お兄ちゃんは認めません
【独歩視点】
妹の明歩が久々に家に遊びに来た。
一二三は朝帰ってきてからずっと寝ているし、今日妹が来ることは伝えてあったから驚かせることはないだろう。
一二三も明歩のことは小さい頃から知っているし、昔は普通に話していたが、今となってそうもいかない。他の人よりはマシらしいが……。
事情を説明すれば明歩は納得してくれて、気まずくなったりしなかったのは本当に良かった。一二三も明歩もお互い嫌ってるわけじゃないしな。でも俺の知らないところで2人がメールのやり取りをしていたのはちょっと心配だった。
「どぽちんおひさ〜!」
「なんだよその一二三みたいな喋り方は……」
「えっへへ、真似してみた」
俺が社会人になって家を出てから、少し見ないうちに立派なギャルへと豹変していた明歩だが、中身はそれほど変わっていなくて安心したのは記憶に新しい。
反抗期もなかったし、ずっと俺に懐いていた年の離れた妹。かわいくないはずがない。
貴重な休日、本当なら寝ていたかったが明歩が来るならそっちを優先するのは当然だった。
「大学はどうなんだ? もう慣れたのか?」
「なにそれ、親戚のオッサンみたいなんだけど。授業も慣れたし、結構楽しいよ」
「そうか。一人暮らしで、治安とか大丈夫なのか? もしあれだったらここに住んでもいいんだぞ?」
「お兄ちゃんマジ心配しすぎっしょ! ちゃんと防犯気にしてるし、大丈夫。てか、うちがここ住んだら一二三くん困るじゃん」
「まあ、そうなんだが……とにかく何かあったらすぐ言えよ」
「わかってるって!」
大学入学を機にシブヤで一人暮らしを始めると聞いたときは心配すぎて胃に穴が開きそうだったし俺は猛反対した。結局過保護すぎるって言われて押し切られたけど。
「そういえばさ、お兄ちゃんのチーム、ラップバトルで優勝したじゃん? それから友達とかに"紹介しろ"って超言われんだよね〜」
「えっ、女子大生が、俺に……?」
「それ言い方キモいよ。まあそーなんだけど。お兄ちゃん仕事忙しいからって断ってるけど、別にいいっしょ?」
「ああ、まあ、忙しいのは事実だしな」
「社内恋愛なら解決するんじゃん? ――あっ、てか聞いてよ! うち彼氏できたんだよね〜」
「………………は?」
耳を疑った。今、何て?
こんなチャラいギャルらしい見た目と喋り方だが、明歩は真面目で素直で優しい性格だ。モテるのはわかる。でも彼氏なんて今まで一度も聞いたことはなかった。彼氏欲しいとかそういうのも聞いたことないのに。
「――お兄ちゃん聞いてる?」
「え? 悪い、聞いてなかった」
「聞いてよ。だから、よく考えたらお兄ちゃんとも知り合いなんじゃね? って」
「は? 誰がだ?」
「いやだから……って顔怖っ!?」
俺の頭の中は明歩の彼氏(仮)に対する怒りというかなんというか、いやまず彼氏とかお兄ちゃんは認めてないからな。
「ほらこれ彼氏」
明歩にスマホを見せられた。妹とその彼氏のツーショット。そんなキラキラしたものを直視したら俺の目は潰れるに違いない。
覚悟を決めて閉じていた目を開けると、スマホの画面にはやはり写真。
「最近彼氏がずっと家にいるから、防犯的にも安心って感じ?」
硬直した俺に気付いているのかいないのか、明歩はそのままのろけ続けた。
"歳もそう変わらないのに自分の知らない事をたくさん知っている"――だろうな、だけどそれ知らなくてもいいことじゃないか?
"色々生活がヤバくて面白い"――面白くないだろ、こいつ野宿とかしてるんだろ?
"金の使い方もヤバいけどなんか憎めない良い奴"――金の使い方がヤバい奴は他のこともだいたいヤバい。なんか憎めないっていうのには全く同意できないし。良い奴かどうかは俺は詳しく知らんが。
「…………ない」
「ん、何お兄ちゃん? 聞こえなかった」
「お兄ちゃんは絶対認めないからな!!」
ベタなセリフを吐いたあと、何故か涙が溢れ出してきて、慌ててリビングから逃げた。
明歩の驚いた声が聞こえたけど、とりあえず俺は洗面所に顔を流しに、ついでに頭を冷やしに走る。
「どうしたんだい、独歩くん?」
「一二三? なんでお前スーツ着て……」
「明歩ちゃんが来ると聞いていたからね。久々に会う子猫ちゃんに、だらしないところは見せられないよ」
「そうか……」
「それで、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのかな?」
「明歩が……」
「! 明歩ちゃんに何かあったのかい?」
「明歩に……彼氏が……できたんだ……」
「……なんだ、おめでたいことじゃないか! 早速僕もお祝いに――」
「祝う!? そんなこと死んでもできん! やめろシャレにならん!」
「っ、まさか独歩くん、シスコンをこじらせて"俺以外の男に明歩はやれん"なんて意味じゃ」
「そ、そうじゃない! 相手だよ! 相手が悪すぎる……」
「明歩ちゃんの彼氏と、知り合いだったのかい?」
「知り合いというか……この前戦っただろ、シブヤの代表と」
一二三は頷き俺の言葉を黙って待っていた。
「アイツに……あんなクソジャリに妹を、明歩を取られて……俺は……」
「!」
一二三も俺の言いたいことがわかったらしい、驚いた表情を見せた。
「シブヤの三番手の彼か……」
そう、明歩が見せてきた写真に写っていた"彼氏"というのは、シブヤ・ディビジョン代表の――有栖川帝統だった。