「あ」
「あ」
なんという偶然だろう。ここで会ったが100年目……という冗談は置いて。目の前の彼は、少しだけ見開いた目を通常サイズに戻して口を開いた。
「どーも」
「こんにちは、……ワカメ担当」
「は!?」
「あう、す、すんません名前忘れました」
「マジで言ってんの!?うわ、ムカつく」
つかワカメ担当ってなんだよとグチグチ言いながら、少年は名前を教えてくれた。優しい。
よし、覚えたよ、切原赤也くん。
しばらく会わなければまた忘れるかもしれないけれど、と思ったが口には出さずにおこう。どつかれそう。
「そういえば部活は?今活動中だよね」
「あー、補習があって」
「へえ」
「はい」
……う、うん!
会話なんて続かないのはわかっていた。学年ひとつ下だし共通の話題なんてほとんどない。早くさよならすればいいものを、私は思考を巡らせた。
「あ、あんまりさ」
「?」
「ジャッカルのこと使わないでね」
「なんでそんなことアンタに言われなきゃなんねぇんすか」
じとりとした目がこちらを向き、思わず貼りつけたような笑みを浮かべた。いいじゃん私はクラスメートだぞ心配して何が悪いんだと思ったが、彼らがジャッカルのことを使う、言わばパシリにしてくれるから面白い愚痴も聞けるのもまた事実。でも不憫ではないか。
「それにハゲに磨きがかかっちゃう!」
「は」
「間違えたあれはスキンヘッドだった。とりあえず、かわいそうだから」
「それなら丸井先輩に言ってくださいよ」
「えーあの年上担当に?」
「(年上担当?)そうそう。それか仁王先輩」
「無理無理。私、テニス部の人と話したことないもん、ジャッカルときみ以外」
いきなり見知らぬ女子生徒が、ジャッカルのことパシらないで!なんて言ってきたら怖いでしょ。おまえテニス部の何をわかって言ってんだよ引っ込んでろって思われるに違いない。それか、おまえジャッカルの彼女?みたいなとんでもない誤解までされるかもしれない。
「きみも悪乗りしなきゃいいの」
「面白いじゃないっすか」
「そりゃそうだろうけど」
「……面白がってんのかよ」
「敬語抜けてる!ま、いいや、これから部活でしょ?頑張ってね〜」
私もきれいな夕日をバックに写真写真〜と思いながら切原くんにさよならをする。あ、屋上から富士山でも撮ろうかな。
廊下を駆け、すぐに階段を上り始めた私の耳に、切原くんの呼び止めるような声が聞こえたけれど、戻ることはしなかった。
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