過去編:任務

※オリキャラモブ隊士:佐藤、鈴木。のちに舎弟となる2人。


【明野視点】

その日の任務は、ひのと隊士2人との合同任務だった。

私の担当地区近くのとある山は、町人たちの山菜取りの場として知られているらしい。

最近、その山で行方不明事件が続発しているという情報が入った。

いなくなった人たちはそろって夕方以降に入山しており、翌朝様子を見に行くと、殺人の跡と思わしき血だまりが発見されたものの、死体はひとつも見つかっていないという。だから"行方不明"なのだと。

鬼の仕業であると判断され、この現場に派遣されることになった。

短期間で被害人数が多く出たことからそこそこ強力な鬼である可能性を考慮して、一般隊士に加え、念のため柱1名を随伴させる――というのが、鴉からの伝令だった。

日が落ちてから、1名の隊士とともに入山する。

もう1名は町人のふりをして先に入山させていた。鬼を誘き寄せるための囮である。

「鬼、出ますかねぇ」

「出てもらわないと、困る」

「そりゃそうですけど」

隊士――佐藤くんはあまり緊張していないようだった。丁くらいになればそこそこ経験を積んでいるだろうから、精神的に余裕があるのかもしれない。

囮役を自ら志願したもう1人の隊士である鈴木くんは、少しびくびくしていたけれど。

「そういやずっと気になってたんですけど、鳴柱って、おいくつなんですか?」

「? 18歳」

何で今、雑談を? とは思ったけれど、特に隠しているわけではないので答えておく。

「えっ、年上かよ!? 俺、16っす!」

「そうなんだ」

「いやあ、そっかぁ。ああ、鳴柱って、俺らの間じゃ結構人気なんですよ?」

「なんで?」

「そりゃあ、なあ?」

薄々気づいてはいたが、舐められている。佐藤くんが私を見下ろす目は、女を選りすぐるときのそれだ。

いやまあ、こんな露出度の高い隊服を着ているのが原因のひとつだとはわかっているけれど。しかしこれは意外と実用性があるのだから仕方がない。

ともあれ、カナエちゃんがいなくなった今、5人いる柱のうち女は私だけだった。他の柱たちはみんな上背もあるし、単純に強そうな見た目をしているのだ。

「てか、柱って、どうやってなったんです?」

きのえになって、鬼を50体倒すか、十二鬼月を倒すのが条件」

これは一般隊士にも公開されている情報のはずだけど。

「私は任務をたくさん受けていたから、きのとのときには50体以上倒していたし、甲になってからは十二鬼月を1体倒したの」

「ふぅん……。じゃあ、水柱とはどんな関係なんです?」

「水柱?」

「あんたが水柱に取り入って、柱になったって噂があるんですよ」

「……そうなんだ」

心外すぎる、というかなんて無礼な。私のみならず水柱に対する敬意もないのか。

"取り入る"とは単にご機嫌取りのことではなくて、私が水柱を誘惑したと思っているのだ、この人は。

……なんと憐れな視野の狭さか。

「水柱とは子供の頃に面識があったけど、私が柱に就任したときの柱合会議で数年ぶりに再会したから、その噂は間違ってるの」

「……」

「彼は間違った噂を聞いたら怒るから、言わない方がいいと思う。冨岡は、口より先に手が出るの」

「……へぇ」

動揺や怒りよりも先に呆れてしまったせいか、冷静に答えることができた。

期待した答えが得られなかったのか、佐藤くんは不満げにしながらも口を閉ざす。

――鈴木くん、早く鬼を呼んでくれ。

――佐藤くん、任務に集中してくれ。

溜息を吐きそうになったとき、山頂の方から大きな音が聞こえた。

「おっと……こりゃ鈴木のやつ、まずいか?」

佐藤くんは迷わず走り出す。私も周囲を警戒しつつ、それを追った。

