きっかけ
――まさかこの僕が一目惚れするなんてね。しかも男相手に。
実家に強制された見合い相手の付き合いで訪れた演奏会。数人のピアニストが2、3曲ずつ交代で演奏したり、まああんまり詳しくないからよくわかんないけど、定期的に開催されている有名なイベントらしい。
今回はその中でもチケットの競争率が高く、人気のピアニストが出るという。見合い相手もそいつのファンだと言っていた。
クラシック音楽に別段興味があるわけでもないから、次々に演奏される曲を聞いても"この曲なんか聞いたことある〜"くらいの感想しかないし、早く高専に戻りたいなんて思っていたところで、やっと大トリの出番となった。
舞台袖から出てきたのは同年代か、少し下くらいの男。僕ほどではないけど女ウケの良さそうな整った顔だったが、気になるのはその目だ。
僕と同じアクアブルーの両目。だがどこか目線が泳ぎ、焦点が合っていないように見えた。
しかも、並の術師にはわからないレベルだが全身からわずかに呪力が漏れている。
呪力が漏れていること自体は別に珍しくない。ただそいつのは一般人とは違う、呪術師として一定の教育を受けた者のそれだった。
思わず目隠しをはずしてそいつを"視る"……が、そんなことはどうでもよくなってしまった。
演奏が始まったからだ。
*****
大トリの演奏が終わると、会場にいた観客たちはスタンディングオベーションを送っていた。
正直演奏をはっきりとは覚えていない。それでも、気づいたら鳥肌が立っていたし、席まで立って拍手を送っていた。
演奏を終えた男は一礼して舞台袖にはけていく。拍手がやみ、観客は皆帰り支度を始めていた。
「五条さん、今日の演奏会はいかがでした?」
「え? ああ、良かったよ」
「本当ですか!? 気に入って頂けて嬉しいです。特に水谷さんの演奏は別格でしたものね」
完全に存在を忘れていた見合い相手に話しかけられる。終わったなら早く帰ってしまいたかったけど、帰ってから調べるよりもこいつに聞いた方が早いか。
「水谷さんって、最後の?」
「はい、最後に演奏された水谷千尋さんという方です。彼、ご病気をされていたようで、盲目なんですよ」
目線に不自然さを感じたのはそれが理由だったらしい。
まるで自分のことのように悲しげな表情でそう言う見合い相手。そういえばファンだと言っていたか。
それから帰るまでの間、何を話したか覚えていない。
僕の記憶にあるのはあの男――水谷千尋の存在だけだった。