A 初恋暴走貴公子-2

【愁視点】

翌日。

結局、昨日の部活では舞田先輩に話しかけられそうなタイミングが訪れず、ただ眺めるだけに終わった。見取り稽古としては有意義な時間だった。

だがわかったこともある。確かに、湊の言う通り、舞田先輩は二階堂先輩と親しいようだ。

後輩たちから話しかけられたとき、舞田先輩の対応は丁寧だ。弓だけでなく勉学にも優れる先輩は、よく質問を受けている。それは本村先輩も同様だが、やはり男子生徒には舞田先輩との接点を持ちたがる者が多い。

しかし、二階堂先輩と接しているときの舞田先輩は、少し雰囲気が違う。それは二階堂先輩も同じだった。

「藤原くん、どうかしました? 最近、何か悩んでいるように見えますが……」

「まあ、お前も悩むことくらいあるだろうが、そういうときは"これ"だ。アイドル、いいぞ」

自主練の時間に道場の畳に腰を下ろして休憩していると、本村先輩と佐瀬先輩が声をかけてきた。佐瀬先輩はいつも持っているピンク色のうちわを掲げて見せる。

「いえ、俺は遠慮しておきます」

「何!?」

「大悟、うるさいですよ。それより藤原くん、大会も近いですし、何かあれば言ってくださいね」

「ありがとうございます。では、1つだけ聞いても?」

「なんでしょう?」

竹早くんによると、本村先輩と佐瀬先輩は舞田先輩と仲が良い。

「舞田先輩に、現在恋人がいるかどうかを知りたいのですが」

「「……え?」」

湊と竹早くんと同じような反応だった。

*****

【本村視点】

――これは……どういった意図の質問なんでしょうか。

大悟を見ると、少し意地悪そうな笑みを浮かべている。やれやれ。

「藤原、お前、舞田のこと好きなのか?」

「はい。何故、佐瀬先輩がご存じなのかはわかりませんが……」

藤原くんは不思議そうにしているが、予想外の直球すぎる返答に、大悟もさすがに茶化せなくなったようだ。

藤原くんに背を向けて肩を組まれた。

「……宏樹、緊急事態だ」

「そのようですね」

――確かに舞田さんは異性に人気がありますが……まさか藤原くんが。

「というか、あいつら接点あったのか?」

「話しているところを見たことはありませんね」

「だよな」

もう少し情報が欲しい。そう思い、藤原くんの方に向き直った。

「ええと……舞田さんは、今は恋人はいないと思いますよ」

「今は、ということは、以前はいたと」

「あ、いえ、少なくとも桐先に入学してからはいないと思います。ただ、あまり直接的なことは聞いていないので」

「なるほど……。ありがとうございます」

藤原くんは丁寧に頭を下げた。

「藤原は舞田と付き合いたいのか?」

「いえ、まだそこまでは。まずは俺のことを知ってもらわないといけないので」

「おっと、知り合いですらなかったか……」

大悟は頭を抱えた。

……と、そこにちょうど舞田さんがやって来た。彼女はすでに制服に着替えている。何かの書類を持っているから、おそらく僕に用があるのだろう。

「本村ー。これ、大会プログラム貰ったから、男子の分渡しとくね」

「ありがとうございます。ーーあ、舞田さん、ちょっと待ってください」

「ん、なに?」

プログラムを渡すとすぐに戻ろうとする舞田さんを呼び止めた。

「舞田さん、彼のこと、知っていますか?」

「? うん。藤原でしょ?」

それがどうかしたのかと、当然ながら不思議そうな表情だ。

藤原くんはといえば、舞田さんと目が合い、ふっと微笑んだ。

「1年の藤原愁です。よろしくお願いします、舞田先輩」

「? うん、よろしく」

舞田さんがいつもの調子でそう返すと、藤原くんは満足げだ。

「ーー愛生さん、早く行こうよ」

しかし、そこに思わぬライバルが現れてしまった。

「あー、ごめん。ーーじゃあね」

道場の出入口からひょこっと顔を出し、舞田さんを呼んだのは二階堂くんだ。

二階堂くんはこちらを見ると少し眉を顰めたが、舞田さんが振り返ると同時に笑顔になる。

「お待たせ、行こ」

「ああ」

お疲れ様です、と言い残して、二階堂くんは舞田さんを連れて去って行った。

*****

「すみません、藤原くん。あまり力にはなれませんでしたね」

「いえ、そんなことは。舞田先輩も俺のことは知ってくれていたようですし……お気遣いありがとうございます」

そう言って、藤原くんは自主練に戻って行った。

「しっかし、驚いたな。まさか藤原が舞田に落ちるとは」

僕の感想も大悟と同じくだ。

「"射に惚れた"と、そう言われれば納得ですけどね」

「確かに」

頷いた大悟は、しかしニヤリと笑った。

「二階堂のやつ、藤原がライバルとなると、大変だな」

「それはどうでしょう。彼は入学当初から、舞田さんとは交流していましたし」

「ああ、そういえば。……賭けるか? どっちとくっつくか」

「賭けませんよ」

「冗談だって」

「まったく……」

とはいえ、この意外な三角関係の行く末が気になってしまう自分がいた。

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