*****
山頂には、やはり鬼がいた。

鈴木くんがなにやら蔓のようなもので木に縛り付けられている。

血鬼術だろうか? だとしたら異能の鬼。厄介かもしれない。

「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り!」

佐藤くんが攻撃を仕掛ける。ついさっき水柱を侮辱していたというのに、水の呼吸の使い手だったとは。

頸を狙った攻撃だったが、回避されたのか胴から血が噴き出ている。しかしすぐにその傷は回復された。

鬼は喋らないが人間に近い形をしている。鈴木くんのほうに指をさす仕草をしていることから、あの蔓を操る術を持っているらしい。

それから佐藤くんはまず鈴木くんを縛る蔓を切り、解放した。

「悪い! 助かった!」

「いいから加勢しろ!」

佐藤くんのその態度に鈴木くんは少しむっとしたようだったけど、すぐに刀を抜いて応戦した。

鈴木くんは今回囮役のため隊服を着ていないが、もちろん帯刀はさせている。彼は炎の呼吸を使うらしい。

2人ともそこそこに攻撃を当ててはいるし、型もたくさん使えるようだけど、蔓に弾かれたり普通に避けられたりで、いまいち決定打に欠けていた。

……ところで、私が何故手を出さないのかといえば、ちゃんと理由がある。

ひとつは、行冥さまが以前、一般隊士の質の低下を嘆いていたからだ。柱との実力差が開きすぎていると。

確かにこの2人も階級は上のほうだけど、呼吸を使っているにもかかわらず、水や炎ははっきりと視認できない。

使えるだけで、使いこなせてはいないのだろう。だからもっと経験を積んでもらわねばならない。

もうひとつは、私は今回の任務には"念のため"同行しているにすぎないからだ。

ひとつめの理由に起因するものだけど、柱に頼ってばかりでは困る。もちろん見殺しにする気はないけれど、できるところまではやってもらわねば。あと佐藤くん、腹立つし。

「な、鳴柱様! 手を貸してください!」

「っそうだ! なんであんた、見てるだけなんだよ!?」

佐藤くんは、"お前"と呼ばなかったことを評価したほうがいいのだろうか。

鈴木くんは、頑張ったけどもう無理です、という表情だった。

「どうしても倒せない? 2人がかりでも?」

2人の弱さを馬鹿にするつもりも、煽るつもりもなかった。

私の言葉を聞いて鈴木くんは真っ青になり、佐藤くんは逆に顔を赤くさせて怒る。

「だったら最初からあんたが戦えばよかっただろ!」

「……それじゃ困るの」

佐藤くんはすでに冷静さを失っていて、鬼に背を向けてまで私の静観を責めた。その後ろに迫る鬼の蔓を、鈴木くんが慌てて切り落とす。

「佐藤! 油断するなよ!」

「うるさい! お前、鳴柱のやり方をどう思ってんだよ!」

「今はそんなこと言ってる場合じゃ……!」

……困った。

柱はいつも忙しい。任務が多いから。

なんでか? その任務が一般隊士には危険だからだ。

なんでか? 一般隊士が弱いからだ。

一般隊士がもっと強ければ、任務の負担を分散できるのに。

なによりその多忙のせいで、最近義勇に会えていない。

そのことが、とってもとっても――、

「腹が立つ!」

このまま2人に任せていても消耗するだけ。もう十分待った。さっさと帰ろう。

帰ったら湯浴みをして、軽く夜食をとって、夜が明ける頃に水柱邸にでも向かおうかな。

あわよくば、一緒に寝たりして。あと、まあ、色々するかもしれない。

あ、明日の昼間、鍛錬が終わったら定食屋や甘味処に行くのもいいかも。

もちろん義勇も疲れているだろうから、屋敷で詰将棋でもしながらお話をして、ゆっくり過ごすのも良い。

