@ 荒垣・樋口と1年目-2
荒垣と樋口は、早速弓を持とうとしていた。
「ちょっと待って、まだ実践は早いから」
「そうなの?」
愛生はそれを慌てて止めて、初心者が的前に立てるまでの流れをおおまかに説明する。
「結構時間かかるんだな」
「危ないからね。地道にやるのが結局一番早いし、我慢できないなら弓道は無理」
「なるほど……」
2人は少し不満げな表情を見せたが、愛生の説明には納得していた。
大人しく従い始めた2人に、愛生はやや拍子抜けしつつ、徒手での練習を始めることにした。
その翌日、愛生は2人の思惑通り、入部届を提出したのだった。
*****
「舞田〜、まだこれやるの〜?」
「うん。まあ、今日で終わりでいいかな」
「!」
「次は素引きとゴム弓ね」
「?」
徒手での射法八節だけで1週間。愛生はここまで耐えたことに驚いていたが、さすがに飽きてきた2人の様子を見て、次の練習を提案した。
「弓、持っていいのか?」
「うん。素引きからやろっか」
愛生が見本を見せると、2人も真似をする。
「…………」
「……舞田、顔に出てるぞ」
「え、ごめん」
シンプルに下手だなあと思った愛生だが、気を取り直して指導を再開した。
*****
数日後。
「舞田、大変なことになった」
「え、なに急に」
荒垣は登校してきた愛生に詰め寄った。横にいる樋口も眉尻を下げた表情で、珍しく慌てている。
「弓道部が廃部になるって、さっき先生に言われたんだ〜……」
「何で?」
「部活は最低でも5人いないとダメだって」
「……まあ、確かに、5人いないと高校の大会にも出られないしね」
「そうなのか?」
「個人戦は別だけど……」
話が急すぎるとか、それなら何で入部届を受理したんだとか、色々と引っかかる点はある。しかし、舞田が真っ先に考えたのは、どうすれば部を存続できるかだった。
「弓道部、入ってくれそうな人に心当たりない?」
「それがないから、最初に舞田を誘ったんだが……」
「ていうか、舞田が経験者だったの、すごいラッキーだったよなぁ」
「だな」
うんうん、と頷き合う荒垣と樋口。2人はどこかで愛生がなんとかしてくれると思っているから、割とのんきだ。
愛生はその様子に脱力でずり落ちそうになるメガネを押さえて、言葉を続けた。
「私も後で先生に聞いてみる。とりあえず、強制退去になるまでは知らないふりして続けよう」
2人は愛生の言葉に頷いて、各々の座席に戻った。
*****
放課後、愛生は職員室を訪れた。荒垣と樋口は、愛生の指示で先に自主練をして待っている。
今年度から弓道部の顧問になったという数学の潮崎先生の机に向かうと、授業の準備をしていた潮崎は、やはりかという困り顔を見せた。
「突然すみません、1年の舞田です。潮崎先生、今お時間よろしいでしょうか?」
ついこの間まで中学生だったとは思えないビジネス対応に驚きつつ、潮崎はとりあえず用件を聞くことにした。
「弓道部の件なんですけど、詳細を聞きたくて……」
潮崎が思いの外話を聞いてくれそうなことに、愛生は内心ガッツポーズをする。それから、初手で見せたきっちりした態度をやめ、いかにも困っているかわいそうな女子生徒感を出す作戦に出る。
「詳細って言われてもね……。私も急に顧問を任されたから、よくわかっていないんだよ。でも、部活としての人数が足りないなら、廃部は仕方ないんじゃないかな」
「えっと、つまり、存続させたいなら部員を増やす以外ないってことですかぁ……?」
弓道経験のない潮崎としては、よくわからない運動部を押し付けられたようなもので、廃部になるなら仕事も減って楽になる程度の認識だった。
しかし、潮崎も男だ。生徒に邪な視線を向けはしないが、やはり可愛らしい女子生徒にこうも泣きつかれては突き放すこともできない。
「そうだね。まあ、実績とかがあれば考えてもらえるかもしれないけど」
潮崎はよくわからないなりに、案を出してしまった。
「わかりました。次の県大会、絶対結果を出しますから、それまで待ってもらえませんか?」
「わ、わかった、部活関係の管理を担当している先生に聞いてみるよ。私の一存では決められないからね」
「ありがとうございます!」
愛生は目的を達成すると、さっさと職員室を出て、弓道場に向かった。