用意周到
水谷千尋を知ってから、僕はとにかく彼について調べまくった。
思っていたより名の知れたピアニストだったみたいで、名前で検索すれば演奏動画なんかが山ほど出てくる。
それから水谷家は術師の家系だったらしく、そっちの情報もかなり手に入った。
呪術界では平凡な家だ。代々2級程度の術師を輩出しているようで、千尋の両親と京都の高専に通う妹は全員2級術師だった。
それに、見合い相手からは千尋の目は病気のせいだと聞いたが、本当は呪霊が原因だということもわかった。
――そこからの僕の行動は早かった。
まず高専に音楽室を増設する手配を済ませ、後から夜蛾学長に報告。案の定怒られたけど全部自腹だしいいでしょってことで言いくるめた。
学長にも千尋の話をしたら、これは驚いたことに彼の父親とは旧知の仲だという。早く言えよ。
これ幸いと学長に水谷家に連絡を取ってもらい、その間に僕は自宅の一番広い部屋をきれいに掃除する。ついでにそこを防音室にしておいた。
そして千尋本人には何も伝えず、何回か彼の両親と顔を合わせ、千尋の視力を取り戻す手伝いをしたいと申し出た。最初は驚いた様子だったけど、彼の両親はかなりまともな"親"だった。
術師の家系、しかも長男でありながら術師になれなかった彼にも愛情を注いで育てていたようだ。自分たちはずいぶん昔に諦めてしまったが、迷惑でなければぜひ協力してほしいと逆に頭を下げて頼まれた。
完璧だ。完全に外堀を埋めることに成功した。
あとは千尋が僕を認めるだけ。でもそこは心配していない。だって最強だし、この見た目だ……と言いたいところだが彼には見えないか。でもまあ、何とかなるでしょ。僕のことが嫌いなんて奴は、上層部の腐ったミカンくらいのものだろうしね!
*****
「初めまして、水谷千尋と申します」
「知ってると思うけど、呪術師最強の五条悟でーす! よろしくね!」
「あっ、えっと……はい。よろしくお願いします」
遠慮がちに微笑んだ千尋。演奏会では少し離れたところからしか見えなかったけど、間近で見ると実年齢よりも少し幼く見える。
視力を取り戻す手伝いという名目で、僕と同居させることにした。それは迷惑になるからと千尋には1度断られたものの、僕の"素直な気持ち"を話せば戸惑いつつも了承してくれた。いやあ、すべてが上手くいきすぎて怖いくらい。
千尋の自宅からグランドピアノを運び込むところから始まり、彼に家の間取りなんかを説明したりしていると、やはりと言うべきか千尋はどこか申し訳なさそうな顔だ。気にすることないのにね。
「明日は何か予定ある?」
「いえ、特には……」
「じゃあ日用品なんかも必要だろうし、一緒に買い物行こっか」
「えっ、でも、五条さんもお仕事があるんじゃ」
「いーのいーの! っていうか全部昨日までに終わらせてるんだよね。だから今日から3日間はオフだよ」
本当は無理矢理休みをもぎとってきたし、報告書は全部伊地知に投げた。でもそんなことを千尋が知る必要はない。
「初対面で緊張してると思うけど、大丈夫! 僕たちすぐ仲良くなれると思うよ」
「そう、ですか?」
「うん。実は僕、千尋の演奏で一目惚れ――一聴き惚れ? しちゃったんだよね」
「えっ!? 演奏って、先月のイベント、いらしてたんですか?」
「そ。千尋のことを知ったのもそこでなんだけどねー。もう鳥肌立っちゃってさ、あんなの初めてだったんだ」
「そっか……」
僕が返事をすると、千尋は呟くように言った。
俯いた千尋の顔をのぞき込むと、口角を頑張って下げようとしていて、でも紛れもなく笑顔だった。それにちょっと耳が赤くなっている。……もしかして照れてる?
意外だ。あの演奏の腕ならこんなこと腐るほど言われてそうなのに。
……ああ、でもマズいな。こんなにかわいい反応されるのは誤算だった。
「あの、五条さん……?」
「――ああ、ごめん、ちょっと考え事してた。あ、そうそう、僕のことは五条さんじゃなくて悟って呼んでね。仲良くしたいからさ」
「いいんですか?」
「っていうか、もう僕は千尋って名前で呼んでるし。それに僕生徒にも名前で呼ばれてるんだよね」
「生徒……ああ、そっか、高専で先生をされてるんですよね」
「うん。みんな優秀でかわいいんだ。高専にも音楽室あるし、普段そこ使ってもらう予定だから、ついでに今度紹介するよ」
「ふふ、楽しみです。悟さん、素敵な先生なんでしょうね」
「ン"ンッ……」
かわいい。素直すぎる。かわいい。一生守ろ。変な声出たけど気にしない。
「とりあえず、今日は色々あって疲れたでしょ? 寝室も用意してあるから、着いてきて」
はい、と行儀よく返事をして素直に着いてくる千尋。もう信頼は得られたみたいだ。
いや〜、それにしても楽しみだな。
寝室に用意したのがダブルベッドだって知ったときの反応がね!