別に今日のことでいちいち文句を言ったりはしないつもりだ。けど、ただ顔が見たくなった。

そういう時間を、生きているうちにたくさん作りたいのに。

「――雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」

*****

頸を切られた鬼は、間もなく塵となって消えた。正直に言うと、私にとっては取るに足らない相手だった。

「終わった。帰ろ」

その場に立ち尽くした2人に声をかけて、さっそく下山しようと歩き始める。

「お、おい、待てよ!」

「佐藤! 柱に向かってその態度はないだろ!」

「今更だ!」

それは本当にそう思う。

「次の用事があるの。早く戻りたいけど、2人を置いていけないから、麓まではついて来てほしい」

「用事ってなんだよ? もう夜明けが近いのに、柱はまだ任務か?」

「馬鹿! せめて敬語をつかえ!」

この2人、欠点を補い合って案外良い相方同士になるんじゃないだろうか。鈴木くんの負担は大きそうだけど。

「鳴柱様、すみません! 助けていただいてありがとうございます!」

「別にいい。でも、ほんとに早く帰ろ? 私――、」

そう、私にはこのあとやるべきことがある。

「――水柱を誘惑しなくちゃいけないの」

ぽかんとした2人を背に、私は歩き始めた。

*****

「……ということが、ありました」

緊急で執り行われた柱合会議の場は、沈黙に包まれた。

少しして、最初に言葉を発したのは不死川くんだ。

「……長ェよ! つかその話、どう考えても必要ねえだろォ!」

「必要だった。行冥さまの言う通り、一般隊士の質の低下は事実なの。ひのと2人で異能の鬼1体を倒せないのは、まずいと思う。……南無」

行冥さまの真似をして、私は両手を合わせた。

「部下を守り、よく無事でいてくれた」

行冥さまも涙を流して数珠を鳴らす。心配してくれて嬉しい。

「それで、もちろんド派手に続きがあるんだろ? なんてったって、"上弦に遭遇した"って話を聞くために、俺らは呼ばれたんだからな!」

天元さんの言葉に私は頷いた。

そう、この話には続きがある。

任務が終わってからこの報告をするに至るまで、1か月の時間を要したのもここに原因があった。

そして一番重要なのは、私はこの任務の後、義勇に会いに行くことができなかったということだ。

*****

山頂の鬼を倒した後、佐藤くんと鈴木くんを連れて下山する途中のことだった。

「いやあ、お見事だったよ!」

私たちの前に何者かが現れた。

陽気な声で話しかけてくるその人物……違う、鬼だ。暗闇の中、木の影にいてぼやけているが、人の形をしているように見える。

「――撤退! 散開して、戻って他の柱――できれば風柱を呼んで」

「おお、良い判断だ。俺も男は食わないし、行っていいよ?」

近くに鎹鴉の姿が見えない以上、2人に頼むしかない。しかし後ろにいる2人は、私の指示にすぐに従わなかった。というより、目の前の鬼に圧倒されて動けないようだった。

さっき倒した鬼とは格が違う。根拠はないけど、この鬼はまずいと本能が告げている。

「そう睨まないでおくれよ。君、女の子とは思えないほど筋肉がついているけれど、しなやかで柔らかそうだ……君の肉はとっても美味しいんだろうね。嬉しいなあ」

喋りながらこちらに近づいてくる鬼が、月明かりに照らされた。

頭から血をかぶったような赤色が目を引く、白い長髪だった。鬼狩りを前にしても屈託なく笑って、穏やかに優しく喋る。

不気味に輝く虹色の瞳。

その左右それぞれに浮かぶ、"上弦"と"弐"の文字。

間違いない、こいつ、カナエちゃんを殺した鬼――!

