過去編:胡蝶

※「過去編:冨岡」および「夜の稲妻は水招く」の続きですが、単体でも読めます。


冨岡と再会を果たした翌日。

明野は蝶屋敷を訪れた。

「明野、朝から来るなんて珍しいですね。どうしたんですか?」

顔を合わせたしのぶはきょとんとした表情を見せる。

「ああ、そういえば! 昨日、柱に就任したんですよね? おめでとうございます。まさか入隊して1年弱で柱にまでなるとは思っていませんでしたが……さすがですね」

「ありがとう、しのぶちゃん」

しのぶは明野のことを大切な友人だと思っている。そしてその努力を知っていたから、柱就任についても心から称賛していた。

とはいえ自分よりも後に入隊した明野に、今は亡き姉と同じ地位に立つことを先行されたことについて、何も感じないわけではなかったが。

「しのぶちゃん、あの……痛み止めって今もらえないかな?」

「怪我でもしたんですか?」

「ううん、そうじゃないんだけど、えっと……腰痛で」

「痛み止めと一口に言いますけど、原因や痛みの種類がわからないと、適切な薬は出せませんよ」

「げ、原因!?」

珍しく動揺した明野にしのぶは首を傾げると同時に、何か隠しているなと気付いた。

というか、そもそも今日は最初から様子がおかしい。

「何かありましたね? さ、診察してあげますから、全部吐いてもらいましょうか」

「文脈おかしくない……?」

しのぶの笑顔の圧に負けた明野は、昨日あったことを言葉を選びつつ説明した。

柱就任の挨拶で、以前から探していた幼馴染と再会できたこと。

宇髄に歓迎会を開催してもらい、しこたま酒を飲まされたこと。

そして、その後屋敷で待っていた幼馴染と色々あって盛り上がり、一晩中――手合わせ・・・・をしていた、と。

「……」

しのぶは少しの間考える。そして色々と察した。

明野が幼馴染を探しているのは、悲鳴嶼の屋敷にいた頃から知っていた。それが男だということも聞いていた。

昨日再会したということは、その幼馴染も柱だということだ。

今いる柱は明野の他に、悲鳴嶼、宇髄、不死川、そして冨岡だ。屋敷での仕事の中で、大した交流はなくとも全員の顔と名前は知っている。

ちなみに炎柱の煉獄は在籍しているものの、最近は職務を放棄しているらしいので、数えなくていいかとしのぶは判断した。

はるのの師匠である悲鳴嶼と宇髄、年齢が大きく異なる煉獄は当然選択肢から外れる。

不死川は姉のことがあってから時々話す機会があったため聞いたことがあるが、幼馴染はいないと言っていた。

つまり消去法である。

明野の幼馴染というのは、水柱・冨岡義勇に違いない。

しのぶは冨岡とほとんど話したことがなかった。というか、冨岡から"ああ"、"違う"、"わかった"以外の言葉を聞いたことがなかった。

そもそも冨岡はろくに治療に訪れない。大きな怪我以外は自分で対処しているようだったが、その雑な手技に眉を顰めることは多々あった。

「……もったいない」

「え? 何が?」

しのぶははっとした。つい口に出してしまった。

――冨岡に明野はもったいない。あの傷口放置男に友人を取られるなんて。

しのぶは舌打ちを我慢した。

しのぶにとって冨岡は、好きでも嫌いでもない、ただの"怪我の処置が不適切な隊士"であった。

しかし、今日このときからちょっと嫌いになったかもしれない。

「なるほど〜、明野の幼馴染は水柱様でしたか」

「えっ、すごい。わかったんだ。そうなの、水柱の冨岡くん」

――なにをのんきに感心しているのか。

しのぶは言葉を続ける。

「それで、水柱様と一晩中手合わせですか」

「うん」

頷いた明野の表情は変わらない。しかし彼女は案外嘘を吐くのがうまいのだ。可愛らしい容姿で相手を油断させ、この無垢な少女が嘘など吐くまいと思わせている。

……私には、嘘は吐かないと思っていたんですけどね。

とはいえ、しのぶに明野を責める気はなかった。

冨岡との再会は、明野が鬼殺隊に入隊した目的である。

それが達成されたのは良いことだと思っている。思っているが、やはり。

「水柱様は見かけによらず手が早いんですね」

あの他者を寄せ付けない無口で無愛想な水柱が、再会した幼馴染を1日と経たないうちに手篭めにするとは。

明野の様子を見るにもちろん合意の上なのだろうが、しのぶにとっては同じことだった。

「…………いやっ、あの」

しのぶに勘付かれたことを理解した明野は、顔を真っ赤にして声を上擦らせた。

「一晩中ですか〜、それで腰が痛くなってしまったんですね。それなら炎症止めが効くと思いますから、用意しますね」

「あっ……あっ……ありがとうございます……」

しのぶは明野をからかった。そこに当然悪意はない。

ただ明野の反応が面白くて、かわいくて。

友人に恋仲の男性ができたことを祝う気持ちも含めて、ただただからかってやりたかったのだった。

*****

「あっ、あと……傷口の塗り薬もあると助かるんですが……」

明野は赤い顔のまま、噛み跡のついた前腕をしのぶに見せた。

「これ、水柱様に噛まれたんですか?」

しのぶは笑顔だったが、その背後には明らかに般若が見えている。

「ち、違う、違うの! これは自分で……」

「自分で?」

しのぶは明野が冨岡を庇っているのかと思ったが、どうやらそうではないらしいと態度で悟る。

「あの……その……これ言わなきゃだめですか……」

しのぶとて、友人とはいえ他人の閨事情など根掘り葉掘り聞くことではないとはわかっている。

しかし怪我となれば別だ。

「いえ、詳しくは聞きませんけど、それって腕を噛むようなことがあるんですか?」

そして経験のないしのぶは、正直言ってあまり想像がついていなかった。

「えっと……痛くて……耐えるためについ。義勇にもやめろって言われてすぐ離したけど、跡になっちゃった」

「……なるほど」

「あっ! それでね、代わりに噛めって言われて義勇の肩をすごく噛んじゃって。背中も引っ掻いちゃったし……ほっといて大丈夫かな? あと、その、結構無理矢理入れたからここ・・も少し裂けちゃって、ひりひりするの……」

思い出したように自身のみならず冨岡の怪我した部位までも挙げていく明野。しまいには下腹を撫でて恥じらう姿に、今度はしのぶが頬を染める番だった。

「ちょちょちょちょちょっと待ってくださいそんな詳細に聞きたくないです軟膏渡しますから黙ってもらえます!? どうぞお大事に! あとお幸せに!」

「えっ、あっ……はい……ありがとう……」

しのぶは適当にいくつか軟膏を見繕い、今さら先ほどの発言を恥ずかしがっている明野にまとめて渡した。

――いくらなんでも手が早すぎる! 怪我までさせるなんてあの男! 次会ったら傷口をめちゃくちゃ消毒してやる!

しのぶはヤケクソながらにそう決意し、早々に明野を追い返したのだった。

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