最終選別
「この臆病者! 意気地なし! 男のくせに情けない!」
「うわああっ、ちょっと落ち着けって!」
少年――村田は、目の前で怒り狂う少女を押さえつけるのに必死だった。
少女は、布団の上に横たわった傷だらけの少年に馬乗りになり、罵倒しながらその顔を殴りつけている。
しかし、殴られた少年――冨岡義勇は抵抗しなかった。
少女――清藤明野は、無反応な義勇に不快感を覚える。
義勇が何故こんな目に遭っているのかと言えば、先日終えたばかりの最終選別に原因があった。
義勇と共に選別に挑んだ親友・錆兎が、この選別でただ1人命を落とした。
明野も選別中に錆兎と知り合い、協力して鬼を倒したことをはっきりと覚えている。錆兎が強い剣士であったことも、その動きを見て瞬時に理解した。だから、知り合ったばかりでも彼の死を悼んだ。
明野は錆兎から義勇の話を聞いていた。
鬼の数が多かったから、錆兎と明野は二手に分かれて戦おうと決めた。
――お前が生き残ったら、義勇のことを気にかけてやってくれないか。
それが分かれる直前に言われた言葉であり、最後に聞いた錆兎の言葉だった。
明野もこれほど多くの鬼を1人で相手にしたことはなかったため、必死だった。分かれた後の錆兎のことを心配する余裕もないほどに。
そうしてなんとか生き残った最終選別だったが、玉鋼を選ぶ場に錆兎と義勇の姿が見当たらなかった。
案内役を務めていた子供に聞けば、義勇は大怪我を負って療養中だという。同時に、錆兎は死んだと知らされた。
義勇の居場所を教えてもらい、明野は早速顔を見に行った。
世話をしろとまでは言われていないが、遺言を無視するほど明野は冷淡な人物ではない。むしろ、困っている人は自然と気にかける、面倒見の良い性分だった。
しかし。
錆兎が死んだと知り、義勇は塞ぎ込んでいた。
治療を拒否し、食事もろくに摂らず、ただ泣いているだけ。
明野はがっかりした。
あの強かった錆兎の親友が、こうも軟弱だとは想像もしていなかったのだ。
だから、
「この臆病者! 意気地なし! 男のくせに情けない!」
初対面で名乗りもせず、義勇の頬を殴りつけていた。
義勇の世話をしていた他の同期たちもこれには面を食らい、しばらく止めることもできなかった。
そうしてようやくハッとした村田が明野を羽交い絞めにして動きを封じたのだ。
「落ち着け清藤! 冨岡は怪我をしてるんだぞ!?」
「知ってる! だからこそだ! 大怪我で済んだのに、いつまでそう、うじうじと!」
明野が村田を振り払おうとするのをやめると、村田も力を緩める。
明野もまた無傷ではなかった。腹に大きな傷を負い、治療は受けたが今すぐにでも叫び出したいくらい痛かった。着物にも塞ぎきれていない傷口から出た血が滲み始めた。だが我慢した。
義勇は明野を見つめたまま呆然としている。
明野はその顔を見て、やはり不快だと舌打ちをした。それから、彼の周りに散らばった食べ物を素手で掴み上げる。
一体何をするつもりだと村田は怯えながら様子を伺った。他の同期たちは大人を呼びに出て行った。
「食え」
「……いらない」
初めて義勇が言葉を発したが、明野は意に介さない。掴み上げた食べ物をそのまま義勇の口に突っ込んだ。
「だから何してんのお前ー!?」
もごもごと苦しげな声をあげて抵抗する義勇。明野は村田に腕を掴まれても、突っ込んだ指を義勇に噛まれようとも、食事の強制をやめようとはしなかった。
「村田! 辛子とか山葵とか、もっと刺激のあるもん持ってこい!」
「ねえよ、そんなもん!」
「ん"んー!!」
「1人で食事もできねえのかよ!? 錆兎はもう食事もできない! 刀を握ることも――」
義勇にはまだそれができるのに、生を放棄しようとしている。明野は許せなかった。
自分だって――会ったばかりで死に別れたから、よく知らない人ではあったけど――錆兎の分まで強くなろうと決めたのに。
「……この未熟者!」
明野は義勇の左頬に拳を打ち付けた。
義勇の口に突っ込んでいた手だったから、打たれた彼の頬には食べ物や唾液がべっとりと付いていた。
「私は錆兎に頼まれて、お前に会いに来た。気にかけてやってほしいってさ」
その言葉に義勇は目を見開く。
「お前がそのままでいたいなら、もう何も言わねえよ」
明野は急激に疲労を感じていた。さっきまでの怒りが突然鎮まっていき、自分は一体何をやっているんだろうという虚無感にも襲われた。
「……私はもう行く。いきなり悪かったな。……強くなれよ、冨岡義勇くん」
「待って……!」
最後に聞こえた"待って"という言葉の主は、義勇だったか、村田だったか。
明野には思い出せなかった。