「雷の呼吸 壱ノ型ーー」

深く踏み込んで抜刀の構えを取ったが、踏み出す前にハッとして動きを止めた。

「あれ、来ないのかい?」

「……衝動的に手の内は明かさない。そっちの血鬼術がわからないから」

息を吐いて、刀から手を離し、構えをやめてその場に立ち上がる。

「つまらないなぁ。あ、そうだ。食べてしまう前に、もう少しお話をしよう」

「……」

「俺は童磨。君の名前を教えておくれよ」

「鳴柱」

「それは名前じゃないだろう」

「名乗りたくないの」

「つれないね。そっちの人間に聞いたら教えてくれるかな?」

童磨と名乗った鬼は、後ろの佐藤くんと鈴木くんに目を向けた。どちらのともわからない引きつった声が小さく聞こえる。

鬼が私の目の前に立ち止まる。そして、私の顔に片手を添えて、覗き込むように屈んだ。

「おお……君、すっごくかわいいねえ! やはり名前を聞いておきたい! 名前を呼びながら、少しずつ大切に食べてあげるよ。――さ、この子の名前を早く教えてくれよ」

「ひ……っ、時雨木……明野だ……!」

怯え切った佐藤くんは、童磨に答えた。

「ありがとう! 君は明野ちゃんというのか。早く味わいたいが、すぐに食べてしまうのはもったいない。よし、遊んでからにしよう」

ニコリと笑顔を向けられた瞬間、抜刀し、頬を撫でる鬼の腕を切り落としてから頸に斬りかかる。

「速いねえ! それに呼吸を使わずに俺の頸を斬ろうとは……見かけによらず無茶をするね、明野ちゃん。って、そうかそうか、君は柱だった。かわいいだけじゃなく、強いのか。俺は運がいいぜ」

日輪刀は鬼の頸の3分の1を超えた程度で止まった。やはりこれ以上は私の力では無理か。腕はすでに再生している。

「女の子なのにすごい筋力だねえ。でもこれ以上は斬れないみたいだ。そんな無駄なことはやめて、もっと楽しいことをしよう!」

鬼の両手が左右から私の頭を包んで、頬に爪が食い込んでくる。

「良いことを思いついた。そのきれいな目玉をひとつお土産にくれたら、見逃してあげようか。どうする?」

「……っ、ぐ、うぅっ!」

頭を固定されたまま、左目に鬼の指が押し付けられる。なに……冷たい? ちがう、痛い! 目だけじゃない、耳鳴りがする、何か――いやいい、怪我の判断は後だ!

「さあさあ、選びたま――、ッ!?」

「雷の呼吸 弐ノ型 稲魂! ――伍ノ型 熱界雷!」

頸から強引に引き抜いた日輪刀を鬼の腹に向けて、連続して呼吸を使った。

鬼の全身が四散する。頸はもとより狙っていない。とにかく細かく砕いて時間を稼ぐ……!

「――撤退!! 走れ!!」

叫んだつもりだったが、自分の声が聞こえなかった。鼓膜が破れた? 指示が届いているかわからない……!

