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深月は小さい頃から、同じ夢をよく見ていた──というより、ほぼ毎日のように同じ夢を見る。

その夢をいつから見始めたのか、深月もよく覚えていなかったが、杏寿郎と出会うより前、ということだけはわかっている。

何故なら、杏寿郎と出会った日、彼を見た第一印象は『あ、夢に出てくる人だ』だったからだ。
その時は、夢の中の人物が現実にいることに驚いて、一目散に逃げてしまったが。

そして、それと似たような感覚は、中学に上がってからも何度かあった。

宇髄、冨岡、不死川、伊黒。

杏寿郎の友人である彼ら四人と初対面の時にも、『夢の中の人だ』と思ったのだ。

彼らだけでなく、その後出会ったカナエや彼女の妹達にも、高校に入って開拓したパン屋のまだ小さい兄妹にも、同じ印象を受けた。
他にも何人か、町で夢の中の人物を見掛けた。

その夢の中で、杏寿郎も彼らも学ランや袴のような服を着て、日本刀のようなものを持って、人間ではない何かと戦っていた。

それは、深月も同じだった。

深月自身も夢の中では、彼らと似たような格好で、人外の化物と戦っていた。

一体、あの夢は何なのだろう。
どうして、出会う前から彼らが夢に出てきていたのだろう。

疑問には思うが、こんなことを誰かに話しても、頭のおかしいやつと思われるだけだ。

今日も深月は同じ夢を見る。

夢の内容は断片的だが、いつも同じところで終わる。

人外の化物どころか汽車と戦って、杏寿郎の胸に穴が開いて、彼が死にかけて──

そこで毎回目が覚めるので、夢の中の杏寿郎がどうなったかはわからない。
まあ、胸に穴が開いて死なない人間はいないだろう。

「今日も同じ夢か」

ぽつりと呟いて、深月は起き上がる。

幼少期はこのショッキングな夢を見る度泣いていたが、高校生となった今では慣れてしまって涙など出ない。

杏寿郎の胸に穴が開くというのは、何回見ても気分が悪いが、今現在、杏寿郎は生きているのだから、引き摺る程のことでもない。所詮夢なのだから。

ただ、夢の割には毎回はっきりした感情があった。

夢の中の自分は、杏寿郎のことを心から愛しているという感情だ。

あまりにも感情がリアルすぎて、そのうち自分も杏寿郎のことを好きだと勘違いしてしまいそうなくらいだ。

実際、深月は今の杏寿郎への感情を、自分で理解できていない。
好きか嫌いかと言われれば好きだ。
彼は大切な幼馴染みだし、優しくて強くて、男女ともに人気がある。彼に触られても不快感はないし、むしろくっついていると安心する。

だが、それが異性に対する好きなのか、家族や友達に対する好きなのか、深月はここ数年判断できずにいる。

これも夢の影響なのだろうか。
もしそうだとしたら、自分が好きなのは、今の杏寿郎なのか、夢の中の杏寿郎なのか。

考えてもすぐに答えが出るような内容ではないので、深月はベッドから出て身支度を始めた。


*****


「おはよう、深月!」

顔を洗ってリビングに行けば数人の弟妹達に群がられている杏寿郎が居て、笑顔で挨拶をしてきた。
深月はさして驚く様子もなく、彼に笑顔を返す。

「おはよう。今日は早い日だったのね」

彼は毎朝、深月を迎えに来るのだ。
基本的には玄関の外で待っているが、今日みたいに早く来た日は、深月の母親が彼を迎え入れている。

深月の父親は、愛娘と仲が良すぎる杏寿郎に少し複雑そうな顔をしているが、彼の誠実さを知っているので口には出さない。

出された茶を啜ってから、杏寿郎は深月に太陽のような笑顔を向ける。
今日も、朝から深月の顔を見れたことで機嫌が良いようだ。

しかし、杏寿郎は少し眉を下げて、悲しそうな笑顔に変わる。

「今日は母上の体調が芳しくなくてな。稽古を早めに切り上げたんだ」
「そうなんだ……瑠火先生、大丈夫なの?」

深月は弟妹達を解散させてから杏寿郎の隣に座り、彼と同じように眉を下げながら朝食に手を付ける。
ちなみに、煉獄家の剣道場と書道教室に通っていた名残で、杏寿郎の両親のことを『先生』呼ぶ癖が抜けない。
どちらも高校入学前に辞めてしまったが。

「父上が病院に連れて行くと言っていたから、大丈夫だ!千寿郎もまだ小さいし、疲れたのだろう、とのことだ!」
「そっか。じゃあ、今日はご飯作りに行こうか?」

深月は両親を振り返り、「いいよね?」と声を掛ける。

今の話を聞いたら、娘の提案を却下するわけにはいかない。それに、もし帰りが遅くなっても、杏寿郎が深月を送ってきてくれるだろう。
深月の両親は快く頷いた。

深月は笑顔になって、杏寿郎に向き直る。

「やった!あとで槇寿郎先生に連絡してね」
「うむ。ありがとう。助かる!」

彼女や彼女の家族の心遣いが嬉しくて、杏寿郎は目を細める。

前世では、深月の両親と会うことができなかったが、今生の深月の両親は想像通りの人達だった。

人のために感情を動かすような愛情深い深月を育てた両親は、彼女と同じく心温かい人達だ。

そこで、深月の眉がまた下がった。
朝食の中に、嫌いな食べ物を見つけたからだ。

深月は、それを箸で取り、しれっと杏寿郎の口元に差し出す。

「はい、あーん」
「むっ……深月、好き嫌いは良くないぞ」

嫌いな食べ物を見て眉を下げている深月が可愛くて、しかも差し出された箸は今まで深月が使っていたもので。
少しどきどきしながらも、杏寿郎は平静を装って深月を諭す。
しかし、深月は再度「あーん!」と強めに言うだけだった。

その子どものような行動の愛らしさに負けて、杏寿郎は口を開ける。

深月はぱあっと顔を明るくさせ、杏寿郎の口に嫌いな食べ物を箸ごと入れる。

杏寿郎がそれらを口に含んだところで、深月の父親の大きな咳払いがリビングに響いた。





 




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