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煉獄杏寿郎は、物心ついたときには、なんとなく前世のことを思い出していた。
その記憶は断片的で、現実味はなく、夢の中の出来事のようだった。
しかし、ある日、ある出会いによって、一気に記憶は鮮明になり、全てを思い出した。
そのある日とは、まだ就学前のこと。
深月が初めて煉獄家に──正しくは、煉獄家の剣道場と書道教室に来た日のことだ。
*****
両親に手を引かれ、嫌々といった様子で、彼女はやって来た。
道場や教室の説明を受けている間も、両親の手を離さず、恐る恐る杏寿郎の両親である槇寿郎や瑠火を見上げていた。
説明も終わり、漸く帰れると思ったとき、竹刀を持った杏寿郎が、父である槇寿郎に稽古をつけてもらおうと走ってきた。
深月は大いに驚き、父親の足にぎゅうっとしがみついた。
そんな彼女を見て、杏寿郎は硬直した。
今まで夢の中の出来事だと思っていた記憶が、鮮明に蘇って、一気に頭の中を駆け巡った。
鬼殺の剣士として戦った日々。
その最中に出会って、恋をして、一生を添い遂げた女性。
その女性は、今、目の前に居る。
二人とも、同じ時代に生まれ変わったのだ。
どうしようもなく嬉しくなって、深月に駆け寄る杏寿郎。
深月はそれに気付いて、一目散に逃げ出した。
少なからず傷付いた杏寿郎は、しばらくの間その場に立ち尽くしていた。
*****
それからすぐに、深月に前世の記憶がないとわかった。
しかし、決して思い違いなどではなく、深月は深月だ。前世で結ばれた相手だ。
杏寿郎はとりあえず、深月と仲良くなるところから始めた。
積極的に、でも怖がらせないように話し掛け、彼女の心をほぐし、小学校に上がる前には近所で有名な仲良しになることはできた。
それから小学校で関係に変化はなく、中高一貫の学園の中等部入学時に前世の仲間と再会した。
仲間もそれぞれ前世の記憶を持っていて、杏寿郎の幼馴染みである深月は、前世での戦友である深月の生まれ変わりだと結論付けた。
それでも、深月だけが、一向に前世の記憶を取り戻さない。
「どうせ、今も雨宮のことが好きなのだろう?」
冨岡がそう聞いてきたのは、再会したその日のことだった。
それは事実だったし、隠すことではなかったので肯定したところ、再会した仲間達は、杏寿郎と深月の仲を取り持つため、何かと世話を焼いてくれるようになった。
その仲間達のうち、宇髄、不死川、伊黒の三人が、二人の距離感を見て呆れたのは、それから割とすぐのことだった。
深月に自覚はないが、中等部に入学した時点で、杏寿郎と深月はまるで交際しているかのように振る舞っていた。
躊躇いなく手を繋ぎ、頬を寄せ、抱き締めて、一緒に登下校する。
おそらく、杏寿郎は確信犯だ、と不死川や伊黒は察した。
宇髄に至っては、自分が知らないだけで、杏寿郎と深月はキスもしているんじゃないか、と考えた程だ。実際にはしていなかったが。
*****
「煉獄、拗らせてんなあ」
手を繋いで前を歩く杏寿郎と深月を見ながら、宇髄は乾いた笑みを浮かべる。
その呟きに、冨岡が首を傾げる。
「いや、だってアレ。わざとだろ。そう仕込んだんだろ」
そう言って、宇髄が杏寿郎と深月の手を指差せば、冨岡、不死川、伊黒はその方向を辿ってみる。
「ああ……」
「そうだなァ……」
伊黒と不死川はすぐに納得し、冨岡だけが首を傾げたままだ。
彼らの手は、しっかりと指を絡めて繋がれていた。所謂『恋人繋ぎ』だ。ただの幼馴染みは、こんな繋ぎ方をしない。そもそも、高校生にもなって手を繋ぐかどうかも怪しい。
それもこれも、杏寿郎の幼少期からの努力の賜物だった。
幼少期から深月に触れ、あの手この手で説得し、思春期を迎えた今でも、深月は違和感なく杏寿郎を受け入れている。
手を繋いでも、頬を寄せられても、抱き締められても、一切拒否をしない。
他の男から同じ事をされたら嫌がるだろうが、杏寿郎だけは特別というか、彼に対してだけ警戒心が全くないのだ。
*****
後日、不死川は杏寿郎に尋ねた。
「さすがに、あそこまで仕込む必要はなかったんじゃねぇか?」と。
それに対する杏寿郎の答えはこうだった。
「悪い虫がついたら困るからな!交際しているように振る舞えば、寄って来づらいだろう!」
それに、と杏寿郎は続ける。
「いずれ前世と同じ関係になるのだから、問題なかろう」
ある意味狂気じみている返答に、不死川は何も言えなくなった。
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