@ 荒垣・樋口と1年目-1

※辻峰弓道部の過去捏造


県立辻峰高校に入学したばかりの荒垣黎司は困っていた。

入部したばかりの弓道部が、部員数不足により早くも廃部の危機に瀕していたからだ。

「荒垣〜、これ、知ってる?」

同じく新入部員の樋口柊馬は、のんきに部室ーーとも言い難いプレハブ小屋ーーにある備品をいじっていた。

「知らない」

樋口は積み木が2つひもで繋がれたような何かを持っている。"道宝どうほう"という中仕掛なかじかけを作る際に使う道具だが、初心者である2人には馴染みのないものだった。

「経験者が必要だな……」

「いるの?」

「探すしかないだろ」

「うーん」

自身の横顔を美しく見せることができるからと弓道を始めることにした荒垣と、なんとなく面白そうで入部した樋口。見学もせずに入部届を出したため、まさか先輩が1人もいないとは思っていなかったのだ。

当然2人に弓道経験のある知り合いはいないが、誘うならだれが良いかと一応考える。

「……あ」

「?」

荒垣が思い出したのは、同じクラスの女子だった。そして同時に勧誘してみようと決めた。理由は横顔が美しかったから。

「同じクラスの舞田愛生」

「あー……メガネの、おっきい子だ」

「ああ」

樋口の言うおっきい、というのはおそらく胸のことだろうと荒垣は察したが、荒垣にとってより重要なのは顔だった。

彼女が弓道をやれば絵になるだろうという理由で、2人は愛生を勧誘することにした。

*****

翌日。

なんとなく気が合い一緒に昼食をとっている荒垣と樋口は、昼休みを使って愛生を探していた。

教室にはいなかったから食堂か売店だろうと目星をつけ、校内を歩く。

「そういえば、舞田ってほかの部活入ってないの?」

「……知らない。放課後はすぐ帰ってるみたいだったけど」

「じゃあ、脈ありだ」

食堂よりも近い売店に向かう途中、2人は目的の人物ーー愛生が向かいから歩いてくるのを見つけた。

「いた。……舞田さん」

「なに?」

荒垣が早速声をかけると、愛生は立ち止まって荒垣を見上げた。それから横にいる樋口を見て、荒垣に視線を戻す。

「舞田さんって、部活入ってる?」

「? 入ってないよ。バイトあるから」

断られそうな雰囲気を感じた荒垣は言葉に詰まった。そこで樋口が口を開く。

「おれたち、舞田に弓道部に入ってほしいんだけど」

「弓道部? なんだ、知ってたんだ」

「知ってたって、何が〜?」

愛生は過去の実績を知って声をかけられたのだと思いそう零したが、そんなことは全く知らず、容姿だけで誘っていた2人は首を傾げた。

「私が弓道やってたこと、知ってて誘ってるんじゃないの?」

「っ、経験者なのか!?」

急に食いついてきた荒垣に、愛生はびくりと肩を震わせて後ずさる。

「すまない、つい驚いて……悪かった」

その様子を見て荒垣は慌てて謝ったが、樋口はチャンスとばかりに勧誘を続けた。

「舞田が経験者だっていうのは、知らなかったけど」

「じゃあなんで」

「えー、かわいいから」

「……」

愛生は正直2人を疑っていたが、嘘にしては内容がしょうもない。それに、なんとなく性格は良さそうだなと感じていた。

「ていうか、弓道部あったんだ」

「"一応"だけど。見学だけでもいいから、来てくれないか」

「おれたちー、舞田が弓道やってるとこ、見たいなぁ」

「まあ、いいけど……」

「ほんと? やったぁ」

樋口のふにゃりとしたゆるい笑顔に、あっさり絆された愛生。それがバレるのはなんとなく気恥ずかしいので平静を装った。

「今日は来られそうか?」

「うん」

「じゃあ放課後、一緒に行こう」

荒垣の誘いに頷いた愛生は、教室に戻るため歩き始めた。

「舞田、昼まだか?」

「うん。今日はパン」

愛生は売店のビニール袋を掲げた。

「舞田もおれたちと一緒に食べよう」

3人は雑談をしつつ、教室に戻った。

*****

放課後。

「ここでやるの?」

「まあ……的はあるし」

弓道場に連れて来られた愛生は目を疑った。

「……他の部員は?」

「いない。俺と樋口の2人だ」

「もしかして、私に弓道教えろって言ってる?」

「……そうしてくれると助かる」

荒垣に頭を下げられ、愛生はシンプルに"マジか〜"と思った。

「教えるのはいいけど、私は指導者の資格なんか持ってないよ。そもそも、2人ともどれくらいできるの?」

「……」

「シャホーハッセツは覚えたよー。壁に貼ってあったし」

「じゃあ、基本はできるんだ」

2人が覚えているのは射法八節の単語だけである。

早速勘違いが起こっているが、愛生を正式に入部させたいがために2人とも訂正はしなかった。

「ねぇねぇ舞田、1本やってみてよ」

射が見たいとせがむ樋口に、愛生は断れなくなっていた。年下のお願いに弱いのだ。樋口は同級生だが、ゆるい口調と小柄な体格がそう見せていた。一方で、樋口は自分のおねだりが愛生に効くことを察していた。

「そのへんの弓具は、勝手に使っていいの?」

「いいよー。最初から置いてあったやつだから」

愛生が使えそうな道具を物色している間、荒垣と樋口は作戦タイムに入っていた。

「舞田、もう入部してくれそうじゃない?」

「確かに。というか、樋口に弱いみたいだな」

「だねぇ」

嬉しそうな樋口を見て、荒垣はちょっと羨ましく思ったが、当初の目的はほぼ達成できたことをまずは喜んだ。

「お待たせ。じゃあ、1本引くから。説明とかしないけど、いい?」

「ああ。とりあえず見せてくれれば」

愛生としては、本当なら的前で引く前に巻藁をやりたかったが、この環境では多くは望めまいと妥協していた。

それから愛生は1本引いて見せた。

*****

「あ、聞き忘れてた。正面と斜面、どっちでやりたいの? あの小屋の壁に貼ってあるのをお手本にするなら、正面だけど」

「よくわかんないけど、舞田と同じやつ」

樋口は即答した。

「まあ、別にどっちも変わんないけどね。私はずっと斜面だったから、それでいい?」

「ああ。俺も舞田と同じやり方がいい」

愛生の射を見た荒垣と樋口は、弓道に詳しくはないが、なんだかすごいものを見たという感覚は持っていた。

2人にキラキラした目で見られ、普通に照れる愛生。同時に、中学時代に出会ったかわいい後輩を思い出していた。

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