鬼が再生する前に、佐藤くんと鈴木くんを連れて逃げなければ。2人は足をもつれさせながらも、こちらに背を向けて走っているのが見えた。

鬼の体が徐々に元の形を取り戻していく。だめだ、走っても間に合わない。

「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」

壱ノ型は、超高速で行う居合斬りの型。しかし四散した鬼の腹から解放された刀は、もとより鞘に収まっていない。

私は右足を深く踏み込んで、前を走る2人に刃先を向けて、そのまま突っ込んだ。

*****

結果から言えば、私たちは逃走に成功した。

……壱ノ型を、移動のためだけに使ったのは初めてだった。上手くいったけど、佐藤くんと鈴木くんを、日輪刀で串刺しにして運んでしまった。

私の刀が背に刺さったままの2人は、麓の道に重なって失神している。致命傷は避けて刺すとか、そんな余裕はなかったから、死なないでほしい。

「……隊律……違反……かな……」

やはり鼓膜が破れているみたいで、声は聞こえなかった。これ、治らなかったらどうしよう。義勇の声、もう一生聞こえないのかな。

左目が痛い、視界がぼやけてよく見えなかった。最後に見たのが鬼なんて嫌だな。義勇が見たかった。

隠が駆け寄ってくるのがなんとなく見える。何かを叫んでいるようだけど、どのみち私には聞こえない。

「ぎ、ゆう……」

これから会いに行こうと、思ってたのに。

*****

【明野視点】

最初に見えたのは、私を見下ろす義勇の顔だった。

「……ぎ、ゆう」

「――! ――! ――、――――」

「きこえ、ない」

真っ青になった義勇が、何かを叫んでいる。苦しそうな表情だった。

「……義勇、苦しい……?」

義勇があまりにもつらそうな顔をしているから、苦しいのかと聞いた。

思ったように話せているのかは、わからなかったけれど。

それからすぐ、義勇は慌てた様子で私の視界から消えて行った。

……なにがあったんだっけ。

*****

【しのぶ視点】

明け方、切羽詰まった様子の隠が数人で蝶屋敷に押しかけて来た。

隊士が任務で怪我を負って運び込まれることはいつものことだけど、こんなに慌てた隠は珍しい。

「胡蝶様! 胡蝶様、助けてください!!」

「落ち着いてください。状況は?」

「鳴柱様が!! 耳が聞こえていないんです! それに目も! 足もずっと痙攣していて――」

まだ経験が浅いのか、しどろもどろになっている隠に運ばれてきたのは、明野だった。

左目と両頬から出血している。顔色は青白く、意識はない。

「すぐに処置します。他に負傷者は?」

これには別の隠が答えた。

ひのと隊士2名! 背中から刀が貫通している以外、外傷はありません!」

「刀……? 刀は抜いていませんね!?」

「止血できていたので、そのまま固定しています!」

「そちらは明野を診てから考えます! 安静に!」

それと、

「水柱を呼んでください」

このときは、自分でもびっくりするくらい、慌てていたと思う。

*****

アオイと共に、明野が負った怪我の程度を診断していった。

「はぁ……幸い、顔は軽傷のようですね。左目も失明は免れたかと思います」

「痕が残らないといいですが……」

「おそらく心配いりません。それより、鼓膜穿孔が起きています。隠が"耳が聞こえていない"と言っていたのは、これが原因でしょう」

「治りますか?」

「ええ。でも、少なくとも1か月はかかります」

「よかった……。でも、どうしてこんな……。鳴柱様がこれほどの傷を負うなんて、一体どんな鬼が……!」

「それはわかりません。アオイ、今は治療に集中しましょう。……明野が目を覚ましたら、わかることですから。アオイの力が必要です」

「……はい」

わずかに震えていたアオイは気を持ち直し、再び治療にあたった。

――明野は今まで、あまり大きな怪我を負うことがなかった。

それは単純に戦闘能力が高いというのもあるが、状況判断能力が際立っているからだった。加えて、雷の呼吸を使うだけあって脚力に優れ、逃げ足が速い。

彼女が出す撤退指示は的確だ。それを臆病だと言って従わずに鬼に立ち向かった結果、重傷を負ったり命を落とした隊士たちを、この屋敷の人間は何度か見てきている。

それでもときどき小さな怪我で蝶屋敷を訪れることはあったけど、治療と称して屋敷の子供たちに甘味や玩具を差し入れに来るのが主だったのだ。

だから、今回のことでアオイが取り乱すのも無理はない。

「出血は多いですが、輸血をするほどではありません。傷も見た目ほどひどくはなかったようですね。良かった……」

乾いた血液や汚れを拭き取り、小さな傷口を消毒し終えると、痕が残るような深い外傷はないことがわかった。

