C 入隊
【あい視点】
本屋に行った帰り、変なサングラスのようなものを額に付けた長身の男に道端で呼び止められて、宣言された。
「おれたちが結婚する未来が確定した」
反射的にカバンに忍ばせている防犯ブザーに手を伸ばすと、その男は慌ててそれを止めようとする。
「ごめんごめん、省略しすぎた。おれと付き合おうよ」
「……嫌ですけど……」
「ま、そうだよね。でも、きみがいないと困るんだ」
そう言った男は全くふざけているような雰囲気ではなくて、なんとなく話を聞かなければいけないような気がしてくる。どう考えても不審者なのに。
わたしが黙っていると、男はふっと笑った。
「おれは実力派エリート、迅悠一。きみの名前は?」
名前も知らない相手に求婚してたのか、この人。怖。
あと実力派エリートって何。まだ若そうだけど、すごい人なのか?
「いや、あの……教えたくないです……」
とはいえこれは変わらない。怪しいものは怪しいのだ。
「そっちか……」
迅さんは腕を組んで考え始めた。頭がおかしいわけではなさそうだけど、意味不明。
立ち去るタイミングを伺っていると、迅さんは唐突に話を変えた。
「
「? あの、デカいモンスターみたいな……」
ネイバーといえば、ついこの間、三門市を襲ったやつだ。テレビでいかついおじさんが記者会見をしていたのを見た。
幸いわたしや幼馴染の家族は無事だったけど、相当な被害が出ていたことは知っている。
「そう。ボーダーって組織がその
「はあ」
「きみにも戦う才能がある」
「なんでわかるんですか?」
「おれは未来が視えるんだ。サイドエフェクトでね」
「はあ、それは……なんというか、便利に使われそうな超能力ですね……?」
「! ははっ、便利そうじゃなくて、便利に
「あ、……すみません」
迅さんは苦笑した。
考える前に喋ってしまった。少し嫌そうにも見えて、わたしはすぐに謝罪した。
「いや、気にしてない。ーーじゃ、とりあえず行こうか」
うって変わってにこりと笑った迅さんは、わたしの手を取って歩き始めた。
*****
少し遠くに見えるデカくて四角い建物がボーダーの本部らしい。でも迅さんはそこから遠ざかっていくような道を選んでいた。
「あの、本部に行くんじゃないんですか?」
「玉狛支部ってところがあってね、おれはそこの所属なんだ。だからそっちに行くよ」
先に言ってほしい。支部の話なんて聞いてなかったから、実は誘拐犯なのではとちょっと疑ってしまった。
少し歩いて、着いたのは川の上に建てられたこれまた四角い建物だった。
迅さんに手を引かれるまま中に入ると、電気は点いていて、なんだか人の気配がある。
「ただいまー」
と声をかけた迅さん。迅さん
「あら迅じゃない。珍しいわねこんな時間に――って、誰よその子」
「おれの彼女」
「は!? ちょっと待って彼女って、その子まだ子供じゃない!」
「でも事実だからなぁ」
と、迅さんは鼻の下を指でこすり照れくさそうな表情を浮かべた。
どこからツッコんだらいいのか。迅さんもしかしてツッコミ待ち?
一方で、驚いている赤いカーディガンの美人さんはどうやらボーダーの人らしい。多分。この支部にいるし、迅さんとも親しそうだ。
「あの……」
「あんた、ほんとにこいつの彼女なの!?」
「違います」
「なっ……迅、騙したわね!?」
わたしが答えると、ムキーッという効果音が見えるレベルでわかりやすく怒り出した美人さん。迅さんはそれを笑って受け流している。
「で、あんたは一体何なのよ? もしかして迅に誘拐されたの?」
「いや、えっと…………そうかもしれません」
説明が難しくてつい端折ってしまった。付いてきたのはわたしの意思だから厳密には誘拐ではないけど、迅さんは、なんというか、とにかく怪しかった。
そしてまた怒り出した美人さんをなんとかなだめる迅さん。いつもこうなのかもしれない。
「この子がボーダーで活躍する未来が見えたから、スカウトしてきたんだよ」
「そうならそうと早く言いなさいよ! 彼女なんて嘘まで吐いて」
「ああ、それは嘘じゃないよ。おれとこの子はどうやら結婚するらしい。かなり確率の高い未来が視えた。ほとんど確定と言ってもいい」
「はあ!?」
「何がどうしてそうなるのかまではまだ視えなかったけど」
迅さんには未来が見える、という前提で話が進んでいた。美人さんがそれに疑いを持たないあたり、本当の話なのか、それともツッコミもいらないくらい慣れ親しんだ冗談なのか。
ちなみに、わたしがなぜすぐ迅さんの彼女であるということを否定しないのかは、どうせすぐ嘘だとわかるだろうと思ったからだ。
「ところで、今いるのは小南だけか」
「陽太郎もいるけど昼寝中。ボスは本部よ」
小南と呼ばれた美人さんは落ち着きを取り戻してそう答えた。やっぱり他にもこの支部に所属する人がいるようだ。
