先輩とはじめての-2
愛生の自宅は駅からほど近いマンションだ。このあたりは比較的富裕層が多く住んでおり、治安は良い。
「お邪魔します」
「ん。そのへんテキトーに座ってて」
愛生は自室に二階堂を招き入れ、お茶をいれるためリビングに向かった。
「二階堂、緑茶とポ◯リどっちがいい?」
「どういう2択ですか、それ」
愛生の持ってきたコップにはその2つが注がれており、二階堂が選ばなかった方を愛生が飲むつもりだ。
「じゃあ……ポ◯リ」
「はい」
「いただきます」
二階堂は一口飲むと、コップの置き場を探した。ローテーブルなどはなく、部屋にある家具といえば勉強机とベッドと小型の本棚くらい。
「てか、なんで床に座ってるの」
「いや、他になかったんで」
「ここ、どうぞ」
「……」
ベッドに腰を下ろした愛生は二階堂から受け取ったコップを机に置いて、隣をぽんぽんと叩いて座るように促した。
二階堂は躊躇いつつも結局そこに座る。
「……う、あっ、そうだ、本だよね、本」
「あ、ああ、はい」
照れてぎこちなくなる会話にはお互いツッコまず、愛生が本棚から取り出した本を開いた。
「興味あるなら貸すよ」
「え、いいんですか? これ、結構貴重なものですよね」
「いいよ。二階堂は雑に扱ったりしないでしょ」
「そりゃ、しませんけど……」
「古い本だけど、結構勉強になるから」
「……ありがとうございます」
遠慮していた二階堂だったが、その視線はずっと本の方に向いていて、興味津々なのが見てとれる。
「それ、あげよっか?」
「えっ、それはさすがにーーというか、先輩はいらないんですか?」
「あー、実は、あと2冊持ってるんだよね。母親がその本の制作に関わってたみたいで、多分サンプルとかで貰ってたんだと思う」
二階堂はそれを聞いて、またページをめくった。著者はこの流派の大家と言われる人物だが、確かに制作協力者の一覧には愛生の母である"
「やっぱりすごい人ですね、先輩のお母さん」
「……らしいね。あんま覚えてないけど」
「そうなんですか?」
二階堂には父親のことは話したが、母については話したことがなかった。茂幸の師匠だったことは二階堂も知っているから、茂幸から聞いているだろうと思っていたからだ。しかし、実は人柄についてはあまり聞かされていなかった。
愛生の母である美矢子は、一言でいえば厳しい人だった。声を荒げて怒ったりはしないものの、愛生の意思には関係なく弓の稽古を早くに始めさせ、自分の後継者にさせようと躾けていた。
支配欲の強い両親に育てられた愛生は親とはそういうものだと思っていたから、自身の家庭の異質さに気づいたのは学校に通うようになってからだ。
「あの人が死んだの、私が小3のときだもん。もう忘れちゃった」
愛生は少し伏せ気味だった目を二階堂に向けて、にこりと微笑んだ。
桐先に入学してからは部活に入り、友人も増えて、父親とはあまり顔を合わせなくて済むようになった。それまではやらされていただけの弓道も、次第に楽しいと思えるようになってきたところで。
そんな矢先に後輩として入部してきた二階堂に懐かれて、気づいたら好かれていた。ちなみにきょうだい弟子である茂幸から甥っ子のことは聞いていたが、聞いた話とイメージが違ったことは秘密にしている。もちろん悪い意味ではないが。
……それはともかく、愛生にとって今日は重要な日だった。親の話などしている場合ではない。
愛生は今日、最初から二階堂を自宅に誘う気でいた。何故かと言えば、単純に我慢の限界だったからだ。
付き合い始めて2ヶ月近く経っているのに、未だにときどき手を繋ぐだけで何も進展がない。
よく話すクラスメイトにいっそ誘ってしまえと唆されてーー半ばヤケクソな部分もあるがーーそれを実行したのだった。