ただ、鼓膜穿孔と左目の損傷、そして足の筋肉の損傷が著しい。

雷の呼吸は脚力を使う。おそらく、無理な使い方をしたのだろう。

とはいえ、これも時間さえあれば回復が見込める怪我だった。

「……あ」

「どうしたんです? しのぶ様」

「いえ、つい……冨岡さんを呼んでしまったなと思って」

「ああ、そういえば」

「正直、運ばれてきたときは肝が冷えましたけど……結果的には冨岡さんを呼び出すほどの怪我じゃありませんでしたから」

「まあ、どのみち水柱様も心配されるでしょうし、いいんじゃないですか?」

"あの方、鳴柱様が絡むとしつこいですし"、とアオイは苦笑する。

「それもそうですね。――さて、残りの2人も診てしまいましょうか」

「はい!」

その後、背中に明野の日輪刀が刺さって重なった隊士2人を見て、私とアオイは顔を見合わせた。

一体、何があったらこうなるのだろうか。

*****

【明野視点】

戻ってきた義勇は、しのぶちゃんを連れていた。

「――、――――。――」

しのぶちゃんが何か話しているが、やはり聞こえない。

少しして、しのぶちゃんは私の目の前に紙を掲げた。

『おはようございます。
明野は××山での任務の後、半日ほど眠っていました。
鼓膜に穴が開いているので今は音が聞こえないと思いますが、1か月程度で治る見込みです。
左目の怪我は包帯を巻いて保護しています。あまり触らないようにしてください。』

と、書いてある。

「しのぶちゃん、ありがとう。……けほっ」

お礼を言ったつもりだったけど、しのぶちゃんに伝わっただろうか。

喉がカラカラして咳込んでしまったのを見て、しのぶちゃんはぬるい白湯の入った湯呑を渡してくれた。

再びお礼を言えば、微笑んで頷いてくれる。伝わっているようで良かった。

それから、ずっと私の手を握っていた義勇のほうを見る。

「義勇の声、また聞けるって。よかった」

今にも泣き出しそうな顔をしていた義勇は、ついにぼろぼろと涙をこぼしてしまった。

しのぶちゃんに見られるのが恥ずかしいのか、すぐに羽織の袖で拭って隠していたけれど。

『起きたばかりの今はつらいと思いますが、傷は深くありません。
顔の怪我もおそらく痕は残りませんし、視力も回復するはずです。
冨岡さんの反応は大げさすぎですから、あまり心配しないで大丈夫。
お館様からお休みを頂いています、しばらくゆっくりしてください。』

微笑んだしのぶちゃんは、もう一枚紙を取り出す。

『筆記具を置いておくので、自由に使ってください。
体がつらくなければ、起き上がっても構いません。
両足も怪我をしています。いずれ治りますが、まだ負荷をかけたくないので、立ち上がらないように。
何かあれば、冨岡さんを使って呼んでください。』

「うん」

「――、――――。――――」

それからしのぶちゃんは袖で顔を覆ったままの義勇に何か話してから、病室を出て行った。

「義勇、そんなに泣かないでよ」

「――――」

泣いていない、って言ってそう。泣いてるけど。

義勇はハッとして紙を取り、何かを書き始めたかと思えばすぐに掲げた。

『泣いていない。』

「ふふ……っ」

「――!」

今のは多分、"笑うな!"だろう。

*****

「……ということが、ありました」

柱合会議の場は、再び沈黙に包まれてしまった。

そして今回も、最初に言葉を発したのは不死川くんだった。

「お前……よく生きて帰ってきたなァ」

意外にも、労りの言葉が飛んできて驚いた。

それから天元さんもいつものように肩を組んできたが、いつもより力は控えめだ。

「上弦相手に軽傷で帰ってくるとか、俺より派手なことしてんじゃねーよ! ……その怪我、いつ頃完治するんだ? 治ったらド派手に復帰祝いしてやる!」

「あ、ありがとうございます。左目のガーゼが取れたら治療は終わりらしいです。今も軟膏が落ちないように保護してるだけなので、もう取れるんですけど」

ぺろりとガーゼをめくった。ついでにまぶたを開いて、覗き込んでくる天元さんに見せる。

……一瞬、童磨に顔を覗き込まれたときのことを思い出して体が強張ってしまったけれど、ごまかした。天元さんなら、気づいてもごまかされてくれると信じて。

「……傷は残ってねえようだが、色が変わってんな」

「あ、そうなんです。原因はわからないんですけど」

私の目の色はもともと黄色に近かった。それが、治療を終えてみたら黄色に赤混じりのまだらな色になっていたのだ。

しのぶちゃんは"色素が変性したか、血液の色が透けて見えているのかもしれない"と言っていたが、あまりその推察に自信はなさそうにしていた。もちろん前例がないため正確な原因はわからない。

