「ごめんなさい、こんな場所で……」

「え!?いやいや、それにしても面白い場所に住んでるんだねー、あはは」

なんで一緒に来ちゃったのか。
悪いおじさんにはついて言ったらダメよと、ついさっき読んだルッスーリアの手紙に書いてあったというのに即刻無視だ。今は女の子だけども。でも確かに、もしものことを考えたらこんなに危ないシチュエーションないだろう。だって廃墟っぽいところに来てしまったのだから。

イタリアで廃墟っぽいところには慣れたとはいえね、と思いながら前を歩く女の子を見る。出会い頭から暗がりではっきり顔を見ていないのだが、あの髪型、どこかで見た覚えがある。

薄暗い建物中へ入って重たそうな扉を開ければ、徐々に光に照らされる。一瞬眩しくて目を細めたが、扉の向こうから迫ってくる人物を見て、目を見開くことに。

「遅いびょん!腹減った!!」

「待ちくたびれた」

「ごめん、犬、千種……」

漫画で見た覚えのある人物は、ぐーぐーお腹を鳴らしながら、あたしの目の前にいる女の子に、やれブスだののろまだのと文句を垂れている。何か言い返せばいいのに「ごめん」としか言わない女の子、明りに照らされてようやくはっきり見えたが、この髪型よく見ればナッポーではないか。
この世界にいるからにはいつか出会えるかもしれない人たちではあったが、こんな出会い方をするとは思ってもいなかったためこの現実に瞠目していると、女の子、もといクローム髑髏ちゃんがこちらを向いた。

「どうしたの?」

「い、いや……」

「ん?誰かいるびょん」

「何連れて来てるの。めんどいな」

犬と千種の視線もこちらに移る。
少々フリーズしていた脳もじわじわと実感し始めてきたようで、脳内では「黒曜メンバーだ!わー!」などと盛り上がっていたが、初対面でそんな頭のネジが外れたような態度は取れないため、ひとつ咳払いをして、言葉を発する。

「初めまして。ええっと、雰囲気に任せてここまで来ちゃいました、岸本優奈です」

「んなとこ任せるなびょん!」

「ですよね」

「……岸本優奈って、聞いたことある」

隣町まであたしの名前が知れ渡るような心当たりないけどと思っていれば、「並盛中でのいじめの首謀者で」と、面倒くさそうに言葉を続けた。

「マジれすか柿ピー!?」

「あの、そうだったの……?」

「それ逆。いじめられてるのが、あたし」

言いながら、傷を見せるのが一番手っ取り早いと思い、セーラー服を捲って痣だらけの腹部を見せる。と、犬は聞き取れない言葉を発しながら勢いよくこの場から離れ、とうとう見えない場所まで行ってしまった。

「犬、うぶだから」

「そう、犬は……うぶなの」

「へえ、うぶなんだ」

「っ!うぶうぶうるせーびょん!!」

どこからともなく犬の叫び声が部屋全体に響き渡る。なるほど、これは獄寺よりも上をいくなと思っていると、千種が「なんで連れてきたの」と呆れた口調でクロームちゃんに問うていた。

「ひとりで寂しそう、だったから……それに、人が多い方が夕食は楽しいと、思って」

「今から夕食?」

「そう。これと、これを食べる」

「え」

指差す方向に視線を向ければ、机の上には数少ないお菓子の箱が散乱していた。……見間違いだよね、そんな、夕食がお菓子だなんて、と目を擦っても映るものは変わらない。

「本当にそれ……?」

「作れる奴いないから。めんどいし」

「でも、これじゃ栄養が……きみたち成長期なのに」

「きみたちって……そっちもでしょ」

「えっ、あ、そうでした」

指摘されて思い出す、自分が14歳なのだと。しかし、黒曜メンバーがここまで貧相な食事を食べているとは思いもしなかった……ボンゴレ霧の守護者である彼女がいるのに何も支援していないという事実は衝撃的だった。

「……あたし、作っていいですか」

「え、ほんとう?」

クロームちゃんが食い気味に反応を示す。控えめなイメージをずっと抱いているが、やはりこの食生活は限界なのだろう、こちらを見る視線がキラキラしていた。一瞬子犬を目の前にしているかのような錯覚を覚えたが、はっとして頭を振り、頷いて見せる。

「もちろん!と、言いたいところだけどすぐには用意できないかな。見てわかる通り手持ちがなくって」

「嫌な予感がするんだけど」

「なので一緒に買い物して、それから作ります!」

「はぁ」

めんどい。と、お決まりのセリフを言いながら深くため息を吐く千種。それから「二人だけで行ってよ」とぼそりと続け、準備もしないただ食事が出てくるのを待つだけのお気楽な選択をしようとしているのだろうけれど、ちょっと待って。

