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静華が段位のことを隠していたのは、身の丈に合わないという後ろめたさが理由だった。
俺としては、彼女が参段だと言われても納得なんだがな。
静華の射型は初めて見たときから綺麗なものだった。確かに教本に載っているお手本を忠実になぞろうとしている感はあったが、なぞるだけでも一朝一夕にはいかないものだ。
その射をその弓歴で、と出会った当初は驚いていた。しかし、今日の話でさらに驚かされたというか、なんというか。
ーー流派変え。
静華の話を聞く限り、珍しいことに、中学には斜面を教えてくれる指導者がいたようだ。しかし、それが何の理由かわからないがいなくなったと。
確かに、師がいないまま初心者が弓を続けるのは難しい。我流で引けば変なクセがつく危険性があるし、客観的に射を修正するのも簡単にできることではない。
だから、正しく弓を引こうとしている彼女には、流派変えは仕方のないことだ。桐先は基本的に正面を教えていたようだから、全くの初心者というわけではなかったが。
「このこと、森岡先生には伝えてあるのか?」
「え、言ってないけど……言わなきゃだめだった?」
「いや、駄目ってことはない。ただ、今後また斜面で引きたいのであれば、先生の知り合いに指導をしてくれそうな方がいるかもしれないだろ? まあ、森岡先生も正面で引いている方だから、あくまで可能性の話だが」
「うーん……」
静華はみかんを手元で転がしながら、視線を落とした。そして、すぐに顔を上げて答える。
「大丈夫。今後は正面で引く」
「いいのか?」
「うん。今は雅貴くんとトミー先生に教わりたいから。あと、みんなと一緒に引くなら正面の方がいいだろうしね」
今は女子部員不足だけど、今年の大会で結果を出せば来年は増えるかもしれない。団体戦にも出場するなら正面だろう、と。
「ーーそれに、斜面を教えてくれるなら誰でもいいってわけじゃないよ」
「! ……そうか」
「うん」
どこか寂しげな表情を浮かべる静華のその言葉からは、師に対する尊敬と執着を感じた。
正直なところ、その指導者がいなくなった理由を知りたいところではあるが、静華は話したくなさそうだった。無自覚だろうが、詮索するなオーラが出ている。
「悪い、余計なことを言った」
「あ、いや、いいのいいの。ほんとに嫌々正面に変えたわけじゃないから、あんまり深刻に捉えないでほしいんだけど……!」
静華は困ったように笑い、両手を振ってそう言った。
「わかったよ。ーーああ、結構時間が経っちまったな。それ食べ終わったら、家まで送るぞ」
「うん。ありがとう」
「俺の方こそ、話してくれてありがとな」
静華の手元にあるみかんはあと半分ほど残っていた。
「……雅貴くんはさ」
「ん?」
今までとは打って変わって、軽い調子で言葉を作った静華。
何を言い出すのかと思えば、
「いつも1人でこたつみかんしてるの?」
雑談だった。というか、その言い方だと俺は寂しい奴だと思われていないか?
「みかんはたまに食うが、こたつはあまり点けないな。寒さにはわりと強いんだよ」
「ほぇー、さすが神主」
「関係あるか、それ?」
適当な返事をしつつ、もぐもぐと小さい口でみかんを食い続ける静華の姿は、心なしか小動物のようにも見えてくる。リス、いや、ハムスターか? こいつは寂しくても死ななそうだから、ウサギではない。
「静華の家は、アレか、床暖房」
「! よくわかったね」
「なんとなく。立派な一軒家だったからな」
「? あー。クマは見たことある?」
「熊? ……飼ってるのか、熊を?」
静華は何故家のことを知っているのかと首を傾げたが、何度か帰りに送っていたからだと気づいたようだ。
「ふふっ……そうだよ、クマ飼ってるの。えーと……これ」
俺のリアクションに少し笑った静華は、スマホ画面をこちらに見せた。
「犬じゃないか」
大型犬、バーニーズマウンテンドッグだ。
「クマって名前なんだよ。静弥がつけた」
「静弥が? なんというか、意外だな」
「静弥が飼いたいって言い出したしね。でも私たちより湊に懐いてる。ーー見て、これ過去一面白い写真」
静華が見せた写真に写っていたのは、竹早家の門に背中を預けて座る、今より幼い顔つきの湊と、それに覆い被さるように乗っかろうとしている犬、いやクマ。しかしこれはどう見てもーー。
「壁ドンだな」
「ふふっ、だよね。このときの湊、すごい困ってた」
思い出し笑いをする静華だったが、確かにこれは面白い。俺も堪えきれずに笑ってしまった。