「まあ、でも、虹色にならなくてよかったです。あの鬼の目は虹色だったので」

「……どのような鬼だったか、話してもらえるか?」

行冥さまの言葉に、天元さんも離れて居住まいを正した。

あの任務の顛末は先ほど報告したが、鬼については別途で詳しく情報を共有するべきだと思い、省略して話していた。

「私が出遭ったのは上弦の弐です。"童磨"と名乗っていました。あれは、カナエちゃんを殺した鬼だと思います。特徴がすべて一致していたから」

1か月前のこととはいえ、さすがに忘れることはなかった。

「穏やかな話し方で、あまり敵意は感じませんでした。それと"男は食わない"と言っていて、女をいたぶる趣味がありそうでした。なので一緒にいた隊士2人には目もくれませんでしたが、私のことはいずれ食うつもりと思われるような発言を繰り返していました」

「何を言われた」

これについては義勇にもまだ話していなかったからか、険しい表情ですかさず聞いてくる。

「"おいしそう"とか、"速いね"、"強いね"って、へらへらしながらずっとそんな感じのことを」

「他に何をされた」

こうやって・・・・・、"目玉を1つお土産にくれたら、見逃してあげようか"と」

正座をする義勇の前に中腰で立って、その頭を両側から掴んだ。それから親指を左目にぐっと近づける。反射的に閉じられた瞼の上から、軽く指を押し当てた。

「ニコニコ笑ってて、すごく……たのしそう、だった」

義勇は右目でじっとこちらを見つめる。

「大丈夫か」

「お前がやらせたんだろうがァ!」

「……」

不死川くんの怒号を浴びた義勇は、つんとした表情のまま動じなかった。

なんかこう、反省の色とか、もうちょっと見せた方がいいんじゃないだろうかとは思う。

軽く息を吐いてから、義勇から離れて座り直す。

「多分このときに血鬼術を使っていたんだと思います。一瞬頭部が冷たくなる感覚があってから、すぐに耳が痛み出して、耳鳴りが起こったので……」

鼓膜はもう完治しているため、今まで通りに聞こえているし問題ないけれど。

「それで全部か」

「あと……名前を知られた」

「名乗ったのか?」

眉を寄せた義勇に対して、首を振って否定する。

「名前を聞かれて私は断ったけど、童磨に脅されて、佐藤くん――一緒にいた隊士が答えたの」

「そうか。……用事ができたので俺は失礼する」

短く答えた義勇は突然立ち上がり、部屋を出て行こうとした。

「おい冨岡ァ! どこ行く気だてめェはよォ!」

「不死川には関係ない」

「冨岡。お前、佐藤って奴を捕まえる気だろ。どうするつもりだ? 派手に私刑でも下すか?」

義勇は立ち止まり、答える。

「……そいつは明野を鬼に売った。柱の情報を鬼に提供した。鬼に協力した隊士は、隊律違反で斬首だ」

*****

「お前なあ……」

私情に建前を塗りたくったような義勇の言葉に、天元さんは溜息を隠さなかった。

「チッ……正直俺もそれには賛成してェが、その辺の隊士が上弦の鬼に逆らえるわけもねェだろォ」

「うん。あの2人、童磨に怯えきって固まっちゃってたから。仕方ないと思うの」

「しかし放っておけば同じことを繰り返すぞ! また明野が犠牲になる可能性がある以上看過できない! お前を傷つけた奴を俺は許せない!」

義勇は珍しく声を荒げて反論した。その様子に天元さんたちも驚いている。もちろん、私も。

「おいおい、またド派手な愛の告白だな」

「……」

天元さんのその言葉に、義勇はハッとして口ごもった。そしてちょっと気まずそうに目を逸らす。愛の告白をしたつもりはなかったんだろう。

「ありがとう、私も義勇の立場なら同じことをすると思う」