「それより、早く上がったら?」
「そうだな。さ、どうぞどうぞ」
迅さんと小南さんに促され、玉狛支部にお邪魔することになった。
*****
広めのリビングにはソファやダイニングテーブル、キッチンがあって、なんだか普通の家のようだった。
ソファに迅さんと並んで座り、正面には小南さんが座った。それからご丁寧にもお菓子とお茶を用意してくれた。
「それで、こんな突然連れてくるってことは、相当優秀ってことよね?」
「もちろん。まずはもろもろのデータを取ろうと思って連れてきた」
「ふーん。……そういえば、名前を聞いてなかったわね。あたしは小南桐絵よ」
「雨取あいです」
迅さんには聞かれても答えなかった名前を小南さんには素直に答えたら、すかさず迅さんが近寄ってきた。
「へえ、良い名前だね」
「迅、まさか知らなかったの……?」
「迅さん近いです」
わたしと小南さんにドン引きされた迅さんは、仕方なくといったように少し距離を取った。
「個人情報はあまり明かしたくはなかったので……」
「小南にはいいの?」
「小南さんは、ちゃんとしてそうですし」
「雨取! あんた見る目あるじゃない!」
「よしきた」
迅さんと比較しての話だが、誉め言葉を素直に受け取ってくれた小南さんは満足げだ。迅さんも何故か満足そうにしているのは解せないけど。
「いいわ、あたしが直々に鍛えてあげる!」
「頼んだよ小南」
勝手に話が進んでいた。鍛えるって何?
*****
小南さんはどうやら1個上の先輩だったようだ。迅さんはさらにその2個上だという。玉狛支部にいる人をなんとなく紹介してもらう中で知った。
他には"レイジさん"、"陽太郎"、"雷神丸"、"林藤支部長"がいるらしい。雷神丸は犬だという。
その他にも何人かいるようだが、今いるのはこれで全員という話だった。少ないな、と思っていたら、少数精鋭だとわたしが聞く前に迅さんが答えた。
ボーダーについても小南さんと迅さんが意外にも――と言っては失礼か――ちゃんと説明してくれたので、どういう組織なのかはだいたい理解できた。そして、ちょっと興味を持ってしまったのは紛れもない事実だった。
人間関係も悪くなさそうだし、入ってみるのもいいかも……なんて思い始めたところで、玄関の方から音が聞こえてきた。
ほどなくしてリビングに現れたのは、体格の良い男。多分レイジさんという人だ。苗字は知らない。
「迅、小南、この子は?」
「新入隊員よ。迅がスカウトしてきたの」
「迅が?」
「おれの彼女でもある」
「それいつまで言ってるのよ。雨取がかわいそうじゃない!」
「どういう意味?」
小南さんに言われて若干傷ついた顔を見せた迅さんだったが、レイジさんにも経緯を話し出した。ついでに自己紹介も済ませる。
「なるほど、話は分かった。ところで、雨取自身の同意は得ているのか?」
正直、興味はあるけど、大丈夫かなという心配の方が大きかった。わたしは人より体が小さいし力もない。トリオン体というものになって戦うそうだが、まだその違いはよくわからないし。
「いいに決まってるじゃない! あたしが鍛えるんだから」
「ま、迷ったところでこの未来は変わらないよ」
「おい2人とも、無理強いするな。雨取、大丈夫か?」
レイジさんは強面だが優しかった。心配そうにしながら屈んでわたしに目線を合わせてくれる。
「やってみたいとは、思いますが……」
「なによ、何か気になるの?」
「わたしは小さいし力もないし、戦いに向いているとは思えなくて」
正直にそう話せば、キョトンとした表情になる小南さんと迅さん。よく見たらレイジさんもだった。
「まあ、向き不向きはあるが、小さいからこそ活かせる技もあると思うぞ」
「そうよ。だいたい、背なんかまだ伸びるでしょ?」
「……一昨年くらいからもう伸びてなくて……」
「そうなの? 止まるの早いわね」
「あー、言いづらいんだけど、きみの背はこの先伸びても数センチだ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「えっ」
「それと脅すようだけど、ボーダーに入らなかった場合、その……最悪と言っていい未来が視える。もちろん、そうならないようにおれたちも最善は尽くすけど」
迅さんは言葉を選んでそう言った。そしてそれを聞いた小南さんとレイジさんが顔色を変えたのを見て、わたしは今更ながらに"この人、本当に未来が見えてるんだ"なんて思ってしまった。
「わ……わかりました。入ります。迅さんがそう言うなら、よっぽどのことなんでしょうし……」
そう答えると、迅さんは笑ってわたしの頭を撫でてくる。小南さんとレイジさんも歓迎すると言ってくれた。
「あ、でも、身長に関しては、迅さんの予知を覆しますから」
「伸びないよ?」
「伸ばします」
とりあえず、今日は牛乳を買って帰ろう。