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「綺麗な射型だな」
いつも通り夜多の森弓道場で1人コソ練に勤しんでいたところ、見知らぬ男に急に声をかけられた。
この場所で他人に声をかけられるのは初めてでびっくりしたけど、今の射型を他人に褒められたのも初めてだったので、素直に喜んだ。
「あ、ありがとうございます……!」
「おう。って、声かけた俺が言うのもなんだが、いきなり知らない男に話しかけられたんだ。もう少し警戒しろよ?」
笑いながら弓道場に入ってきたその男性。入口付近は暗くてよく見えなかったが、こちらに近づいてきた彼の服装は自分と同じく道着と袴だった。桐先は紺色の道着を着る人が多いから、彼のと色は違ったけど。
髪が少し長いのか後頭部でちょこんと結われている。
「俺は滝川雅貴、21歳。夜多神社の神主で、一応
君は? と聞いた滝川さん。
「竹早静華です。桐先中学の2年です」
「桐先? こりゃまた強豪校じゃないか。ずいぶん練習熱心だな」
「いえ、弓道始めたの、去年からで。その、早く上手くなりたくて……」
「去年!?」
驚いた滝川さんの声に、つい私も驚いてしまった。
「ったく、若者は成長が早くて良いな」
「えっ、滝川さんまだお若いのでは」
21歳って、確かに成人はしてるけど若いはず。
「はは、そりゃどーも。あと、そんなにかしこまらなくていいぞ。普通に名前で呼んでくれ」
「はあ」
「なんだ、その気の抜けた返事は。――それで、早く上手くなりたいって言ってたな。何か理由があるのか? 今は大会の時期でもないだろ」
「あ、えっと……幼馴染に誘われて弓道部に入ったんですけど、いつも教えてくれてた先輩とか、その幼馴染の子はもっと小さい頃からやってた人で、上手いんです。だから、私もああいう風に引けるようになりたくて」
「なるほどな。ちなみに、その先輩と幼馴染というのは男か?」
「え? 男ですけど……何ですかその顔。そういう感じじゃないですよ」
雅貴さんはニヤニヤした表情でからかってくる。大人気ない。
……実際、先輩とはつい最近まで付き合っていたんだけど。最近疎遠になっていて、実は結構落ち込んでいた。
そのへんはあまり触れられたくないので、雅貴さんの方に話を振ってみる。
「そういう雅貴さんは彼女さんいないんですか? いなさそうですけど……」
「お前なぁ。まあ、いないが、俺は別にいいんだよ」
「もしかして、"弓が恋人"的な?」
「はは、だったら良かったんだけどな」
良いんだ。
「あの、雅貴さんはいつもここで弓を引いてるんですか?」
「ん? ああ、そうだな」
「もし良ければですけど、その、今日、引いてるとこ、見ててもいいですか……?」
「……」
雅貴さんは少し驚いたような表情をしていた。
「静華、お前……」
「は、はい」
「時間、大丈夫か?」
「……えっ」
咄嗟に壁にかけられた時計を見ると、21時を過ぎていた。
お母さんにここのことを話したとき、遅くても21時までには帰るように言われていたんだった。
「あっ」
「大丈夫じゃなさそうだな」
「れ、連絡! 連絡するから、大丈夫です! ……多分」
「明日も学校あるんだろ? 慌てなくても弓は逃げないぞ」
「それは……そうなんですが……」
雅貴さんと次いつ会えるかもわからないのに。時間を理由に帰るなんてもったいない。
なんて、まだ雅貴さんがどんな弓を引くのかもわからないくせに、そう思ってしまった。
「また今度な。いつでも来いよ」
「……」
「どうした? 送って行くか?」
「えっ、だ、大丈夫です、近いし! それに一緒にいたら雅貴さん、職質されちゃうかもしれないし」
「おいおい、怖いこと言うなって。ま、気をつけて帰れよ」
「はい。ありがとうございました。……また来ます」
「おう、待ってるよ」
雅貴さんに見送られ、私は夜多の森弓道場を後にした。
スマホを見るとお母さんと静弥からのメッセージが来ていた。いつもならすぐ返信するけど、今日は。
神社へ続く階段を下りきったところで、私は耐えきれずしゃがみこみ、呟く。
「……雅貴さん、かっこよかった……」
先輩、ごめんなさい。
この日、私は生まれて初めて一目惚れというものを自覚した。
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