「そういえばここに調理場とかあるのかな」

「さぁ……探したこともない」

「じゃあここで食事提供は無理です、彼女と二人で美味しい料理食べます」

「……」

「あとお風呂入ってる?なんか臭うんだけど」

「「それは犬が」」

「うるへー!!!」

「なるほど。じゃあ、我が家に来ますか?」


* * * * *


「どうぞ上がって!」

黒曜メンバーウェルカム!渋っていた千種と犬も、これまでの食事内容や空腹には抗えなかったようで、買い物中や道中での文句は多かったけれど、ひとまず家に招くことができた。
食材の入った買い物袋をキッチンへ置いて一息つけば、リビングに入ってきた3人がきょろきょろと部屋の中を見回している姿が目に映る。

「ひゃー、本当にここがおまえの家!?……ゲ、シャンデリア」

「最上階一人占めって金持ちにしかできない特権だろうけど、掃除がめんどそう」

「優奈、すごい人なんだ……」

「あたしがすごいわけじゃないよ。それより犬、先にお風呂入ってもらえるかな」

「はあ!?風呂なんてめんど」

「だから臭いんだよ」

ぼそりと呟かれた言葉を聞き逃すはずもなく、「直球で言いやがったな」と、ガルルルと唸りながら千種を睨む犬。

「めんどーとか言うのは千種だけで充分だから、犬はさっさとお風呂入っていい匂いにしてこい」

ゲ、命令かよ。とぼやきつつも、先ほど買ったばかりの下着と部屋着を持って重たい足取りで風呂場へ向かっていく姿を見送る。リビングを出てすぐの扉だと言っておけばすぐにわかってくれるだろう。あ、シャンプーとリンスはわかるかな……まぁいいか、作ろう。犬の要望もあり今夜はスタミナ丼だ。

よし、と腕を捲ったところで、クロームちゃんがキッチンに入ってきた。

「あの、何か手伝う……」

「ううん大丈夫、ゆっくりしてて!」

「でも……」

「……!(か、かわいい)」

あたしより背の低いクロームちゃんは無意識だろうが、上目遣いをしている。なんかもう可愛すぎてこのまま料理作るの投げ出してハグしちゃいたい!
その欲望を抑えるのに必死で身体が震えるが、視界の隅っこで千種が冷めた目をこちらに寄越しているのを見つけて、すっと落ち着いた。

ジュゥウウとお肉を焼く音が部屋中に広がり、そこに調味料も加えれば一気に匂いが充満する。自分でさえもこの匂いにはお腹が鳴る。ちらりとリビングのソファーに座る千種とクロームちゃんを見れば、二人揃って腹部を押さえていたので、きっと鳴ったのだろう。早く食べてもらわなきゃねとどんぶりを取り出せば、大きな音を立てて扉が開いて興奮気味の犬がキッチンに入ってきた。

「いい匂いがするびょん!!」

「ちょっと犬、壊れたらどうしてくれるの」

「はぁ〜?んなの知らな」

「うん。犬もいい香りしてるね」

「なっ」

この匂いに居ても立ってもいられなくなって飛び出してきたのかもしれない。ズボンは穿いているけれど上半身は裸、髪の毛は濡れたままで、床を見ればあり得ないくらいびしょびしょだった。これじゃ本当に動物じゃん……小さく息を吐いて視線を上げれば、いつの間にかクロームちゃんもキッチンに顔を出していて。

「犬、濡れたままじゃ風邪ひく」

「うるへー!」

「せっかくクロームちゃんが心配して言ってくれてるのにそんな言い方ないんじゃないの」

「そんなブスに心配されたって嬉しくねーびょん」

「は?ブス?クロームちゃんがブス!?そんなわけあるかこの野良犬!今すぐ訂正して!髪の毛乾かして!じゃないとご飯お預け!!」

「ゲッ」

美味しそうな匂いを漂わせる肉料理を目の前にして食べられないというのは、今の彼にとってはまさに生き地獄のようなもので、苦虫を噛み潰したような顔をする。しかしギュルギュル鳴るお腹は正直者で、渋々ではあったが、犬は「ブスよりはマシ」と言い洗面所へ逃げ込んでしまった。
クロームちゃんが、ありがとう、と微笑むのだから許してあげよう。

「できた!よし、食べましょー!」

テーブルにボリューム満点のどんぶりを置くと、彼らの目はより一層キラキラと輝いた。それはもう、また黒曜センターに帰してしまうのが悲しくなる、このまま引き取ってしまおうかと思ってしまうほど。
ううん、子犬を拾ってきたわけじゃないのだしと頭を振り、ご飯を口に運ぶのを見守った。