ただ、あの2人に関しては、言っておかなければならないことがあった。

「あの2人、蝶屋敷にいる間にお見舞いに来て、謝ってくれたの」

「許したのか?」

「ううん」

「えっ」

と言ったのは天元さんだ。

「私は心が狭いから……自分の実力不足で人に迷惑をかけておいて、謝って許してもらおうなんて腑抜けた根性が、許せなかったの」

さっきまでぽかんとしていた天元さんが、吹き出したかと思えば腹を抱えて笑い始めた。

「……そんで、どうしたんだ、そいつらァ」

不死川くんもなんだか怪訝な表情だった。行冥さまは涙を流して手を合わせているが、それは一体なんの涙なんだろう。私のために泣いてくれていたら嬉しいけど。

「あ、鈴木くんのことは別に怒ってないの。彼はただ弱いだけで、任務に協力的だったから」

でも、

「佐藤くんは駄目。彼は最初から私のことを舐めてたの。私のことを"水柱を誘惑して柱の地位を手に入れたあばずれ"だって思ってた。そんなことを言うくせに、水の呼吸を使ってたのも腹が立った。そのうえ鬼の頸も斬れないし、判断力もないし、逃げ足も遅くて、良いところが1個もなかったの。――って、ちゃんと伝えておいた」

「……こんだけ言われたら、そいつ、やめさせなくても勝手にやめんじゃねえのかァ……?」

「私、あの任務が終わったら義勇のところに行こうと思ってた。なのに邪魔されたから、すごく嫌な気持ちになった。佐藤くんにはひどいことを言ったけど、謝るつもりはないの。それと最後に1発手を出していいか聞いたのに、何も答えなかった。判断が遅いから、1発殴って終わりにしたの」

ちなみに佐藤くんはこれで歯が数本折れたらしく、あとでしのぶちゃんに"怪我人を増やすなら先に言え"と怒られてしまった。

「お前は悪くない。もう奴には会うな、関わるな。今日は――いや、毎日俺のところに来い」

「うん」

ということで、話はまとまった。……と、思うことにしておく。

*****

柱合会議が終わると、義勇と明野は連れ立って屋敷を後にした。

その場に残った悲鳴嶼、宇髄、不死川は、いつもより疲れた様子だ。

「……私は昔、明野に初めて日輪刀を握らせたとき、刀身の色と文様を聞いて驚いた」

突然語りだした悲鳴嶼に、宇髄と不死川は驚きつつも黙って続きを促した。

「私のもとにいた頃、明野は忍耐強く、おとなしい娘だった。故に、雷の呼吸への適性を当初は訝しんでいたが……」

「悲鳴嶼の旦那、ありゃあ、ド派手に適性ありだ。間違いねえ」

雷の呼吸は、"激情的な性格、特に色恋に対して顕著な者"が向くと言われている。

悲鳴嶼の言う通り、普段の明野はあまり感情を波立てることはなく、おとなしい子だという印象を持たれることが多い。宇髄や不死川も当初はそう思っていた。

宇髄に関しては、明野の内に秘めたる激情を酒の力で引き出したことがあるため知っていたが。

「私は……冨岡の存在を、明野から聞いたことがなかった」

悲鳴嶼はここで涙を流した。

「ど、どうしちまったんだァ、悲鳴嶼さんよォ」

「……カナエやしのぶには話していたと、のちに聞いたのだ……」

悲壮感を漂わせる悲鳴嶼に、宇髄と不死川は顔を見合わせる。

「そりゃあれだろ、やっぱり恋愛事の相談は男にはしにくかったんだろ」

「そうだぜ悲鳴嶼さん。ましてやあんたは明野にとっちゃ恩人だ、余計な心配かけたくなかったんだろォ」

「南無……」

落ち込む悲鳴嶼を気遣いつつ、宇髄と不死川は誓った。

ーー冨岡あとでシメる、と。

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