雑用ばかりの彼女の手は、水仕事などで少し荒れていたが、柔らかくて冷たかった。

ふと、深月が顔を上げる。

「一人にしないで……」

泣きそうな顔で乞われ、杏寿郎は一瞬言葉に詰まる。

疚しいことなど何もないのに、側に居てやりたいのに、なんだかこの場を離れなければいけないような気になった。

「では、一緒に行こう」

杏寿郎は気を取り直して立ち上がり、深月の手を引き上げた。


*****


結局、お茶は深月に淹れてもらい、二人で深月の部屋に戻る。

杏寿郎はお茶を飲むが、深月は湯呑みを持ったままで口をつけない。
それを見て、杏寿郎は自分の湯呑みをお盆に置き、深月の湯呑みも取り上げて同じようにお盆に置いた。

行き場をなくした彼女の両手を包むように握り、顔をのぞきこんで目を合わせる。

「今日は、いつもより夢見が悪かったのだろう?悪い夢は、人に話すと楽になると聞いたことがある」

よければ教えてくれ、と杏寿郎は微笑む。

深月は少しの間悩んでいたが、やがて震える唇をゆっくりと動かす。

「家族が、私に言うんです……『今の生活は楽しいか』って……」

深月は、夢の内容を杏寿郎に話した。
あの夜の惨劇だけでなく、家族が自分を責める夢を見るのだ、と。

上手くまとめて話すことができなかったが、杏寿郎は相槌を打ちながら、最後までそれを聞いた。

聞いてから、深月に尋ねた。

「君の家族は、君を責めるような人達なのか?」

深月は驚いたように目を見開き、首を横に振った。

杏寿郎は、深月を抱き締めて目を伏せる。
小さい子にするように、とんとんと背中を叩いてやる。

「夢で深月を責めているのは、君自身だ。辛くて、苦しくて、きっと自分を許せないんだろう」

その優しい声音と背中を叩く手が心地好くて、深月も目を伏せる。

「だが、深月は悪くないんだ。そんなに自分を責めないでくれ」

杏寿郎は、深月を抱き締める腕に力を込める。

「死なないでくれ、深月。俺と……俺達と一緒に生きてくれ」

深月は全く動かず、うんともすんとも言わなかった。

そういえば、汚れたままで抱き締めてしまった。
怒ったのだろうか、と杏寿郎は深月の様子を見る。

深月は杏寿郎に体を預け、穏やかな寝息を立てていた。

杏寿郎は一瞬ぽかんとした後、ふっと笑って、深月を布団に寝かせた。







 




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