「っ!優奈、これ、美味しい」

「ほんと!?はー、よかったぁ」

「今まで食べてた物が物だし、当然だよ」

「へえ、そう。あのね、千種さんそれってわざと言ってるのかな!?」

「柿ピーは表情には出さねーけど絶対感動してるに決まってるびょん」

「うるさいよ犬」

「ふうん。そう言ってくれるってことは、犬は美味しいって思ってくれてるんだよね?」

「肉でできてる料理にまずいもんがあるわけねーじゃん」

「……はい」

素直に喜べるような評価を頂けなかったことは悔しいが、食事にがっついている二人を見る限りまずくはないのだろうから良しとしよう。
お箸を手に取りご飯を口に運んでやっぱ美味しいじゃんと自画自賛していれば、カタリとお箸を置く音に反応して視線を上げれば、クロームちゃんがこちらをじっと見ていた。

「……えっと、どうかした?」

「いじめられてるって本当?」

「あー、それ、ね。並中に変な勘違い女がいてね、その人が首謀者なんだけど、あたしが彼らと仲良くなったのが気に食わなかったみたいで標的になったの」

「彼ら?」

さすが千種は聞き逃さない、彼らとは誰なのか。果たしてこの話は言ってもいいのか。
少し悩んだ後、クロームちゃんのボスたちのことで、先ほど見せた傷も彼らにつけられたものだと言えば、元から大きな目はさらに見開かれた。千種や犬も、記憶にある沢田はとてもそんなことをする人間ではないので驚いている様子だ。

「その女、実はクロームちゃんにも関係してる」

「私にも?」

「会ってないかもしれないけど、彼女は10代目ボンゴレファミリーの一員として迎え入れられてるみたい」

「……それよりきみ、何者?」

「え」

一般人ではないみたいだけどと、千種の鋭い視線が向く。そこでふと、今までの会話がとんでもないものだと気づく。普通にボスとかボンゴレとか言っちゃった……!

「明らかに普通の奴じゃねーびょん」

「今の話なかったことに、」

「なるわけないから」

「ですよね。じゃあ、話します……」

さすがに見逃してくれるはずもない。ボンゴレと関わりのある人間であること、ある任務を遂行するために日本に来たということを淡々と語った。
ただ驚くことはなく、どことなく「やっぱりね」といった風な雰囲気の3人。そもそもこんな家に住んでると知った時点で何かしら思うことあるよなと我ながら思う。

「それで、3人には迷惑かけるわけにはいかないから内容は言わないけど……でも、約束してほしいことがある」

「うん?」

「絶対に今のままのみんなでいて」

「え、それだけ……?」

もっと重たい言葉が降りかかってくることを覚悟していたのか、身構えていた彼女にはひどく拍子抜けなセリフだっただろう。味方は多い方が心強いけれど、多くは望まない。

「そう、それだけ!あの今回のことボスたちには内緒でよろしくお願いします」

とはいえ、彼らに会うことはほとんどないだろう。打ち解けているわけでもないだろうし心配はしていないけれど、念のためだ。よし、この話はこれで終わり!と切り上げて途中だった食事を再開させた。

食後には千種やクロームちゃんにも順番にお風呂に入ってもらったり、デザートを食べながら適当な会話をしたり、思いの外楽しい時間を過ごすことができた。
落ち着いた頃、黒曜センターに帰ると言い玄関に向かう3人に、ふかふかの布団があるのに?安眠したくないの?と少し意地悪い感じで言えば、犬が怒ったような表情で「そんな言うなら本当に安眠できんのか検証してやるびょん」と、履きかけていた靴を脱いでリビングに戻っていった。

「……いいの?」

「もちろん」

「あんたって強引だよね」

言いながら、クロームちゃんも千種も靴を脱いでリビングへ向かった。いつも静かな家が賑やかになるのはいいなぁと二人の背を見ながら思い、玄関の電気を消した。

「千種と犬はこの部屋使ってね」

「柿ピーと相部屋!?」

「その言葉そっくりそのまま返すよ」

「文句言わない!掃除する場所増えるの嫌だから我慢してくださーい」

ぶつぶつ言う犬を部屋に押し込んで、さて千種も押し込んでやろうと彼の背に回ったところで大人しく部屋に入られてしまった。

「クロームちゃん、一緒に寝よ!」

「え」

「あたしのベッド、二人でも充分寝れる大きさでね、いっつも寂しかったんだ」

そうしてベッドにクロームちゃんと横になり、保安灯のみの薄暗い部屋でしばらく女の子らしい会話を繰り広げて。そして気づけば、深い眠りに落ちていた。

prev back