人命救助@
【夢主視点】
お兄ちゃんの所属するラップチームがテリトリーバトルで優勝した。
シンジュク"麻天狼"――お兄ちゃんと、幼馴染の一二三くん、それから医師である寂雷先生の3人のチーム。
私が最初に見たのは自分の住んでいるディビジョンであるシブヤの"Fling Posse"とのバトルだった。
もともと男がやるものという認識だったラップバトルには詳しくなかったし、テレビで見ようと思ったのも気まぐれだった。お兄ちゃんが出るなら見てみよっかなって。
でも自分でも気付かないうちにどんどん引き込まれていって、私はある人物に夢中になっていた。
お兄ちゃんと戦っていた、有栖川帝統という青髪のギャンブラー。
最終的にポッセは負けてしまったけど、それでもやっぱりかっこよくて。
ラップスキルも素人目に見ても高いことがわかるし、何より自分の中での"大人"の像は一番身近なお兄ちゃんだったのに、それとは真逆の生き様というか、とにかく常識をぶち壊されるくらいの衝撃を受けた。
――そんなことがあったのがつい先週。
私は有栖川帝統に夢中になりながら、特に変わり映えのしない日常を送っていた。
かといって別につまらないわけでもなく。入学して半年、ようやく慣れた大学に通ったり、友達やバイト仲間と遊んだり、割と充実してたけど。
今日も午前だけ入っていたバイトからの帰り道、いつも通る公園のベンチから変な声が聞こえてきた。
「あがっ!」
痛そうな声と同時に、何かが落ちる音。そこそこ重そうな音だった。
これが夜道なら近づかなかっただろうけど、今は真夏の昼過ぎで、周りに人気もない。
もし人がいて怪我とかしてたら、この炎天下の中放置しちゃヤバいかなと思ったから、恐る恐るその声のしたベンチに近寄った。
道路側からは草むらで死角になっていたベンチには誰もいなかった。聞き間違いだったかと思っていたら、ベンチのすぐ下の地面に人が倒れているのが見えた。
その人はうつ伏せになったまま動かない。っていうかパンイチなんだけど!?
「え、ちょ、大丈夫!?」
予想外のことにびっくりしたけど、慌ててその人の身体を横に向けた。
重くて動かすのに苦戦したけど、なんとか生きてはいるようでひと安心。
それから一旦地面に置いていた日傘を持ち直して、その人の頭が日影に入るように傾ける。
「ねえ、大丈夫……って有栖川帝統!?」
目を覚ましていないか確認しようと顔を見たら、ついこの間一目惚れした相手がそこにいた。え、何で?
いやそんなことより体調が心配なんだけど、さっきからちょっと動いてるし、大丈夫なのかな? 混乱でよくわかんなくなってきた。
「うぅ……」
苦しげに呻く有栖川帝統。うわ、顔かっこよ……じゃなくて。
今日は暑いからって飲み物を持ってきていたことを思い出して、カバンからちょっとぬるくなったスポーツドリンクを取り出す。
飲みかけで悪いけど脱水よりはマシなはず、ペットボトルを彼の口にくっつけた。
すると彼は急に両目を開いて、上半身起こしたかと思ったらボトルの中身を一気に飲み干した。
「ぷはっ……助かった……!」
やっぱり喉が渇いていたようだ。
「あの、大丈夫……ですか?」
そう声をかけてみれば、彼は私の顔をじっと見て、それからにかっと笑った。
「おう! ありがとな! あと、何か食いモンねえか?」
「は?」
スポドリ1本で急に回復した彼は、次に食べ物を欲しがった。
「えーっと……これしかないや」
バイトの休憩中に食べきれなかったコンビニのおにぎり。この気温で若干温まっているしカバンの中でいびつな形になっていた。
差し出したそれを彼は躊躇いなく受け取り、ものの数十秒で食べた。いや、飲んだ。
「ぅごっ、ごほぉっ!」
「あ〜、一気に詰め込むから……」
むせて咳き込む彼の背中をさすっていると、また私をじっと見ていることに気付いた。
「え、何?」
「いや、すげー当たってんだけど、腕……」
彼の目線の先には彼自身の腕……に当たる私の胸があった。
「あっ、ごめん」
「俺はむしろラッキーだけどな」
ラッキーなのかよ。じゃあ指摘しなければよかったんだろうに、わざわざ言うって、もしかして性格良いんじゃないの?
「飯サンキューな! 3日ぶりでよ、毎日あちーしさすがに死ぬかと思ったぜ」
「えっ、3日もこんなとこで野宿してたの!?」
「いや、昨日は幻太郎ん家の庭にいたんだけど、なんかアイツ締切が〜とか言って世話できねーって言うから、何も食べてなかったんだよな〜」
げんたろうって……ポッセの夢野幻太郎さんか。
「服もスマホも取られちまってよ〜。あんな大負け久々だったぜ」
「あ、それでパンイチなんだ……」
「なあ、これもなんかの縁だろ? 今日泊めて――とまでは言わねえから、せめて風呂貸してくれ! お願いします!」
「えぇ……」
あの有栖川帝統に風呂を貸せと土下座される日がくるなんて。
テレビに映るかっこいい有栖川帝統に対する憧れはどこへやら、もう死にかけてる人を介抱するだけの気持ちで、彼をお持ち帰りすることになってしまった。
*****
幸い公園からすぐのところに自宅があるため、パンイチの男を連れ歩いても誰にも見つからずに済んだ。スリル半端なかったけど。
歩いてる間に自己紹介も済ませて、今は早速彼を風呂に入れている。
着替えは前にお兄ちゃんが来た時に置いて行ったものがあるし、それでいいか。
メンズのスウェットを持って脱衣所のドアを開けると、そこには全裸の有栖川帝統がいた。
思わず落としてしまったスウェットもそのままに、急いでドアを閉める。
「びっ……くりした」
ていうか見ちゃった。小さい頃にお兄ちゃんと一緒にお風呂入った時以来だった。
彼氏もできたことない私には刺激が強すぎる。しかもあの有栖川帝統の……。
「や、ヤバ……どうしよ……!」
驚きと恥ずかしさでじっとしていられず、無意味に部屋の中を歩き回っていた。
「……何やってんだ?」
「へっ!? ――あ、いや、なんでもな、ないです!」
「そーかよ? なあ、この服彼氏の?」
「え、あ、それは前にお兄ちゃんが来たとき置いていったやつだけど、もしかしてサイズ合わなかった?」
「そういうわけじゃねえけど、彼氏いんなら、俺みたいなの上げない方がいいんじゃねえかと思ってさ。ま、今更だけどな」
「ああ、それなら大丈夫……うち彼氏いたことないし」
「…………」
「?」
急に黙って、またしても私の顔をじっと見てくる。と思ったら、ニヤけだした。
「お前、その見た目で意外と遊んでねーのな」
「……よく言われる」
「さっきも良いカオしてたぜ」
「っ、蒸し返さないでいーから!」
「かわいいっつってんだって」
な、なに、なんで急に口説いてきたの?
「なあ、やっぱ今日泊まってっていいか?」