A 初恋暴走貴公子
※二階堂夢と同一夢主
※愁がちょっとアホです
【設定】
・桐先3年生。斜面打起しの射手。
・師匠は故人である母親。西園寺先生と面識あり。
・二階堂をかわいがっている。付き合ってはいない。
・メガネの巨乳美人。基本ローテンション。
*****
【愁視点】
なんて、美しい射――。
「……愁。愁ってば、聞いてる?」
「え?」
「藤原くんがぼーっとしているなんて、珍しいね」
俺の目の前には、いつの間にか湊と竹早くんがいた。
……いや、一緒に更衣室に来たのだから、当然か。
「すまない。少し考え事をしていた」
「考え事って、弓のこと?」
「まあ、そう……かな」
俺が考えていたのは、先ほど射場にいた先輩のことだった。
新入部員への説明会のときに名前を知ったが、射を見たのは今日が初めてだった。
女子部部長の、舞田愛生先輩。
彼女のお母さまの話は、西園寺先生から聞いたことがある。範士八段、大前美矢子先生だ。
若くして亡くなられてしまったらしく、実際に大前先生を見たことはないが、西園寺先生も流派は違えど尊敬されている方だという。
しかし、舞田先輩の射を見て理解した。
美しく伸び続ける会、鋭い大離れ、矢勢もあって、しっかりと保たれた残心。
競技色の強い学生弓道の中で、彼女の射には勝敗などでは語れない"何か"があった。
「愁のやつ、まだぼーっとしてる」
「どうかしたのかい? 考え事って言っていたけど」
「ああ、いや……さっき、射場にいた先輩のことなんだけど」
2人は彼女のことを何か知っているだろうかと思い、聞いてみる。
「女子部の部長の、舞田先輩?」
「ああ、舞田先輩か。すっごく上手いよな! そういえば、ときどき斜面打ち起しで引いていたような」
竹早くんはやはり役職者を把握している。そして、湊の目が輝いた。
「舞田先輩はもともと斜面の方らしい。西園寺先生から聞いたことがある」
「えっ、そうなの? 愁、もしかして知り合い?」
「いや。西園寺先生に、舞田先輩のお母さまと親交があったと聞いただけだよ。範士八段の名人だったらしい」
「八段!? そんなにすごい人なんだ」
「でも、"だった"ってことは、もしかして……」
竹早くんは少し心配そうな表情になり聞き返す。
「ああ。数年前、ご病気で亡くなられたと聞いたよ」
竹早くんは湊を見た。湊は驚いているようだが、それより先輩の射に興味が向いているようだった。
「そうだったんだ……。でも、おれ、舞田先輩の射、好きだな。愁もそうだろ?」
「えっ」
「? あれ、違った?」
"好き"、か。なるほど。やはり、湊はすごいな。
「そうだな。俺は、舞田先輩のことが好きだ」
「「……え?」」
湊と竹早くんは、それぞれ持っていた帯と道着を落とした。
「2人とも、落としたよ」
「あ、ありがとう。――じゃなくて、愁、どういうこと?」
「舞田先輩の射が、すごく良かったって話だよね?」
2人に落とした道着を渡すと、揃って慌てた様子でそう聞いてきた。
「もちろん射も美しいけれど。それより、さっきから彼女自身のことが、妙に頭から離れないんだ」
そこで言われた湊の"好き"という言葉。それだ、と思った。
「これが、恋というものなんだろうか」
「いや、知らないけど……」
「えっと、急でびっくりしたけど、おれは応援するから!」
「ありがとう、湊。早速、話しかけてみるよ」
「ち、ちょっと待って! 舞田先輩にすでに恋人がいる可能性もあるよね」
竹早くんの静止を受けて、俺は立ち止まった。
「確かに……。あれだけ美しい人だ、周りも放っておかないか」
「藤原くん、それ、言ってて恥ずかしくないの?」
「? 特には」
竹早くんは何故かやや呆れた表情になったが、今度は湊が口を開いた。
「舞田先輩って、確か二階堂先輩とよく話しているよね。付き合っているかどうかは、わかんないけど」
「! そうなのか」
二階堂先輩。俺は幼少期に1度だけ会ったことがあるが、それを湊には伝えていない。かなり敵視されていた記憶はあるが、桐先で顔を合わせたときは何も言われなかった。
「本村部長や佐瀬先輩とも仲が良いみたいだよね。同じクラスだって聞いたよ」
湊と竹早くんは舞田先輩のことを知っている限りで教えてくれた。
と言っても、2学年上の先輩たちとそれほど交友があるわけではない。やはり、直接話して、まずは俺のことを認識してもらうべきか。